第2章

波乱万丈の嫁候補選抜

第1話

 ユージェニシア国王都エヴェロンのメインストリートは、五年以上にも渡る災害時とは思えぬ賑やかさだ。

 年に二度行われる国王陛下嫁候補選抜で人々の足音に加え、馬車の蹄の音が騒音を奏でる。弦楽器や管楽器による大衆的な演奏がどこからともなく流れ、喧噪の隙間を潜っては人々の心を踊らせていく。

 野次馬根性に火がつかれた住民が中で乗っている女性の美貌を拝みたく、覗こうとするも盛大に舞われる砂埃で咳き込み、結局一目を見ることすらできず嘆き悲しむ。

 

 派手に装飾された馬車が続々エヴェロン城の正門を通り抜け、道の両側に並ぶ騎士の列に恭しく歓迎される。そんな巨大な石造りのエヴェロン城の一室では、


「だ、だだだ大丈夫です! 自分で着替えられますからぁっ!」


「何を仰いますか! いくらアッシュフォード様は平民の出とは言え、同じく平民として、陛下の前でははしたない姿で現れるわけにはいきません! さあ、大人しくあたしたちに着替えを手伝わせてください!」


 候補者一人とメイド7人の壮絶な戦いが繰り広げられていた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 レンの地獄は朝から始まった。

 誰にも見送られることもなく、ひっそりと王都へ発とうと音を立てずにドアを閉めたら、


『さあさあ、レンちゃん! 早く乗って乗って! おじさんがパーッとひとっ飛び王都まで連れて行くよー!』


 まさか村の人全員に待ち伏せされるとは思わず、内心でポカンとしつつもやんわりと断ろうとしたが。結局勢いに押し切られ、村が総力を挙げて作った馬車にまんまと乗せられ、そのまま王都へ発った。

 候補者の中で一番早く到着したのが自分だと聞いてホッとしたのも束の間。絢爛豪華な衣服の掛かったコートラックが次々と押されてきて、驚く暇もなかった。


 コルセットを運ぶメイドが1人、装飾品の箱を運ぶメイドが3人。ラックを押す3人のメイドを合わせて、7人のメイドがレンの前で勢揃いする光景は実に圧巻であった。

 暫く唖然としたが、一斉に頭が下げられるのを見てハッとなり、慌てて会釈一つ。


『そろそろ選抜のお時間でございますので、アッシュフォード様のお着替えのサポートをさせて頂きます』


『きききき、着替えで、すか』


『はい、何か不都合なことでも?』


 さも当然のように小首を傾げられても困るのはこちらだ。しかし申し出を断ると却って疑惑の目が向けられるのは必然的。勿論、彼女は――、


『折角の申し出で有難いですが、その……できれば自分で着替えを致しますのであの……どうか持ち場に戻っていただければ』


 精々堂々と断り、今に至る。

 もうかれこれ押し問答のようなやり取りが三十分ほど過ぎたが、状況は悪化していく一方だ。


「もうー、いい加減出てきてください!」


「嫌ですっ! 貴女方が部屋を出るまでここにいます!」


 国王陛下の嫁候補者でもあろう女性が頭ごと布団に包まった状態で対抗するといった駄々っ子ムーブに、先頭のを除いて他のメイドたちはどうしたものかと途方に暮れているご様子。

 別に彼女だって好きでこんなことをやっているわけではない。胸元に近いところにある、世界の破滅者である天使の翼と想起させる模様。

 何としても見られないようにしなければ。

  

「どうかしましたか」


 入口から流れる凛々しい年配女性の声にメイドたちは振り返っては低頭のまま数歩後ろに下がる。


「メイド長……。それが、アッシュフォード様が頑なにあたしたちに着替えのお手伝いをさせてくれないんですよ」


 メイドの言葉に、はぁと小さく溜息をつくメイド長。


「バカね。誰だって他人に知られたくない過去の一つや二つあるかもしれませんよ? ましてや、アッシュフォード様は平民の出。他人に見せたくない傷跡だってあるかもしれない、という発想にどうして至らなかったですか」


「そうですね……。誠に申し訳ございません、アッシュフォード様」


「い、いいえ」


 謝罪の時に目を合わさないのは失礼だ。そう思ったレンは急いで頭だけちょこんと出すことにした。


「久しぶりの平民候補が出たことに気持ちが昂るのは分かりますが、あまり陛下の大事な客人を困らせないように」


 はい、と頭を下げたメイドをよそにメイド長はこちらに向き直る。


「ではアッシュフォード様、部屋の外に一人待機させますので、何か手伝えることがあればその者に申し付けてくださいますよう、お願いします」


「分かりました。ご配慮、ありがとうございます」


「いいえ、客人のニーズに合わせるべきなのはむしろこちらの方ですので」


 それでは、と首を垂れるメイド長に続いて、他のメイドたちも会釈してから続々と退室していく。ドアがパタンと閉まり、足音が遠ざかったのを確認してからようやく長い息を吐き出すレン。

