第13話 罪業の造花

薄暗い森の中をサキエルとラミエルは歩く。空は厚く雲で覆われていた。


「なんだか、雨降りそうですね」

「そうだな」

「その場合、ご飯はどうするんですか?」

「用意すればいいだろう。何故そんなことを聞く?」

「雨が降ったら火起こしできないじゃないですか」

「木の実を採るか事前に用意すればいいだろう」


サキエルは何食わぬ顔でそう答えた。

この任務が始まって以来、雨が降ったことは一度もなかった。それ故、食事のたびに火を起こし、獣を狩っていた。

当たり前のようにそれを行っていたせいだろう。もうじき雨が降りそうなこの状況になって初めて火が起こせない状況が起こりえることに気が付いた。

ましてやサキエルは普段から食事をあまり取らないタイプだ。問題があって食事が取れなくても特に気にしない。

だが、今はラミエルを連れている。我儘な彼女のことだ、食事を抜けば文句を言うに違いない。そう考えたサキエルは少し早いが昼食の準備を進めることにした。


「昨日の分の肉が残っていれば楽だったんだがな」

「……ごめんなさい」


猪一頭分の肉ならしばらくもつだろう。この任務が始まった頃はそう思っていた。だが、ラミエルの胃袋はサキエルの想像を超えていた。たった二回の食事で猪一頭分の肉を平らげてしまったのだ。

サキエルが小食であることを考えると、大半はラミエルが食べていることになる。

最初見た時サキエルは思わず「お前の胃袋どうなってるんだ」と言ってしまった。


とはいえ無いものはしょうがない。諦めて昨日と同じように、ラミエルは薪を集め、サキエルは獲物を捕りに向かう。

ラミエルと別れてしばらくたった頃、獣の気配を探っていたサキエルの魔導領域に二つの反応が引っ掛かる。


(こちらに向かって来ている……この反応は……)


魔力を持った人型。この場でラミエル以外に現れる可能性があるのは一つしかない。


「まがい物か……」


瞬間、薄暗い森の中から一本の矢が、サキエル目掛けて飛来する。サキエルは素早く剣を抜くとそれを斬り落とした。


「へぇ、やるじゃん」


矢の飛んできた方から声が聞こえてきた。姿はまだ見えないが、魔力の反応は掴んでいる。射撃の方は問題ないが、もう一つの魔力反応が消えたのが気になる。おそらく探知範囲外に出たわけではなく、魔力の隠匿による潜伏。それなら次の手は奇襲。

サキエルの読み通り、背後の木の上から奇襲攻撃。それを見るまでもなく剣で受け止めた。


二段構えの奇襲攻撃。それを全く動じる様子もなく、完璧に防ぎ切られた。


(お姉ちゃんの読み通り一筋縄ではいかないか……)


敵地に二人で潜り込み、単身での行動までしている。加えてA級でも一部しかできない魔導領域の使用。対峙して感じた強者の風格。正直、今のカランとブローディアには荷が重い。

だが、ここで退けば他の二人が危険に晒される。


「帰りたい……」

「帰ってくれた方がこちらとしても助かるのだがな」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」


二人でサキエルを挟み撃ちにしたような位置取り。そこからカランが左に大きくずれ、陣形が崩れる。

サキエルからすれば逃げ道ができた状況。だが、そちらはラミエルがいる方と反対方向。逃げれば合流が困難になる為、サキエルは迎え撃つ選択肢を取る。

だが、二人にとって逃げる逃げないの選択はどうでもよかった。

ブローディアが次に手に取ったのはガトリングガン。それをサキエル目掛けて撃ち込む。カランが動いた理由はこの射線から抜ける為。


通常、銃弾は天使に対して効果が無い。そもそも魔力の込められていない攻撃は通らない。だが、このガトリングガンはカランの魔法で作られた物。魔法で作られた物には魔力がこもっている。そして、撃ち出した弾も例外ではない。

だが、サキエルは銃弾に込められた魔力を感知し、右に駆け出す。


(銃弾に魔力を込めるのは困難なはず。そう考えると、魔法で作り出した物の可能性が高いな……)


魔力を武器等に込めるというのは正確には、魔力を纏わせている状態である。魔力はものにもよるが、個体程伝導率が低い。その為、銃弾が装填された状態で弾に魔力を込めることは不可能に近い。


しばらくして弾幕の嵐が止む。サキエルはこの隙に、一気にブローディアの方へ距離を詰める。

だが、それはカランも予想していた。ブローディアへの進路を塞ぐように、サキエルの前に立ちはだかる。


(装填時間を稼ぐつもりか……)


あの弾幕はサキエルでは防げない。遠距離からの防御不可攻撃、これほど厄介なものは無い。最優先で仕留めるためにはカランを手早く突破する必要がある。


手の内を明かしていない今なら仕留められるかもしれない。だが、それは相手も同じ。不確定要素が強すぎる。ならば仕留めない。無理に仕留める必要もない。


サキエルが一歩踏み出したのとほとんど同じタイミングでカランも一歩踏み出す。

瞬間、カランの周辺の地面が深く陥没した。


(下に魔力反応!?いつの間に!?)


