第33話 スフィンクス2

 美しい黒髪をかき上げながら、ハウルは話を続けた。


「《ふーん、予想はしていたけど、本当に人類は大きく退化してしまったのね。まさかメンフィス王国のことがなにも伝わってないだなんて……。ま、ガラル魔法が使えなければこんなものかしら》」


「《ハウルさんはメンフィス王国からの直接の生き残りというわけではないんですよね》」


「《むぐっ……そうよ、悪い? 先代は四千年生きて活動を停止したから、私が後を継いだの。でも先代の知識やガラル魔法に関することは全部私にも受け継がれているんだから、弱くなったわけじゃないんだからね!》」


 先代というのもスフィンクスなのだろうか。さすが神獣。千を優に超える悠久を生きられるとは。ハウルは作られたと言ったが、メンフィス王国にはそんな神獣すら作り出せる技術力があったらしい。


 というか、今まで謎だった魔物が無限に湧き続けるダンジョンも、もしかすると古代王国技術の産物なのだろうか。なぜ人を襲い続ける魔物を生み出すのかわからないが、ガラル魔法があれば魔物への対処は容易だ。古代はダンジョンに対する考え方も今とはまったく違っていた可能性すらある。


 極端な話……畜産や養殖と同じ感覚で行われていたのかもしれない。

 そんな事を考えながらネイサンは尋ねる。


「《メンフィス王国の古代遺跡、天空都市にはどうやって行けばいいんですか?》」


「《このダンジョンの最奥に今も生きている通信魔法装置があるから、それで位置はわかるわよ》」


「《ははあなるほど。それがこのダンジョンのクリア報酬というわけですか。それで、位置がわかった後は?》」


「《へ?》」


「《へ?》」


 ハウルがキョトンとする。


「《位置がわかったらあとは簡単でしょ。飛んでいけばいいじゃない》」


「《いやいや》」


 ネイサンは思わずツッコミを入れてしまう。


「《私は飛べますが、そもそも普通の人達は簡単に飛べないのです》」


「《ええ〜! うっそ、現代人って飛べないの? みんな? うっわドン引き〜》」


「《ドン引きしたいのはこっちなんですが》」


 そんなにビュンビュン飛んでたのか古代メンフィス人。まあそうだろうな。天空都市で生活してたくらいなのだから。

 飛べなかったらちょっと足を踏み外しただけで人が死んでしまうことになる。


「《じゃあしょうがないわね。行きたい人間に飛行魔法アエルリアを習得させるしか無いんじゃない?》」


「《いやそれはちょっと……。お察しの通り現代ではガラル魔法は失われてしまっており、いきなり復活させるのは混乱が大きいのであまり広めたくないんです。それに最近わかってきたんですが、どうも古代ガラル語の発音自体が普通の人には難しいらしく、僕並みに再現できる人がなかなかいない状態でして》」


 あまり自分を特別視するようなことは言いたくないネイサンだが、事実なので仕方ない。

 ジェイルは以前ネイサンの発音を耳コピで再現したが、あれはあれで彼が天才なのである。


「《現代人って不便なのねえ。通信さえできれば天空都市をこのピラミッドに下ろすこともできるわよ。このダンジョンは空港を兼ねてるって言ったでしょ》」


「《なるほど。古代メンフィス王国の王都だった古代遺跡。さぞかしすごい場所なんでしょうね》」


 ハウルが得意げに胸を張る。


「《ふふ〜ん、そりゃあそうよ。五千年前映画を誇った我らがメンフィス王国だもの。王宮の宝物庫には金銀財宝が溢れんばかり、王宮に飾られている美術品はどれも人類の最高傑作。現代の人間にはきっと想像もつかない価値のある宝物よ。よかったわね、それがあなたのものになるのよネイサン》」


「《あんまり興味ないですねえ》」


「《ええ……》」


 ハウルがなんで???? という顔をする。


「《ちなみにメンフィス王国の人間はもうみんな死んじゃったけど、天空都市を維持していた機構はまだ生きているはずよ。軍事管理機構もね。メンフィスの飛行ゴーレムは当時地上相手に無双したものよ。それもあなたの物になるわ。あなたなら地上の再統一も可能かもね》」


