第39話 烈掌のザンバ
アガルマが去った後、そこにはネイサンとザンバだけが残った。
『
本名ザンバ・ニオウ。一流の格闘家であり冒険者だ。
まるでオーガのように巨大な体躯を持つが、れっきとした人間である。冒険者としての職業は「格闘家」で、徒手空拳を武器にモンスターと戦う。元は東方ヤマト国の出身だ。
Sランク冒険者は皆人間としての限界を超えた者が多いが、ザンバもまた空想話のような過去を持っている。
ミストリア王国までやって来る前、武芸を極めるため幼い頃から修行に明け暮れたザンバは、ついにヤマト国で並ぶもののない武術家となった。
それでもなお飽き足らず今度はモンスター相手に素手で挑み続け戦いに没頭した彼は、ある強力なフレイムオーガ(極東では「炎鬼」と称される)と戦いお互い瀕死の重傷を負って引き分けた。
オーガは心臓を貫かれており、代わりにザンバは両腕を黒焦げにして失っていた。わずかな差ではあったがオーガのほうが先に死ぬ怪我を負っており、これを自身の敗北と認めたオーガはザンバに、自身の両腕を切り落とし、ザンバに捧げる。奇跡が起きればくっつき、オーガの生命力を得たザンバは生きながらえるであろうと。
好敵手として戦い抜いたザンバもまたオーガに友情と敬意を抱いており、その提案を受け入れた。結果、ザンバは新たに炎をまとうオーガの両腕を手に入れる。
元々の武術センスでも十分Sランクを狙えるほどの腕の持ち主だったザンバは、オーガの両腕を手に入れたことで身体能力や回復力も劇的に上昇し、Sランクの中でも更に上位の力を手に入れるに至った。しかし富も名声も得たものの強者との戦いを欲し続ける彼は、今日もただの冒険には飽き足らず進んで危険な仕事を引き受けるのだという。
伝説のとおり、ザンバは両腕部分だけ真っ赤な剛腕になっていた。フレイムオーガから受け取ったといわれる腕なのだろう。それが戦いのときには炎をまとって繰り出されるわけだ。北の明星亭が燃えてしまったのもそれが原因に違いなかった。腕の太さだけで女性の腰くらいありそうなほど太い。しかし縦も横も巨大なザンバには違和感なく似合っていた。
その時、石像のように黙っていたザンバが静かに口を開いた。
「火を……」
「?」
「店についた火を、消すがいい。それくらい簡単にできるのだろう?」
「消していいんですか?」
「アガルマは、消すなと言っていたがな……。このままでは他の家屋に被害が及ぶ。俺とてそんなことは望まん」
「…………アクアリウス」
ネイサンが古代ガラル魔法を唱えると、大量の水がベールのように北の明星亭を包み込み、消火する。
その様子をじっと見守っていたザンバは、やがてつぶやいた。
「俺の
ザンバの考えていることがわからず、ネイサンは疑問をぶつけた。
「ザンバさん、あなたは一流の、Sランク冒険者でしょう? 一般市民に手を出すなんて、冒険者登録剥奪ものじゃないんですか?」
「……残念ながら、冒険者ギルドの幹部も、この国の高位の人間たちも、王都裏町の住民を同じ人間と認めていない。裏町の人間がどれだけ傷ついても、火事が起きても
「……最低だ。冒険者ギルドも、王国も」
「まったくだ。理不尽だと俺も思う。だがそれが現実だ。この店を俺に襲わせ誘拐を指示したのはアガルマだが、やつも捕まることはないだろう。国は裏町での騒ぎなど気にもしない。実際そなたも知っているのではないか? 裏町では喧嘩や犯罪など日常茶飯事、そんな奴らが捕まったことがあったか?」
そのことはネイサンも知っていた。実際北の明星亭が燃えてメリッサたちが襲われていたと言うのに、誰も助けに来るものがいない。周囲に人の気配はなかった。みんな先に逃げ出しているのだ。
薄情というのも違う。裏町ではみんなが自分の身を守るので精一杯なのだ。
危うきには近寄らずが裏町の鉄則だ。