慌てて羽根を広げ、逃げようとするカランにサキエルは剣を振り下ろす。

カランはそれを受け止めるが、陥没しできた穴に叩き落されてしまう。


(これは……水?)


突如現れたクレーターの中には、不自然な量の水が流れていた。


(なるほど、水を地下に流して地盤を緩くしたのか……)


カランは急いで地表に出ると、ブローディアの元へと向かう。自分が足止めされて次に狙われるのは間違いなくブローディアだ。


カランの予想通りサキエルはブローディアの元へ向かっていた。

サキエルの経験則からして、遠距離攻撃をするタイプは基本的に近接戦闘が苦手。前衛を置くタイプは余計にそうだ。


だが、ブローディアは剣を抜き自らサキエルとの距離を詰める。サキエルは一瞬驚いたが、すぐに意識を切り替える。


(強がりか、近距離もできるタイプか……どちらにしろ何か策があるのだろう)


サキエルは警戒を緩めずに距離を詰める。そして、二人の剣が交じり合う。

結果はサキエルの優勢。ブローディアは何とか凌いでいるが、防戦一方でいつ崩れてもおかしくない。


「くっ!」

「終わりだ」


均衡が崩れた。そう思ったその時だ。剣を振るうサキエルの腕が何かにぶつかった。


「なっ!?」

「もらったぁ!」


理解不能の出来事に、一瞬判断が遅れる。その隙をブローディアは見逃さなかった。

サキエルのコア目掛けて一突き。踏み込み、構えたところで手が止まる。

サキエルの後ろから姿を現した水の塊。水晶玉のようなそれを見た瞬間、ブローディアはすぐに飛び退いた。

アレはマズい。本能がそう叫んでいた。実際、その水玉は一筋の蒼い閃光となり、ブローディアの腹部を貫いた。


(速い……!防御が間に合わなかった……)


「急所は避けたか……だが、次はどうだ?」


サキエルの前に水が集まり、水玉が再び作られる。

凄まじい圧力で水が圧縮され、球体を成していく。これこそがサキエルの魔法“激流槍トレンス・アスタ”の速度と威力の正体。

一点に圧縮した高密度の水を一点に向けて開放する。目にも止まらぬ速度で全てを貫くサキエルの自慢の一撃。


強力な魔法の溜めを前に、ブローディアは逆に距離を詰める。

予想外の行動に、サキエルは慌てて魔法を撃ち込むが、は、数センチも動かないうちに何かに防がれた。


不可解な出来事に、一瞬意識を逸らされたが、すぐに懐へと踏み込んできたブローディアへと戻し、攻撃を防御する。


「“水刃アクア・フェルム”!」


すかさず空いている左手から水の刃を放ち、反撃に出るがそれも防がれる。

だが、やっと先程から攻撃を阻害していた謎の現象の正体を観測する。


「それが、お前の魔法か」

「ご名答!」


ブローディアの前に浮かぶ半透明の薄い板のようなもの。これこそがブローディアの魔法、“防壁スクトゥム”。


「今だカラン!」


最初と同じカランの奇襲。しかし、ブローディアが叫んだことでサキエルはすぐに対応に回れる。

上からサキエルへ向けて飛びこんできたカランへ、今度は防御ではなく、カウンターを仕掛ける。が、サキエルの剣は空を切る。


(防壁を足場にして躱したか)


そのままサキエルを挟み込む形で幾度も剣閃が交わされる。


二対一であっても、その実力はサキエルには及ばない。しかし、二人の連携は見事なもので、その実力差を埋め、互角に渡り合っている。


この状況でサキエルが狙うのはただ一つ。二人の分断。


冷静で最適な判断。冷静沈着という言葉が相応しいサキエルの戦いっぷり。それを崩したのはここにいるはずのない仲間の姿だった。


「ラミエル!?」


だが、直ぐにその違和感に気づく。


(違う!あれはラミエルの……だとしても何故今……!?)


さすがと言うべきか、取り乱したのは一瞬。だが、その一瞬が戦場においては命取り。


「“雷撃らいげき”!」


木々の合間を縫うように稲妻が走り、サキエルへと直撃した。


(雷の魔法……新手か……!?)


先程のラミエルの姿は幻影。そうなるともう1人いるはず。そう思い、辺りを見渡したサキエルは思わず目を疑った。


絹のような白い髪。サファイアのような青い瞳。かつて、サキエルは人間が天界へと攻め込んできた際にその姿を目にしたことがあった。


多くの天使どうほうを屠り、あまつさえ神に傷を入れた大罪人。最悪のまがいもの。天使たちは、憎しみと敬意を込めて彼女のことをこう呼んだ。


「【罪業の造花】……」





















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罪業の造花 ユリアス @Yurias0228

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