第31話 ピラミッド攻略2


「こんなに楽でいいんでしょうか……」


 と、隣のセシルがつぶやいたので、ネイサンはにっこり微笑んだ。


「ダンジョン攻略なんて楽な方がいいじゃないですか」


「はい、それはそうなんですけど……。私達あの『大墳墓迷宮』を攻略しているんですよね? なんかまるで、ピクニックに来たみたいで」


 現在ネイサンはピラミッド調査隊とともに大墳墓迷宮の探索を行っていた。


 といっても本格的な攻略部隊ではない。今回は本格的な攻略のための下調べとして、Aランク冒険者パーティ2つと騎士団一個中隊(騎士150名)による探索だ。


 それでもネイサンたちは王国最難関といわれる大墳墓迷宮の中層に到達していた。本来のダンジョン攻略に比べたら異常な速度である。順調とそのものと言えるが、これは冒険者パーティや騎士団が優秀であったためではない。

 攻略にあたってネイサンがガラル魔法を使い過保護なくらい準備したためだった。


 ネイサンたちは地面全体が灼熱の溶岩と化している中層第一層の探索を行っていたが、セシルの言う通りまるでピクニックのような気楽さで進んでいた。ネイサンが『ディバイニティガーディアン』という肉体保護の魔法をかけているためである。超高温や極低温に耐え、それどころか魔法攻撃や猛毒、呪い、はては超重力からも保護する強力な魔法である。万能を謳う古代ガラル魔法の中でも上位に位置する保護呪文だ。


 さらには土呪文サバルカンナラでゴーレムを数百体作り調査隊の護衛と偵察を行わせ、さらにその周囲を極・旋風呪文ヴェンティソニック・グラーレで風の結界を作り防衛している。風の結界は魔物の牙や爪といった物理攻撃だけでなく炎や水といった魔法からも内部を守護し、自動的に反撃も行なってくれる。


 今もまた、ヴェンティソニック・グラーレによってオルマールが2匹瞬殺された。

 先頭を歩いているAランク冒険者が、なんとも言えない表情で話す。


「……いまの、オルマールだったよな?」


「ああ、他のダンジョンなら最下層にいてもおかしくない強力なモンスターだ」


「それが雑魚ゴブリン化の如く湧いてくるこのダンジョンもやばいが、一番やべえのはあの魔法使いだよな。一体何者なんだ?」


「オルマールを瞬殺できる風の結界を作る魔法なんて聞いたことねえよ。Bランクって言ってたが絶対実力を隠してるぜ。正直Sランクでもおかしくねえ」


「この調査隊に加わってから感覚狂いまくりだぜ。俺たちは王国最難関のダンジョン攻略に来てるんだよな。今のところ散歩しかしてないぜ」


「言うな。俺だって必死に考えないようにしてるんだから」


 冒険者たちは普段と全く違うダンジョン攻略に戸惑っていた。

 風の結界と数百体のゴーレムによって迎撃体制は万全。奇襲など受けるはずもない厳重な警戒。

 攻略に必要な道具はネイサンの収納魔法によって運ばれ、武器もアイテムも追加でいくらでも出てくる。それどころか食料や水、テントと言った必需品もすべてネイサンが運んでいた。他の冒険者たちは自分の武器だけを持って歩いているだけだ。


 万が一傷ついてもネイサンの回復魔法があるし、毒や呪いにかかっても浄化魔法がある。

 大墳墓迷宮の攻略ということで決死の覚悟で臨んだ彼らだったが、あまりの順調さ、快適さに喜んでいいのかもわからなかった。


「……俺、もう死ぬかもしれないって思ってギルドの受付嬢に告白しちまったよ。ふられたけど、帰ったらいじられまくるんだろうな……」


「俺なんか彼女に棺桶で帰るかもしれないから覚悟しとけって言っちまったよ。彼女、待っててくれてるといいんだけどな」


「あんた達はいいわよ。私なんかどうせ死ぬならって思って貯金全部使って豪遊しちゃったのよ。明日から生活どうしよう……」


「まあ大丈夫だろ。こんな楽でもちゃんと報奨金は出るらしいから……なんか俺、もらうのが申し訳なくなってきたな」


 ダンジョン攻略とはまったく別のことで悩み始める冒険者たち。

 後ろに続く騎士団も似たようなことを考えていた。さすがに国軍の兵士なので口には出さなかったが。


 冒険者と騎士団に挟まれる形で隊列やや前方にいるネイサンはセシルとともに、以前召喚魔法で出したユニコーンに乗ってダンジョン内を歩いていた。このユニコーンもまた強力で、Sランクモンスター(ダークドラゴンなど)にも単独で勝てる性能を持つ。


