第29話 ジェイルの転落

「私が解雇とはどういうことだ!?」


 ジェイルは立場も忘れて大声を出した。対して王宮からやってきた文官は、冷徹な瞳でジェイル教授を見つめる。


「この文書にあるとおりです。ジェイル殿は王立研究所教授職を解任。研究者としても解雇されます」


「そ、そんな、なぜ!? 私はガラル語の解読に成功した不世出の大研究者なのだぞ!!?」


「はあ……」


 冷徹ではあっても一定の丁重さは崩さなかった王宮の文官が、今度は明確に侮蔑の視線を向ける。


「そう言いながらいつまで経っても新しいガラル語呪文ができないのはどういうことですか? 国王陛下も、宮廷魔道士も、とっくにあなたを見限ったのです」


「ぶ、無礼だぞ!」


「正直申し上げまして、国王陛下はよく我慢しなさったと思います。あなたの様々な言い訳を聞き届けて、何日も、何ヶ月も……待ち続け、催促も穏便になさって。できないならできないと早く言うべきでした。国王陛下はお優しいからきっと許したでしょう」


 文官は国王へ心から同情するように首を振り、ため息をつく。


「あなたは陛下の信頼を裏切り、誠実さにつばを吐いたのです。解雇で済んでよかったと思うべきところですよ。それをこともあろうに自分で自分を不世出の大研究者などと……良く恥ずかしげもなく言えますね」


「だ、黙れ。私は史上始めてガラル語の解読に成功した……」


「ですから、もう誰も信じていないんですよ。たしかにあなたの披露した魔法はすごかった。だがガラル語は次々と解読できるようなものではなかった。そういうことでしょう? なのにあなたはまるでいくらでもガラル呪文を復活させるようなこと言い、王宮に混乱をもたらした。王家はこれから、ガラル語解読に時間がかかること、完全解読はできていなかったことを国の内外に発表しなければなりません。この意味がわかりますか?」


 さすがのジェイルもその意味を察して、顔をうつむける。文官はフンと鼻を鳴らした。


「ガラル語解読の研究成果は諸外国にも発表されています。各国は今、我が国がどれほどの魔法を手に入れられるのか固唾をのんで見守っている。

 そこを、我が国はガラル魔法完全解読に失敗したことを発表しなければならないわけです。我が国の名誉がどれほど傷つけられると思っているのです」


「そ、それは……」


「率直に言ってあなたは、解雇で済んだことを感謝するべきです。国家に与えたそ損失を考えれば、投獄されても文句が言えないですよ」


「うぐっ……」


 何も反論できず、脂汗を流すだけのジェイル。

 文官は最後通牒のように王立研究所解雇を告げる文書をジェイルへ渡した。


「当然のことながら、ジェイル研究室は閉鎖、勤務している研究員はみな別の研究室に移ってもらいます。陛下の温情で、退出には一ヶ月の猶予が設けられています。早々に身辺整理を済ませ出ていくように」


「…………」


 ジェイルはその場に、呆然と座り込むしかできなかった。



 ◆◆◆◆



「アガルマ教授、私を裏切ったな!」


 その夜、ジェイルはアガルマの元を訪ねた。アガルマはすでに帰宅しており、書斎でジェイルと向き合う。


「裏切ったとは何だ。お前が解雇されたことなら、自業自得だろう」


「何を言っている! ネイサンから研究を奪ったのは俺とあんたの共謀だったじゃないか。なら私のことをもっとかばってくれてもいいだろう!」


「勘違いも甚だしい。儂だって今回の件で賢者の称号を剥奪されて教授に逆戻りになったんだぞ、とんだとばっちりだ」


「な……、な……なにを! 共犯者のくせに自分だけ関係ないふりをするのは汚いぞ」


「はっ、貴様はまだ自分の立場がわかってないようだな」


 嘲るようにアガルマは笑う。


「貴様はもう終わりなんだ。王からの信頼は失墜し、研究者としての名声は地に落ちた。研究所を追放され、学会からも黙殺される。お前の研究人生は終わったんだよ」


 呆然とジェイルは座り込む。何もかもを失い落胆する元研究助手を、アガルマは汚いものでも見るように蔑んだ。


「さあお前はとっとと出ていけ! 儂はこれから研究室を立て直すので忙しいのだ。貴様のようなクズにかまっている暇はない」


「そんな、私とあんたは同罪で……」


「出ていけぇ!」


 転がり出るようにジェイルはアガルマ邸を後にするしかなかった。

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