第30話 ピラミッド攻略
王宮にてアガルマとジェイルの断罪が行われてから数日が経った。
ネイサンは普段となにも変わらず北の明星亭で魔法の研究を続けていた。アガルマやジェイルの不正が暴かれたことも聞いていたが、特に思うところはない。
王立研究所時代に受けた仕打ちは忘れていないし忘れられるはずもないが、それで復讐したいとは考えないのがネイサンの美徳である。今回の一件でも心がスッキリするというようなことはなかった。
ただ、これからの新人研究者が自分のような目に合わないということは素直にうれしい。
国王は完璧に約束を守った。ネイサンのことは王国トップ層のみが知る国家機密となり、ネイサンのプライベートはきちんと守られていた。
ただ静かに研究がしたいだけのネイサンにとって最もありがたい境遇である。いまや王国最高の研究者となったのに、自分の研究室も持ってなければ一人の部下もない。北の明星亭の二階で一人研究するのがネイサンにとって一番心休まるのだった。
ちなみにネイサンはセシルから一度、
「もう冒険者としても研究者としても素晴らしい業績を上げているのですし、王都の一等地に家でも買って引っ越したらどうですか?」
と勧められたことがある。当然断った。ネイサンにとっては北の明星邸から出ていくことなど考えられないのである。
こっそり物陰で聞いていたメリッサはニコニコになった。
あれからセシルはネイサンの護衛兼王宮との連絡係兼秘書のような役割となっていた。もちろんネイサンが冒険に行くときは一緒にクエストを受ける。ネイサンにとっては初めてのパーティーメンバーとなる。
ガラル魔法によって割と一人で何でもできるネイサンだが、同行者がいるというのはやはりありがたいものだった。しかも相手はネイサンの事情もガラル魔法の秘密もすべて知っている存在である。セシルと知り合ったのは偶然からだったが、良い出会いだったとネイサンは思っている。
そのことがちょっと面白くないメリッサはネイサンがセシルとクエストを受けるたび不機嫌になるのだが、ネイサンはその理由に気づいていない。護衛のためセシルも北の明星亭の一室で寝泊まりしているのだが、そのこともメリッサは気に入らない。もちろんネイサンは気づいていない。
さて、そんな表向きのんびり、裏ではちょっとピリピリな北の明星亭に、とんでもない人物がやってきたのはある朝のことだった。
◆◆◆◆◆
「よっ」
「は?」
ネイサンはさすがに呆然となった。来客と聞いて北の明星亭の食堂に降りたら、国王カール5世がいたからである。
「こ、こここここ、こく」
「ああ待て待て、儂がここいいるのは秘密なんだ。まあ、なんだ、カルロスとでも呼んでくれ」
開きっぱなしになりそうだった口を必死に閉じて、ネイサンはこくこくと頷く。
この国王、腰が軽すぎやしないだろうか。
実際カール5世あらためカルロスは、身なりの良い大商人といった風情に変装していた。カール5世の肖像画はそれなりに街で見かけるが、顔そのものは変わってないのにまるで別人に変貌している。店の主人ゴートも来客を教えてくれたメリッサも、カルロスの正体には気づいてない様子だった。
大商人でさえも北の明星亭には不釣り合いだが、メリッサもゴートもお金持ち相手にへーこらするような性格をしていない。
他のすべての客と同じ様に愛想よく、しかし特別待遇はせず給仕している。
カルロスの方にも、どこかそれを面白がっている雰囲気があった。
護衛の者たちは以前の四阿と同じように北の明星亭の周囲を張り込んで警護しているらしい。第三局の一員であり国王の顔を知るセシルはなにも知らされていなかったらしく真顔で気絶していた。
ひとまずセシルの目を覚ましてあげたネイサンは、ともにカルロスの座るテーブルへと着く。
「大丈夫? セシル」
「これは夢……悪夢……」
「はっは、愉快な嬢ちゃんだ」
「陛……カルロスさんも、だいぶ愉快な性格をしていますね」
「褒め言葉と受け取っておこう」
なにも知らないメリッサが、いつもどおりネイサンとセシルへ朝食を用意する。今日はスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチだった。ネイサンが来る前に頼んでいたのか、カルロスの前にも同じものが置かれた。
ひとくち食べて、お忍びの国王がほう、という顔をする。
「これはうまいな」
ネイサンが、我がことのように嬉しくなる。
「でしょう。ここの料理は僕も大好きなんです。活力源ですよ」