 また溶岩の中から飛び出てきたオルマールとレッドサーペントが風の結界によって即死した。

 残った死体は風の魔法によって運ばれ、ネイサンの収納魔法へとストックされる。


「魔物の素材は後でまとめて冒険者ギルドで引き取ってもらいましょうね。報酬は等分で分ければいいでしょうか」


 ネイサンがそう言うと、セシルが驚く。


「えっ? さっきからネイサンさんしか倒してないじゃないですか。全部ネイサンさんの取り分でいいんじゃないですか?」


「いやいや、臨時とはいえパーティを組んでいるんですし、きちんと分けますよ」


「ネイサンさん本当に欲がないんですね」


「僕は研究資金の足しくらいが貰えれば十分ですから」


「ははあ……。それにしても、明日オルマールや他のモンスターの素材が大量に市場に出回るわけですね。とんでもないことになりそうです」


 オルマールは中級最上位、Cランクのモンスターだ。討伐報酬も素材価値も低ランクモンスターとは桁が違う。高級素材である。

 それが、おそらく100頭以上は殺されている……魔物素材市場が大混乱するのが目に見えるようだった。

 セシルは相変わらずユニコーンの背でのほほんとしているネイサンを見た。この人、自分がSランク冒険者以上の活躍をしていることに気づいているのかしら。


「疲れてませんか? セシルさん」


「全然。退屈すぎて帰って不調なくらいです。私もこれまでいろんな任務を経験してきましたが、間違いなくこれが一番楽です」


「それはよかった」


「いや全然良くないんですが……ネイサンさんが国王陛下の依頼を受けたとき、私だってそれなりの覚悟をしたんですよ」


「フフ、覚悟を無駄にしてしまってすみません」


「もう。ネイサンさんのそばにいたら、感覚がおかしくなりそうです」


 ネイサンとセシルが会話していると、先頭の冒険者たちから声が上がった。



「お、そろそろ5層への階段だぞ」



 大墳墓迷宮は全部で10の階層を持つ。入口のある1階層から3階層までが上層、4〜6階層までが中層、7〜9までが下層、そして10階層が最下層である。


 ネイサンたちは今中層の第一層である第4階層を探索しているわけだ。大墳墓迷宮内のダンジョンは王国のダンジョンでも最も変化が激しく、各階層ごとに別世界が広がっている。


 第一層はオーソドックスな古代遺跡、第二層は鬱蒼とした大森林、第三層は全てが鋼鉄でできた奇妙な都市……とバラエティに富んでおり、各階層ごとにトラップの種類や効果的な魔法も違う。


 ただ湧いてくるモンスターだけは概ね統一されており、オルマールや鋼鉄サソリが雑魚モンスターとして無数に湧出し、アメミットのようなAランクモンスターも頻繁に徘徊している。

 もしも普通に攻略に挑んだら、王国騎士団の一個連隊でも第一層で全滅しかねない凶悪さだった。


 冒険者の言う通り、溶岩地帯の終わるところに下へと降りる階段が見えた。


「もう5層への階段ですか。ここまではスムーズにやってこれましたね」


「下調べのはずだったのになんかもう、このまま今日中に攻略できちゃいそうな勢いですね」


「はっはっは、さすがにそれは難しいでしょう。なにせここは王国最難関のダンジョンですよ」


「攻略予定を全部ひっくり返した本人がそれを言いますか」


「僕は大したことはなにもしていませんよ。皆さんの安全を最優先しただけです」


「うわ本気で言ってるよこの人」


 ドン引きするセシル。引かれていることには気づかないまま、ネイサンは周囲をきょろきょろ見回す。


「それにしてもまだ階層の番人がいませんが、いつ出てくるのでしょう」


 ダンジョンにもよるが、難関と呼ばれるダンジョンにはたいていダンジョンボスだけでなく階層ごとにもそのフロアのボスがいる。

 大墳墓迷宮でも第一層からフロアボスがおり、それもまたネイサンのガラル魔法によって退けてきたのだ。

 からかい半分呆れ半分という表情でセシルが言う。


「気づかないうちに、実はもう倒しちゃったんじゃないですか?」


「いや、オルマールはともかくフロアボスはさすがに風結界で即死はしないと思いますが…………っ!」


 直後、ネイサンが不穏な気配に気づく。


「全員伏せて! 岩壁要塞呪文カテラサラーゾ!!!」


 ネイサンが新たなガラル魔法を唱える。調査隊の周囲に一瞬で岩壁がせり出し、それはあたかも城壁の如く堅固に中の人間を守った。


 直後、巨大な炎の津波がネイサン達調査隊を襲う。


 炎の渦が収まった後、調査隊が恐る恐る顔を出すと、恐ろしい光景が広がっていた。

 風魔法による結界が霧散し、最前列を守っていたゴーレムたちが一気に100体ほど、土塊と化していた。一部は炭化している。凄まじい高熱の炎が襲ったのであろう無惨な情景だった。


「嘘だろ……一体何が起こったんだ」


「あの風魔法とゴーレムが一撃で破られることなんてあるの?」


「信じられねえ……悪夢だ」


 前方の冒険者が青ざめ、恐怖しだす。ネイサンもまた、眼の前の情景に驚いていた。自分に自信のないネイサンだが、ガラル魔法には自信を持っている。絶対無敵とは言わないまでも、簡単に破られるような風の結界を張ったつもりはなかった。


 しかも、ネイサンには他の冒険者や騎士たちが気づいていない事実を知っていた。先程の炎には強力な呪術魔法が籠もっていたのだ。

 その証拠にネイサンが最初全員にかけた肉体保護の魔法が一部破損している。現代魔法の最上位にも優る力を持つ聖属性のガラル魔法による保護結界を、破る攻撃があるなんて……。


 まさか、と思う。しかし頭には答えが導き出されていた。


 ガラル魔法には、ガラル魔法でしか対抗できない。


「****、*******《ほう、生きていたか》」

 

 聞き慣れない発音が冒険者たちの耳朶を打った。一体どこに潜んでいたのか、ぬっと巨大な影が5階層への階段を塞ぐように現れる。


「***、*******、******《ククク、待ちわびていたぞ人間。ようやく楽しめそうな者たちが現れたな》」


 頭部は女性、体は獅子、そして背には翼が生えた、巨大な魔物。

 神獣スフィンクスが、ネイサンたちの前に立ちふさがる。


 ネイサンは、混乱と喜びを一緒くたにした表情でつぶやいた。


「ガラル語だ……」


「え?」


「あのスフィンクスは、ガラル語を喋っている……」

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