第26話 国王の謝罪

 セシルによって王宮へと連れてこられたネイサンは、宮殿内にある巨大な中庭へ案内された。


 王宮の前庭までは国家行事などで開放されることもあるが、中庭は王家の私的な空間だ。もちろんネイサンも入るのは初めてである。壮麗な造りの前庭と違い、どこか親しみやすい雰囲気だった。田舎の田園風景を、金と人手をかけて宮殿内に再現したような庭だった。


 従者の案内で庭にある小道を歩いていくと、やがて見えてきた四阿あずまやに入るよう促される。小さいが瀟洒な造りの四阿に入って、ネイサンは驚いた。


 そこで待っていたのは国王ただ一人だった。護衛の姿もない。いや、いないわけがないのだが、姿を見せず中庭の何処かに隠れて警護しているらしい。国王が寛いで休息できるようにという配慮だろう。


 ミストリア国王カール5世は、柔らかい雰囲気でネイサンをさし招いた。


「やあ、ネイサンくんだね。どうぞかけてくれ」

「は、はい、失礼いたします」


 国王から気楽な調子で椅子を勧められてネイサンは思わず座ってしまった。王宮に来るまでは、礼儀正しく挨拶しなければとかマナーを守らねばと色々考えていたのだが、国王は立場を気にせずいきなり懐に入れてしまった。ネイサンは国王と言葉をかわすのも初めてだが、これほど気さくな人物とは思いもよらなかった。


 王自らお茶の準備をする。あわててネイサンが手伝おうとすると、「よい、紅茶は余の趣味なのだ」とやさしく断られた。ネイサンは人生で初めて、国王自ら淹れたお茶をいただくという経験をすることになる。


「どうかな?」

「あ、その、おいしいです」


 気の利いたことを言えない自分の貧弱な語彙に悲しくなるネイサン。しかし国王はにっこりと笑った。


「それはよかった」


 それからしばらくネイサンの身の上話を絡めた雑談が続いた。二人でお茶を飲みながらいくつかとりとめもない話をした後、王が本題を切り出した。


「ネイサンくんは、ガラル魔法を使えるということだが」

「はい」

「良ければここでぜひ、見せてもらってもいいだろうか?」

「承知しました。それでは危険のない魔法で――ペセルカレクントゥス」


 ネイサンが呪文を唱えると、隣に白い光が集まる。王が目を見張っていると、光は次第に凝集し、一頭の優美な一角獣の形となった。


「召喚魔法……」

「はい。この場合は、ユニコーン型の守護獣を召喚する魔法です」


 ネイサンが手を差し伸べると、守護獣は嬉しそうにいななきすり寄った。まるで本物のユニコーンにしか見えない。国王は瞠目して声もなかった。彼も王族の務めとして魔法や武芸も修めていたがゆえに、その魔法の規格外ぶりがわかったのだ。


「…………これは、驚いた。まるで神代の奇跡じゃないか」

「ガラル魔法は実に多種多彩です。僕……いえ、私はすでに基本魔法書『グリモワール』を3巻まで訳していますが、現代では考えられないほど高度な魔法が多数あります。古代ガラル語が魔法言語として格段に優れているためです」


 ガラル魔法、ひいては古代ガラル語の素晴らしさが話せるため、嬉しそうにネイサンは語った。

 だが、次の国王の言葉でその表情は苦いものとなる。


「ジェイル教授に披露されたときは、光や風の魔法だけだったが……」

「……ジェイルさんに私が見せたことあるものが、その2種の魔法だけだったためです。私は、ジェイルさんならすぐに新しい魔法を解読できると思っていましたが。解読どころか、ほかの魔法の再現もできなかったようですね」

「ネイサンくんが、本当の古代ガラル語解読者というのは本当だったんだな」

「はい。ですが、私は別に隠したり秘密にしていたわけではありません。私が古代ガラル語の解読研究をしていたことは、アガルマ研究室の人はみんな知っています。官房第三局が調べるまで私の名前がまったく出なかったのは、おそらくアガルマ教授が公式記録にまったく残していなかったためでしょう。私の研究は研究室でほとんど無視されていましたから」


 ユニコーンの首を撫でながら、ネイサンが話し続ける。


「……ジェイルさんは、今どうしていますか? 教授になったのは新聞で知りましたが、その後ほとんど噂を聞かなくなったもので……」

「まったく成果を挙げられんでいる。この数ヶ月、新しいガラル魔法はついに一つも発表されなかった。ジェイルも、アガルマも、君の研究を奪っておきながらまったく活かせなかったというわけだ」

「そうでしたか……」


 ネイサンはそれを聞いても喜ぶことはなく、むしろいたましそうに顔を伏せる。


「ちょっと意外でした。研究成果を奪われたことはもちろん悔しいですが、私はアガルマ教授もジェイルさんも研究員としては僕より上だと思っていたので……まさか二人がかりで、ガラル語魔法の新しい呪文一つ再現できないとは思いませんでした。実は研究室を追放された時、ジェイルさんに言われたんです。ずっと優秀なお前が憎かったって。私は自分のこと全然そんな風に思っていなかったのですが」

「才あるものが疎まれるのは世の常だ。自分が無自覚でも、あるいは無自覚であるほど、人からやっかまれるものだよ」

「アガルマ教授からは逆に役立たずの無能扱いされていたので、自分に才能があるなんて思いもしませんでした」

「アガルマは人を見る目もなかったのだな。つくづく害悪にしかならん男だ」


 国王が静かに相槌を打つ。


「あの二人には我々もすっかり騙された。ネイサンくん、君が古代ガラル語の本当の解読者であることははっきりした。この後は君が今後ガラル魔法をどの様に使うかについて聞きたいが、その前にしなければならないことがある」


 国王カール5世は、ネイサンに深々と頭を下げる。


「ジェイルとアガルマの二人によって君の研究成果が横取りされ、人生まで台無しにされていたこと、まことにすまなかった。我々も欺かれたとはいえ、しっかり調べればわかったことだ。また王立研究所はその名の通り余の名のもとに運営されている。どちらも最終責任者はこのカール5世だ。すなわち余の不手際だ。まずは心から謝罪させてもらいたい」

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