第4話
調査から帰って職場で食事をし、フリントの部屋で情報共有する。それが彼らの新しい日常となった。けれど、それが王宮からの使者で崩された。
パブの外で一日中直立不動の姿勢で立っている使者の存在に怖くなった農民たちが入りたがらず。王宮の人間だからこそマスターが騒ぎたくても騒げず、開店にしたまま愛人宅へと出掛けた始末。
陽が沈み掛ける頃、パブの中は談笑の声で満ち溢れている中。ずっしりとした重い空気が三人の間に流れていた。注文した料理に一切手を付かず、放置してからかれこれ15分が経過。
折角の熱々の食事もすっかり冷めてしまったが、三人の顔は依然として俯いていた。
「いきなり調査停止って。しかも、レンさんが天使だなんて……」
「本当にレンちゃんが天使なのかよ。オレらが調査している間に天使がずっとオレらの傍にいたって言うのかよ。ハハハ、冗談キツイぜ」
「ああ。陛下が見たという目撃情報があるだけで、物的証拠がないのは事実だが、レンさんが不利の状況にあるというのもまた事実だ。どの道、『天使』だと疑われたら最後、極刑に処されるに変りはない」
これまで何十回も繰り返し続けてきた極刑に嫌気が差すフリント。
証拠もなしに『天使』だと見なされる女性を処刑するという教会のやり方。これまで何人かが彼らの魔の手に落ちたのか、計り知れない。そもそも記録があるのかどうかすらも不明だ。
教会の威厳回復のためだけに犠牲になった者もいたと聞く。たが、その犠牲となる者にまさか知人の名が聞く日が来るとは予想だにしなかった。
「明日の朝、レンさんが処刑され……」
めぐみの呟きが、再び空気に重しがかかった。
「その処刑を、回避することができないのかな」
暗鬱な空気に一筋の光明が差すアキラの発言に驚く二人。
実際、処刑が延期されるどころか、一度決めた処刑を回避するなんて話は聞いたことがない。けれど何故か、その荒唐無稽の案に無性に賭けてみたくなった。
「だが、どうやって」
「処刑が明日の朝となれば、急いで動かないといけませんね。二手に分かれましょう」
案外めぐみも乗り気でフリントは内心驚いたが、それ以上無粋な真似をしない主義だ。何より、『レンを助けたい』というのも彼の願いでもある。
それから三人は散々話し合った結果、大和兄妹がパブに残って手掛かりを探す。その間にフリントは王都に戻ってレンの極刑を遅らせるよう、国王と掛け合うこととなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なるほど、そういうことかぁ」
頭から汗びっしょりなフリントのことを、まるで愉快なショーでも眺めているかように目を細める国王。
時刻は既に夜10時過ぎ。謁見するにもあまりにも遅すぎる時間だ。本来であれば国王の寝室に押し入ってまで謁見を申し出ることが許されないはずが、それが可能となったのはフリントが聖騎士だからである。
「クックック、まさかあの女がお前の元ハウスメイトとは。いや、世間は広いようで狭いとは正しくこのことであろうな」
そう言われると、なんだか親戚にからかわれる気がして落ち着かない。それにここは謁見の間でもなければ、今の彼は正装を着ているわけでもないのに。なのに、全身から威圧感が発せられているようだ。
さすが王族。白いネグリジェでも隠し切れない程の素質を生まれながら持っているということか。ベッドの上で胡坐をかいている国王を見て、フリントはそう結論付けた。
「でもなぁフリント――本当にそれだけのことなのかい」
意味ありげに目を細め核心を突いてきた国王に、どう返せばいいのか分からず言葉を詰まらせる。
「ど、どういうことでしょうか」
「そのままの意味さ。何も難しく考える必要はない。――私はね、お前がどう答えるのか気になっているんだよ」
夜食のトレイに肘を置き、顔の前で指を組む国王に思わず固唾を呑み込んだ。
「――どうして、たかが村娘にそんなに肩を持つんだい?」
何でも見透かされそうな赤銅色の瞳が一切の逃避を許さない。
だから――。
「……それが分からないのです。どうして会って間もない人間にこんなに気になるのか、自分でも分からないのです。
――だが、目の前の困っている人も助けずに世界を救えるなんて大層な話、実現できるとは思っておりません」
「分からない。分からない、か」
揺らがぬ深緑色の双眸を見てクックック、と喉の奥で低く笑う国王。
「いいだろう。他でもない、フリントのリクエストだ。教会に連絡するとしよう」
「ご決断、感謝します」
「まあ、連中が納得できないだろうけど、幾らでも口実を作るとしよう。それよりも――あの言い伝えの解読、進んだのかね?」
「ハッ、それが――」
△
一方、パブにて。
レンのことを調査するはずの兄妹が揃ってどこか思い詰めた様子で階段を上がっている。
「一体どういうことだ。どこから来たのか分からない、友人いるかどうかも分からない、おまけに一番仲が良いと言われるシェフでさえも彼女のことが分からないなんて……。こんなのあり得るか、普通」
常に他人を警戒する人間のことを他人から聞き出せる情報はあまりにも限られている。レンは自分のプライベートを語らないため、趣味嗜好が不明。おまけに出自も謎と来た。こんなの透明人間を調べるのと同じようなものだ。
「……もしかしたら、これのために他人と距離を置いてたと思うの」
顎に手を当て考え込むように呟くめぐみに、アキラは「はあ?」と振り向くと同時にマスターキーのキーホルダーをくるくると回していた指を止まらせた。
「他人に覚えられにくくするためってこと。そうすれば、後で教会が調査しても、『ただのいい人』で終わるだけですよ。跡を付かないためにも、他人に忘れられやすくするためにもね」
「マジかよ……」
二人の間に暫し沈黙が落ちるも、足を止めず2階へ。廊下の突き当りにある部屋に辿り着いたや否や、鍵を妹に手渡すアキラ。
「お前一人で入ってきなよ。オレはここで待ってるから」
めぐみがん、と受け取ると、鍵穴に差し込んで回した。
「うーん、物が少ないわね……」
今彼女が城に滞在しているとは言え、幾らなんでもこんな最低限の家具が揃っているだけの殺風景な部屋にはならなかったはずだ。もし『女性が半年前から住んでいた』という前情報がなければ、普通に勘違いするところだった。
無欲の人間なのか、それともいつでも逃げられるようにそうしていたのか。
(いやいや、レンさんの無実を証明するための調査なんだから、こんなことを考えてどうする)
思考を振り払うように頭を振ると、視線の行き着く先が机の引き出し。
まさか中に何かが隠されているではないか――淡い期待というよりも、勘がそう告げている。ゴクリと固唾を呑み込み手を伸ばすと、リボンで結んでいた無造作にくるくる巻いた状態の紙が出てきた。
「紙というより、マップ……?」
慎重にリボンを解け広げると、めぐみは目を見開いたほどの衝撃を受けた。
「これは……まさか……」
×マークが記された地図。だけど、マークされた幾つかの場所にめぐみは見覚えがあり、すぐにこれは災害の記録だと気付いた。それにこのマップは自分たちが苦労して手に入れた情報よりも正確なのが悔しい。
ここで疑惑一つ、脳裏に浮上した。
どうして一般人のレンがシダの花による災害をここまで記録するのか。ただの興味本位でやっていたのか、或いは彼女が『天使』だから自分が滅ぼした町々を記録していたのか。
「もし後者だったらヤバいかもね……」
レンの無実を証明するはずの調査が、段々と雲行きが怪しくなってきた――。
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