この後ネイサンがザンバと戦っても、助けてくれるものはいないだろう。
それでもネイサンは強い覚悟でザンバを見つめた。
「ザンバさん、あなたがたとえ捕まらないのだとしても、僕はあなたを許しません」
「当然だな」
「……なぜ、こんなことをするのです?」
「その前に、改めて訊ねておく。貴殿が、失われた古代魔術を使うという魔法使いなのだな」
「そうです」
「そうか……申し訳ないが、俺と戦ってもらいたい。言っておくが貴殿にはなんの恨みもない。依頼として受けているが、あのアガルマのぶら下げた報酬に飛びついたわけでもない。……むしろ、あのような下衆男普段であれば唾棄して近寄らせもしない相手だ」
そこで、ザンバはちょっと後ろめたそうに顔を下げた。
「Sランク冒険者などと持ち上げられているが俺は……ただの武辺者だ。戦って戦って戦って……戦いだけを求めてここまで来た。闘争と血に飽くこと無い格闘バカ、それが俺だ」
ザンバが顔を上げてネイサンを見る。
「今回俺がこの非道に手を染めたのはそなたと戦うため。俺は、常に強者との戦いを欲するという如何ともし難い
「まったくです。でも、少しわかります」
なぜだかネイサンは苦笑していた。
「僕も、研究したくて研究したくて……貧乏になってもこき使われてもそれをあきらめられなくて、ここまできてしまいましたから。」
「なるほど、俺と貴殿は似た者同士のようだ」
口角の片側をわずかに上げて、ザンバがにやりと笑う。
相手へのわずかな共感を覚えつつ、ネイサンは言った。
「はい、ですが手加減はしませんよ」
「もちろんだ。本気で戦ってくれないと俺が困る」
「ディバイニティガーディアン」
ネイサンが呪文を唱えると、聖なる光が身体を覆っていく。ピラミッド攻略でも使った強力な肉体保護呪文だ。
さらに、
「ソラリスルミナリ」
肉体強化を行う呪文。これでネイサンの身体能力は劇的に向上する。
これだけでも一人の冒険者を相手にするなら十分すぎる戦力だったが、今日のネイサンは出し惜しみしなかった。
「ペセルカレクントゥス」
呪文によって白いユニコーンが召喚される。ユニコーンはネイサンを守るように寄り添った。
続いて、倒れ伏しているハウルに回復呪文をかける。
「パパラントレビタス」
傷つき倒れていたハウルは、回復呪文によって傷が治り気絶から目覚めた。
「ぷはぁっ、助かった! あれ? マスター? すみません助かりました。実はマスターの拠点が大変なことに……ってげええええッ! 私を倒した大男!」
目覚めたばかりで状況が把握できず百面相するハウル。
ネイサンは彼女へいたわるように声をかけた。
「ハウル、北の明星亭を守ろうとしてくれてありがとう。すまないがもう一度一緒に戦ってもらえるか?」
「もちろんです! マスターと一緒ならもう負けたりしません!」
ぴょんと飛び跳ねてハウルはネイサンの隣へと立つ。
一度やられたのに、あるいは一度やられたからか、やる気満々だった。
ネイサンはハウルに頼み事をする。
「ハウル、すまないが最初から本気を出してもらえるか? スフィンクスの姿で戦って欲しい」
「はい。先程は私も人の姿で遅れをとってしまいましたからね。
ハウルの身体を光が包み込み膨れ上がり、数秒後スフィンクスの姿が現れる。
あっという間にネイサンのそばには強力なモンスターが二体も現れた。それを見てもザンバはまるで臆するところがない。
ザンバは一度ガツンと拳を打ち合わせたあと、両腕を縦に構える。
「はあああああああああっ!」
ザンバが力を込めて叫ぶと、構えた腕に炎が宿った。
紅蓮の炎は離れたネイサンのもとにまで熱が届くほど高温になっている。
ザンバは歯をむき出しにして笑った。
「さあ……死合うとしようか!」
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