 

「な、なんとかなってよかった……」


 なんだか可哀想な人間の印象を与えてしまったのは不本意ではあるが。これなら人目を気にせず着替えることができる。

 とは言え、身分と不相応な豪華な服装に詰まったコートラックを見ると、その意欲がなくなったのは否めないが。


「……さっさと済ませちゃお」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 金をアクセントにし所々に施された装飾が美麗な、謁見の間。

 大理石造りの広間を真っ二つに割ったかのような、赤い絨毯が玉座へと一直線に伸びていた。そんな厳かな空間とは関係なしに、候補者たちの笑いさざめく声が響く。


(マズい……)


 さり気なく辺りを見回し焦りを感じたレンが選んだ服装は、比較的に控えなものだ。派手に着飾った候補者の中で酷く際立っている。目立ちたくないがために選んだシンプルなデザインのドレスが却って逆効果になったようだ。

 それもあってか、始まる前に既に何人に鼻で笑われたが、どうにかしてこの失敗を取り戻さないといけない。


(それにしても、歩きにくいわね……。コルセット、もっと緩めてもらうべきかしら)


 胸中の感想はさておき、レンは両隣に最低限の挨拶を済ませ、彼女らの話に相槌を打ったり笑ったりしてなんとか輪に溶け込む。そろそろ限界を感じた頃、トントンと武器の柄を地面に叩いた音が話し声に終止符をつけた。


「静粛に。これより、ユージェニシア国第4代国王、リチャード3世がご入場されます!」


 衛兵のアナウンスで、赤い絨毯を塞いでいた集団が道を開けるように両側に移動した。他の候補者に倣ってレンも裾を持ち上げ首を垂れる。

 程なくして、重厚なドアが開かれ、コツンコツンと歩く音が響く。


「今回も結構集まってもらったなぁ。クックック、重畳重畳」


 絡みつくような粘っこさの帯びる声が右からゆっくり通り過ぎる。頭上からはそれと同様の粘っこい視線に鳥肌が立ったが、早く終わりますようにと心中で祈るばかり。


「面を上げよ」


 顔を上げた視線の先、五段高くなっていた大きな玉座に深く腰掛けた国王――リチャード3世が舐め回すようなキツネ目で眺めている。


「これ以上私の貴重の時間は無駄にしたくないから、さっさと始めよう。フランソワーズ」


 国王が玉座の肘掛けに頬杖をつく間に、ハッと会釈した初老の従者が巻物を縦に広げ、選抜期間中の説明をすることに。

 そして永遠と思われた説明会が終わり、候補者たちが横に二列に並んだ時。いよいよ第一段階――自己紹介のフェーズが開始した。


「サラ・ウィリアムズよ。我がウィリアムズ家は王都の西部・ヨックハム一帯の土地を有しており――」


「ヘレン・テイラー。我がテイラー家は代々、エディンバラ公爵と親睦を――」


 一部の候補者のを聞いて、内心で呆れるレン。

 自己を紹介する場だと従者が明言したのにも関わらず、自分の家柄をアピールしているようにしか聞こえないからだ。もっとも、彼女たち全員が上流階級出身だからこんな一個人を無視するような悲しい自己紹介になってしまったのもあるかもしれない。

 かと言って、これを機に自分を売り込むことで目立ちたいのかと問われると、そうでもなく。何せ、当初予定した通りに進むと決めていたからだ。

 こちらの番に回ってきたら、レンは他の候補者たちと同様、真ん中に移動して会釈一つ。


「レン・アッシュフォードと申します。特技はそうですね、特にありません。ご清聴、ありがとうございました」


 再び首を垂れるレンの様子には一切の曇りがなく、まるで一仕事が終わったかのような清々しさすらあった。毅然とした態度のままで元の位置に戻ると、口に手を当てクスクス笑っている候補者がちらほらいても、澄ました顔付きを崩さないレン。


 これでいい、とレンが心中でガッツポーズを決める。

 目立たず、波風を立てずやり過ごす――これぞレンの『最低限のことだけやる計画』である。

 こちらへの興味さえ失くせば後はもう関わらないようにすればいいだけ。何せ、既に敵の腹中にいるんだ。用心深く過ごさなければ、元の生活に戻らない。


 しかし、そんな後ろ向きな思考とは裏腹に、こちらを見下ろす赤銅色のキツネ目は、興味津々に細められた。

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