「ブラックオリーブが良いアクセントになっている」
「お口にあったようでよかったです。ところで……(小声で)毒見とかはいいのですか」
「(小声で)お主と同じものを食べるのだ、心配しておらん。お主はある意味、儂より重要人物だからな」
「豪胆ですね」
「ただの茶目っ気だよ」
一人称が余から儂になっているのも変装の一環らしい。
隣でセシルが味のわからなさそうな顔でモソモソとサンドイッチを食べていた。かわいそうに、今日のサンドもとても美味しいのに……とネイサンが同情する。
食後の紅茶が来たところで、ネイサンは尋ねた。
「それで今日はどのような要件でしょう?」
「話が早くて助かる。もちろん君に依頼したいことがあってきたのだが、どこから話したものか……うむ。実は以前君は双頭蛇に襲われたことがあったな?」
「話の発端はそのオルマールだ。冒険者ギルドの方でどこからオルマールが現れたかを調べていたらしいのだが、それが君の周囲を調査していた第三局、そして内務省の遺跡発掘隊との情報が合わさりだいぶ大きな騒動になってきた」
「と、言いますと?」
「オルマールの現れた洞窟に、地下深くを抜ける巨大なトンネルが見つかった。あまりに深くまだその全長すら解明できていないのだが、その行き先を予想するとある場所が浮かび上がった」
「行き先」
「ネイサン、ギラの大墳墓迷宮を知っているな?」
「もちろんです。入ったことはありませんが……」
大墳墓迷宮というのは王国の南にある遺跡でありダンジョンだ。砂漠の中に忽然と存在し、地上部分は巨大な正四面体をしている。
現代から五千年前に作られたとされるが、未だにその全容を解明できていない。
古代ガラル帝国は一万前にセレスティア大陸を統一した。ガラル帝国滅亡以降再び統一できた国は一つもなく、今の群雄割拠が続いているわけだが、五千年前大陸統一に限りなく近づいたとされる国がある。今は名前もその滅亡理由も伝わっていない、謎大き王国だ。
大墳墓迷宮は、その歴代国王を埋葬した墓だとされている。どれも正四面体をしており、大陸各地に存在する。
特徴的な地上の正四面体をピラミッドといい、ミストリア王国にあるものは「ギラのピラミッド」と呼ばれていた。
他に「サマヤのピラミッド」、「クペルカノンのピラミッド」があり、合わせて世界3大ピラミッドとされている。
大墳墓迷宮がこれまで調査されてこなかったのは、そのダンジョンの複雑さ、過酷さゆえだった。その奥底には莫大な宝物が眠ると言われているが、内部に潜む魔物、トラップ、王家の呪いと言われる強力な魔法術式が侵入者を阻み続けている。国家の騎士団もあるいは名のある冒険者パーティーも、攻略に成功したものは一つもない。五千年間一度もだ。
ネイサンの背筋に冷や汗が伝う。
「カルロスさん、まさか……」
「そのまさかだ。かのオルマールは、大墳墓迷宮、別名ギラのピラミッドからやってきた可能性がある」
ネイサンとセシルが言葉を失う。
突然難攻不落のダンジョンの名が出てきて、思考停止していた。
「むう、さすがにネイサンくんでも絶句するか」
「当然です。だってあの大墳墓迷宮ですよ。Sランクパーティが大勢挑み、散っていったあの」
「……冒険者どころか、国家の総力を上げた攻略作戦でも、最下層までにすらたどり着けなかったと言われています」
セシルが顔を青くしたまま言う。
カルロスがため息を付いた。
「うむ、お主らの言うとおりだ。世界で誰も、大墳墓迷宮を攻略できたものはおらん。しかし事情が変わった。……儂は、ガラル魔法の復活が世界各地に影響を与えているのではないかと考えている」
「っ」
ガラル魔法、及び古代ガラル帝国は一万年前の帝国だ。ピラミッドを作った王国は五千年前、直接の関係はないが、ガラル魔法の特殊性、強力な効果を考えると何らかのつながりがあってもおかしくない。
「ガラル魔法は大地から直接魔力を吸収する。その効果は永続的だ。そしてまた大墳墓迷宮も、この五千年難攻不落のダンジョンとして存在してきた」
「……大墳墓迷宮の一部に、ガラル魔法が使われているというのですか」
「わからん、何もかもわからんのだ。だからこそ調査をしてきてほしい。これは古代ガラル文字を解読できる君にしか頼めないことなのだ」
カルロスが、声に威厳を込めて言う。
「ネイサンくん、君にこれから王国が編成する大墳墓迷宮調査隊のリーダーになってもらいたい」
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