第37話 アガルマの襲撃

「これは……!?」


 ネイサンは呆然と立ち尽くした。王都に飛んで帰ってきたら北の明星亭が無残にも破壊され、炎を巻き上げ燃えていたからである。

 ネイサンはもちろんのこと、セシルでさえあまりに衝撃的な光景にしばらく立ち尽くしていた。

 

「いったいなにが……。どうしてこんなことに。メリッサ! ゴートさん! 生きていますか!?」


 大声でネイサンは二人の名前を呼んだ。

 すると返す声がある。


「ネイ……サン、来るな……」


 それはメリッサの声だった。たまらずネイサンが声の方へ向け走り出すと、北の明星亭のそばに2つの人影があった。


 一人は、誰であろうアガルマ教授だった。ネイサンのかつての上司は、狼狽するネイサンを見てニヤニヤと笑っている。


 もう一人はネイサンの知らない人物だった。まるでオーガのような風貌を持った男である。

 大きい。人族のようだが身長は2メートル近くある。しかも筋骨隆々で分厚い胸板を持っていた。浅黒い褐色の肌に、鉄さびのような赤銅色の髪を後ろで束ねている。


 大男は王国ではあまり見かけない服装を身にまとっていた。ネイサンは豊富な知識からそれがヤマト国の「キモノ」と呼ばれる服であると察する。黒色に染められたそれは袖や縁は擦り切れてボロボロで使い古したものである事がわかる。


 そして、大男の肩にはメリッサがまるで荷物のように無造作に担がれていた。

 さらには、その足元に倒れ伏すハウルの姿もある。


「メリッサ、ハウル! そんな……」


 ネイサンは思わず叫ぶ。守護神獣であるハウルが倒されているなんて、信じられなかった。

 大男は一体何者なんだ……とネイサンが思ったとき、セシルが後ろからそっと教えてくれた。


「ネイサンさんまずいです。あいつ、Sランク3位の『烈掌れっしょうのザンバ』です」


「Sランク!? しかも3位だって!!?」


 冒険者の事情に疎いネイサンでもさすがに驚いた。


 冒険者のSランクとはAランク以下とは隔絶した実力を持つ者たちだ。一人ひとりが一騎当千の猛者ばかり。ミストリア王国にも指で数えるほどしか存在しない。掛け値なしに王国最強の存在である。


 すでに常人とはかけ離れた魔法の力を持つネイサンだが、それでもSランク冒険者とは戦いたくないと考える。しかもその中でも、上位三名に入る実力者がここにいるのだ。

 どうして国家最強クラスの冒険者がアガルマといっしょにいるのかは謎だが、状況から見て敵なのは間違いないだろう。


 動揺しているネイサンを見て、アガルマが嘲笑した。

 

「くっくっく、遅かったなネイサン……貴様のお仲間はとっくにこのざまだ。まったく、役立たずのクズの分際で女にうつつを抜かすからこうなるんだ」


「アガルマ教授! 二人になにをした!?」


 ネイサンから詰問されて、アガルマはムッとした表情をする。


「口を慎め、儂は賢者アガルマだぞ! 貴様のような研究所をクビになったカスが調子に乗るな!」


 剥奪されたはずの賢者称号をわざわざ持ち出して、アガルマは激高する。

 当然ネイサンにはそんなこと関係ない。


「アガルマ教授、あなたがやったのか? なんの罪もない女の子に手を出して、それでもまっとうな人間がすることか!?」


「黙れ黙れ! ネイサン貴様は状況がわかっていないな、儂の意思次第でこの小娘の命はどうとでもなるのだぞ!」


 アガルマがメリッサを指さしたことで、ネイサンがぐっと黙る。大男に担がれているメリッサは大きな傷こそ無いものの明らかにぐったりとしていた。さらに言えば北の明星亭主人であるゴートの姿も今はどこにいるかわからない。


 ネイサンは絞り出すような声で言った。


「……メリッサを、離せ」


「くっくっく、それは貴様の態度次第だな」


 尊大な態度でアガルマは返す。苦々しい表情でネイサンは訊ねた。


「わかった。なにが欲しい?」


「ふん、ずいぶんと舐めた態度だがまあいいだろう。儂も時間を無駄にする気はない……。ネイサン貴様、古代ガラル語の解読によって若返りの魔法を会得しただろう。それを儂によこすのだ!」


 その時になって初めて気づくのもおかしいが、ネイサンは自分が若返っていることを思い出した。

 そうだ、自分は若返っている。正直言って45歳だったときとは別人だ。なのになぜアガルマ教授は自分を認識できたのか。


「くく、貴様この前王宮を訪問していただろう。まったく儂の研究室をクビになった役立たずだと言うのに生意気な。なんの用があったかわからないが、そのおかげで貴様の今の姿を知ることができたのだ。若返りの魔法を使ったのだと察しを付けてな。フハハハ、我ながら自分の推理力に惚れ惚れするな」


「そんな……そんなことのために、メリッサを襲って北の明星亭に火をつけたのか!?」


「そんなこと? そんなことだと! だから貴様はクズなのだ。若返りの魔法がどれほど重要な魔法かわからんのか。それさえあれば多くの王侯貴族の欲望を叶えてやることができる。老いはどんな身分の者にも平等に襲いかかってくるからな。若返る方法があると知れば、身分の高いものはいくらでも金を出すぞ! 王族さえ操れるようになる。富も名声も思いのままだ!」


 興奮した表情で話すアガルマ。

 彼の元を去り数ヶ月。もはやアガルマへの尊敬の念は微塵も抱いていないネイサンにだったが、その言葉にはほとほと失望を覚えた。


「……アガルマ教授、僕にはあなたの言っていることがわからない。どんなに話を聞いても、それが罪無い人々を巻き込んで奪う価値のあるものだとは思えない」


「ふん、だから貴様は愚かだというのだ。」

 

 バカにしたように笑うアガルマに、ネイサンは力を込めて反論した。


「それにアガルマ教授、あなたは王侯貴族ならば誰もが若返りの魔法を望むと言ったな」


「その通りだろう」


「我らが国王は……ミストリア王国国王カール5世陛下は、僕の若返りの魔法を知っても、一度もそれを自分や身内にかけろなんて命じなかったぞ」


 アガルマが驚愕に目を見開いた。しばらくしてなにか言葉を探すように、パクパクと口を開く。

 しかしついに、反論の言葉は出てこなかった。


 カール5世の無言の矜持によって、アガルマは自身の考えがいかに矮小で下卑たものか証明されてしまったのだ。


 結局アガルマが出せたのは再びの激高だった。


「だ、黙れ黙れ! そんなことで儂を言い負かしたつもりか! 貴様が命じられる側なのは変わってないのだぞ! さあさっさと若返りの魔法を儂によこせ!」


 ネイサンは葛藤する。アガルマの言動からして、若返りの魔法をろくな目的で使わないのは明らかだ。と言ってこのままでは、メリッサやゴート、そしてハウルもどうなるかわからない。


『烈掌のザンバ』は今のところメリッサを拘束しているだけで大人しく黙っているが、いつ暴れ出すかわからないのだ。


 数分の逡巡の末、ネイサン出した結論は……。

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