第41話 破滅の道
「ぐ、ううう……え゙ぼっ」
王都裏街の路地裏でジェイルは吐いていた。来ている服はボロボロ、目はうつろで、これがかつて国家の至宝ともてはやされた人物とは思えない。
ジェイルが吐いたのはとある飲食店の前だった。当然、中から店員が飛び出してくる。
「ああてめえ!? なにしやがんだ店の前でふざけんな! とっととどっかにいけ!」
「や、やめろ、私はジェイルだぞ! 国家の英雄だぞ!」
「てめえが誰かなんて知らねえよ薄汚えゴミが! 客でもねえくせに偉そうな顔すんじゃねえ」
「ぐふっ……、はがっ……」
ジェイルは野良ゴブリンのように蹴り飛ばされ、地面に転がる。店員は店からバケツで水をまいて、ジェイルの吐いたものを掃除すると、ついでとばかりにジェイルにも水をかけた。
「とっとと出ていけ! 目障りなんだよ!」
「があ……くそ、私はジェイルだぞ……世紀の天才だぞ……ぐっ……」
蹴られた脇腹を押さえつつ、足を引きずるようにして立ち去るジェイル。
これが半月前教授をクビになったジェイルの、今の姿だった。
たった2週間ほどとは思えない落ちぶれ方だった。研究詐称で教授をクビになったジェイルは、あっという間に周囲からも見捨てられた。
実家からは絶縁され恋人たちはすぐに離れていった。数え切れないほどいたはずの友達や支援者はひとり残らず離れていき、面倒を見てきた(と、ジェイルが思い込んでいる)後輩たちは誰も連絡が取れなくなった。どいつもこいつも薄情だとジェイルはキレた。
そこからのジェイルは荒れに荒れた。家に籠もって酒と金で買った女に溺れ、あっという間に貯金を使い果たした。
ネイサンと違ってジェイルの済む高級住宅の貸主は常識的な人物だったが、ジェイルがついに自宅で乱痴気パーティーを行ったことで堪忍袋の緒が切れ、彼を追い出した。
家を追い出されたジェイルはそれでも贅沢が忘れられず、王都の高級宿や高級娼館を転々とした。ガラル魔法解読という偽りの功績で得た大金はあっという間に使い果たし、ついには王都裏街の安宿にすら止まれないほどの文無しになってしまった。
ネイサンがクビになったときの落ち方とは対称的だった。人間、落ちぶれ方にも品というものがあるらしい。
「はあ……くそ、ネイサンめ……アガルマめ……ふざけやがって……」
ここまで堕ちてなお、ジェイルは反省というものは一切せず、ネイサンとアガルマへの恨みをこぼしていた。アガルマはともかく、ネイサンに対しては完全な逆恨みだ。
連日の酒と漁色がたたってジェイルの体はボロボロだった。わずかな距離を歩くだけでも、足がふらついき身体が左右に揺れる。
さらには、王都裏街の道は舗装も悪くでこぼこしている。
ジェイルはついに穴の一つに足を取られ転んだ。先には泥の溜まった水たまりがあり、盛大に泥しぶきを上げて倒れ込む。
「ぐおっ! うぷっ、はあ……」
ただでさえ衛生的とは言い難い見た目だったジェイルは、泥まみれゴミまみれの無惨な有様となった。
泥まみれの体を起こすと、地面に拳を打ちつけ叫ぶ。
「くそーーーっ! くそっ、くそっ、くそっ、くそっ! 私はジェイルだぞ! 天才だぞ! みんなひざまずけ! 媚びろ! 助けろ! どうして私がこんな目に……ふざけやがって!」
泥まみれで叫び続けるジェイルに、周囲は引いたように距離をおいた。救いの手を差し伸べるものは、誰もいない。
「くそう、くそっ。こうなったのも全部ネイサンとアガルマのせいだ。許さねえ、許さねえ」
ふと、ジェイルは視線の先に折れた短剣が落ちているのを見つけた。血がついたそれはすでに誰かを傷つけた証であり、おそらく裏街に潜む盗賊か何かが証拠品を持ちたくなくて捨てたのだろう。刃先は取れているものの、まだ武器として使えなくもない鋭さだ。
ジェイルの瞳に、狂気じみた光が宿っていく。
「くひっ、くひひひひ、そうだ、復讐してやる。私の惨めな気持ちを味あわせてやる」
這いずりながら短剣を手にしたジェイルは、恍惚とした笑みを浮かべた。服の下にしまうと、乱暴に顔の泥を落とし立ち上がった。
「くひひひ。待ってろよ、アガルマ、ネイサン……!」
ジェイルはふらつく足取りのまま歩き出した。ひとまず目指すのは王立研究所だ。ネイサンの居場所はわからないため、まずは研究所にいるアガルマを狙うことにしたのだ。
そのアガルマが今は化け物に変わっているとは知らず、ジェイルは虚ろな笑顔で歩き続けた。
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