「《あ、そう言うのも興味ないですね》」


「《ええ……》」


 ハウルが再度訝しげな表情をする。


「《なんで? 人間の男ってのはそういうのが好きじゃないの?》」


「《僕は富とか権力と言ったものにとんと興味がなくて……すみませんね》」


「《うぐぐぐ〜っ、なによそれまるでメンフィス王国が大したことないみたいじゃないくやしい! あとは、あとは、う〜ん、つまらないものだけど王宮図書館には『アルマゲスト』っていうガラル語の本があって……》」


「《アルマゲスト!!!!? グリモワールにも並ぶ伝説的名著じゃないですか!!!!! 行きます! 天空都市絶対行きます!》」


「《なにその食いつき。こっわ》」


 目を輝かせて食いつくネイサンにハウルが引いた顔をする。


「《だってアルマゲストですよ! 読みたいに決まってます!》」


「《はあ……、ま、まあやる気を出してくれたのは良いことだわ。こほん、で、このダンジョンを攻略してくれるってことでいいのよね?

 そろそろ楽しい時間は終わりにしましょう。りあうわよ。なんでかだいぶ談笑してしまったけど、私がこのフロアのボスだってこと、忘れてないわよね?》」


 ハウルがそれまでの尊大だが気やすい雰囲気から一転、好戦的な表情になる。


 ハウルの身体が再び光り輝くと、もとのスフィンクス姿へと戻った。

 調査隊のメンバーからどよめきが漏れる。


「《ネイサン、あなたと会話するのは楽しかったけど、私はメンフィス王国の守護神獣でありこのフロアの番人なの、悪いけど、本気で行くわよ》」


 周囲にハウルから放たれる魔力が充溢し、空間が歪んだような圧迫を受ける。スフィンクスが獰猛な笑みを浮かべた。

 調査隊に再び緊張が走る。気の弱いものなど、すでに腰が抜けてしまっていた。


 その中で、場違いにのんびりしたネイサンの声が響く。


「《あ、そういうの大丈夫です。僕らこのまま帰るんで》」


「《…………………は?》」


 ハウルが呆けた顔をしている間に、ネイサンが調査隊の副リーダーである騎士中隊長に話しかける。


「隊長さん、今回の調査はここで打ち切りにしましょう。先程の戦いでもわかりましたが、このピラミッドダンジョンは非常に強力です。僕一人ならともかく、調査隊のメンバーをこれ以上守り続けるのは厳しいし、危険です。今日のところは一旦引いて、態勢を整えて再攻略しましょう。そもそも今日は上層第一層の調査が目的でしたから、十分以上に目標は果たしています」


「は……、まあリーダーのネイサンさんがそうおっしゃるならもちろん従います」


 騎士中隊長がかしこまった態度で答える。だが額には冷や汗が流れていた。


「しかし……アレが素直に返してくれますかね?」


 隊長の視線の先には再び古代美女の姿に戻ったハウルが顔を真赤にして頬を膨らませている。


「《ちょっとちょっとネイサン! 帰るってどういうこと!? 無駄にカッコつけちゃったじゃない。帰るなんて嘘よね?》」


「《すみませんハウルさん。でも見ての通りまだ僕たちは実力不足でして。今度しっかり準備をしてからまた挑戦に来ます》」


「《ぐ、ぐうっ……そんな、この私がそのまま見逃すとでも思っているの!?》」


『《古代ガラル魔法は合理性が基本です。あなたもガラル魔法で作られたなら、侵入や攻撃してきた者以外に防衛戦闘は起こさないのでは? だから僕との会話にも応じてくれていたんですよね。見境なく襲えという命令を受けているなら、こうして話すこともできなかったはず》』


「《ぐ、ぐぐぐううう〜〜〜》」


 図星を疲れたらしく、ハウルがくやしがる。


「《大丈夫です。また近々会いに来ますよ。今日はガラル語で会話できて楽しかったです。必ずまた会いに来ますから》。――さ、隊長さん撤収準備をしましょう。スフィンクスは大丈夫です。襲ってきませんよ」


