第40話 アガルマの変貌

 ザンバが両腕に炎を生じさせたのを見て、ネイサンが身構える。

 次の瞬間、ザンバの姿が目の前から消えた。 


「!?」


 目で追うことしかできなかった。ネイサンが反応したときには、すでにザンバが背後に回っていた。


「はあっ!」

「サバルカンナラ!」

 

 間一髪魔法が間に合い、ネイサンの前に土壁が生み出されザンバの拳を防ぐ。

 しかし拳打の威力は凄まじく、ガラル魔法で作られた強固な土壁が一撃で粉砕された。


「ヴェンティソニック」


 強化された身体能力をさらに風魔法で加速でさせネイサンが距離を取る。ザンバもすかさず追いかけるが、ユニコーンとハウルがそれを阻んだ。

 ユニコーンは風の魔法で、ハウルは強靭な前足を振り下ろして攻撃する。


「ふんっ」


 ザンバは落ち着いて両者の攻撃を捌く。まずユニコーンの風魔法は片腕で弧を描くと風をかき乱すようにして吹き散らし、ハウルの前足は同じく片腕で防御するだけで防いだ。


「ヒヒン!」

「なっ!?」


 ユニコーンとハウルが同時に驚きの声を上げる。特にハウルは人間に自分の直接攻撃が防がれたことに大きく動揺していた。


「ココロクトン」


 そこへネイサンの電撃魔法が発射される。ザンバはハウルの前足を軽く払いのけると、両腕を回転させ電撃を受け止めた。

 そのまま腕で螺旋を描き、地面へと受け流してしまう。これにはネイサンも仰天した。


「それは……、技なんですか? 魔法とかではなく?」


「いかにも。たゆまぬ鍛錬によって身につけた技である。俺は魔法にはとんと疎くてな。学んだことがないのだ」


「すごいですね」


 まさに評判通りの人物だ、とネイサンは思う。

 ザンバがかすかに笑った。


「磨いてきたのは受け技だけではないぞ。――虎砲!」


 ザンバがまっすぐ両腕を伸ばして獣の口のように構えると、そこから炎が虎の形となって前へと発射された。


「! アクアリウス」


 ネイサンはすぐに水の壁を作って防ぐ。かなり厚い壁にもかかわらず、なかなか虎型の炎は消えなかった。

 それを目眩ましとし、ザンバが再び背後に回って技を繰り出す。


「岩炎掌破!」


 今度は巨大な手のひらの形となった炎が襲いかかってくる。ネイサンはヴェンティソニックで再び加速し逃れた。


 ネイサンを捉えそこねたザンバはさらに嬉しそうに笑う。


「素晴らしいスピードだ。この俺が目で追うのがやっとだ」


「こ、こっちの……セリフです……」


 もともと戦闘職ではないネイサンは、攻防をさばくのに必死だ。

 ザンバはますます楽しそうにしていた。


「やはり貴殿と出会えて良かった! さあ、まだまだ新たな魔法を見せてくれ!」



 ◆◆◆◆



「クックック、手にれた、手に入れたぞ!」


 暗い研究室でアガルマは狂喜していた。手にはネイサンから奪った「若返り魔法」の解読メモがある。


「これさえあれば儂はまた賢者に返り咲ける。いやそれどころか、王国は儂を手放さないだろう。富も権力も思いのままだ。ハーッハッハッハ!」


 高笑いするアガルマ教授。そこに人の研究成果を奪い取ったという後ろめたさは、微塵もない。


「フッ、だが国王へ報告する前に呪文の確認は必要か……? 肝心の御前で発動しないということになれば問題だからな。となれば……最初の若返り者は儂以外にあるまい」


 さすがにジェイルの失敗に懲りたのか、アガルマは自身で若返り魔法を発動してみることにした。成功すれば自身をその証として王家に見せつけることができる。

 それには、若返ってイケメンになったネイサンへの嫉妬もあった。


「ネイサンごときが成功させた魔法だ。儂はもっと美しく、溌溂はつらつと若返るに違いない。はっは、儂が若返ったら今の妻とは別れて新しい恋人でも見つけるか」


 性根の腐りきったことを考えながら、アガルマは若返った自分を想像し酔いしれる。ネイサンが、自分やジェイルには不可能だった成果を上げたことは都合よく忘れ、自分が失敗するはずがないと思いこんでいた。


 アガルマは全身に魔力を込めて、詠唱を開始する。


「エスピリトゥソィス・デビナシェール・オブスクギカリス・エーテルナール・リディム・ヴォルタリス――」


 しかし詠唱が進むにつれて、ネイサンのときとは違う禍々しい黒紅色の光がアガルマを包み始めた。

 自分の詠唱が完璧だと思っているアガルマは、異変に気づかない。おどろおどろしい光は足元からゆっくり這い上がってくる。


 アガルマは所詮借り物の知識で若返りの魔法を使っているに過ぎなかった。グリモワールに書かれている若返りの魔法の詳細な情報には目を通していなかったし、読むこともできなかった。きちんとグリモワール全てを解読したネイサンは、若返りの魔法に伴う危険性も熟知し、詠唱中も異変がないか常に注意していたのだが、アガルマにはそれができなかった。


「――アストラリス・セレス・ミステリウム・エンシャンティア・ルミナリ・テンペスタマナ・クシュロージョ・アビン・フォルティウス――『エタルニキシカリナーラ・ケセルウォナリリス』」


 詠唱が終わる。と同時に黒紅色の光がアガルマを包み込んだ。


「あ、ああ……感じるぞ。凄まじい力を感じる……。これが若返りの魔法……。はは、今ならなんだってできてしまいそうな……ぐふっ! ごがががあははっ!? なン……なんだ、ガばばばば……ガガがガガガがアアア!!! ……アア……ナナンンダ……コレハ……ナン……アニガオコッテ…………」


 アガルマの口から突然悲鳴、ついで苦悶の叫びが上がる。


 最後には、もはや人間の発音ではなくなっていた。


「ナンンンンンンダコレハ…………アアアア……ガガガガ……ダマシタナ! ダマシタナ! ネイ……ザン゙、ネ゙イ゙ザア゙ア゙ア゙ア゙ン゙」

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