「は、はあ……」


 顔赤くして涙目になっているスフィンクスを尻目に、ネイサンたちは粛々と撤収準備を進める。


 ネイサンが新たなゴーレムと風魔法結界、守護結界をかけなおし、さあ帰ろうとなったとき……、


「《ちょ、ちょっと待ったあああああ!》」


 ハウルが大きな声で叫んだ。びっくりしてネイサンが振り返る。


「《ど、どうしましたハウルさん》」


「《ネイサン、あなたに謎掛けを行うわ!》」


 ビシィっ! とハウルが指でネイサンを指し示す。


「《謎掛け?》」


「《そうよ。あなたも知っているでしょう。スフィンクスはさまよいやってき旅人に謎掛けをするの。出す謎に答えられなかった旅人は食われる……つまり戦うことになる》」


「《ですがその伝説だと、謎に正解されたスフィンクスは死んでしまうのでは?》」


「《ふ、よく知っているわね。伝説ではそうだけど、実はもう一つの選択があるの。謎に正解されたスフィンクスは、次はその者を主人あるじとして仕えることになる。つまりより優秀で頭のいい者に仕えるというわけね》」


 ふふん、と胸をそらしてハウルが言う。


「《でもそんなことありえないわ。なぜなら私の出す謎は非常に難解で今まで正解者がいないから! ちなみにこれは強制イベントよ。悪いけど、見逃してあげないから》」


 再び獰猛な笑みを浮かべるハウル。ネイサンはゴクリとつばを飲み込むと、ユニコーンにセシルを残しハウルの前へと立った。


「《どうやら、逃げることはできなさそうですね。わかりました。その謎かけ、挑戦させてもらいます》」


「《ふ、いい度胸ね。それでは出すわよ。――問題、「朝は四本足 昼は二本足 夜は三本足の生き物とはなにか?」》」


「《――へ?》」


「《え?》」


 今度はネイサンがキョトンとする。その反応にハウルも首を傾げた。


「《本当にそれが謎でいいんですか?》


「《も、もちろん。どう、難しくて手も足も出ないでしょう?》」


「《いえ、すごく簡単です》」


「《はあ!? なによネイサン、ちょっと失礼なんじゃない?》」


「《いえ、でも本当に簡単で、有名ななぞなぞなので……答えは「人間」ですよね》」


「《え》」


「《赤ちゃんのときはハイハイで動くから四本足、成長したら二本足、年老いたら杖をつくから三本足という……》」


「《え、ええええええ〜〜〜〜〜!!?》」


 ハウルが心底驚愕した表情をする。


「《ぐ、ぐぐぐうううう〜〜〜〜っ、せ、正解!》」


 歯ぎしりしながらハウルが言う。ネイサンは正解したのになんだか可愛そうな気持ちになってきた。

 涙目になったハウルが言う。

 

「《なんで、なんでそんな簡単に答えられるの〜! 今までどんな人間も答えられなかったのに。ぽかんとしてなにも言えなくなっていたのに〜》」


「《あの、多分今までの人たちは単に新ガラル語がわからなかっただけなのでは》」


「《そ、そんな!》」


「《えっと、こんな簡単で申し訳ないですが、これでハウルさんには食べられないということでいいですか?》」


「《……も、もう一問! もう一問だけ出させて》」


「《ええ……》」


 悪あがきをするハウルにネイサンがさすがに少々あきれた顔をする。


「《まあ、いいですよ。どうぞ》」


「《やった! ふっふっふ、かかったわねネイサン。次の謎掛けはあなたでも絶対に答えられないわ!》」


 急に自信を回復したハウルが、うきうきで謎を出す。


「《問題。「100から1を引くと、なんの色になるか?」》」


「《白ですね》」


「《ええええええ〜〜〜〜〜!!?》」


 再びハウルの驚愕する声が響く。


「《百から一を取ると白になるという謎ですね。カンジ、という東方の文字を使った謎はたしかに難解ですが、知っていればそれほど難しい問題ではありません》」


「《正解……。なんで、なんでカンジなんて知ってるの……? この地域の文字じゃないでしょう?》」


「《いやあ、僕ガラル語を訳すためにあらゆる言語を勉強しましたから》」

 照れくさそうにネイサンが頭をかく。ハウルは青ざめていた。


「《そんな、そんな、この私の謎が、こんなあっさり……いやあああ》」


「《これで謎掛けには正解でいいですね。ところで僕が正解したということは……》」


「《いや……ちょっと、ちょっと待って私まだ心の準備が……》」


 ハウルの身体が光り輝く。彼女の抵抗も虚しく、ネイサンの下へパスが通じる気配があった。


「《お》」


「《うわああああん!》」


「《なんだか妙な展開になってしまいましたが……僕の守護神獣ということで、よろしくお願いしますハウルさん》」


「《うう……よろしくお願いします。ご主人様……》」

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