第20話 英雄になったネイサン

「どうぞ、こちら報酬の200金貨サルバです!」


 冒険者ギルドの受付嬢はカウンターに重たい音を立てて革袋をのせた。ギルド登録のときとはうってかわり満面の笑みを浮かべている。

 対してネイサンは、金貨のぎっしり詰まった袋を前に困惑するしか無かった。200金貨といえば、200万ミルにもなる大金だからだ。


「あの、本当にこんなもらっていいんですか? 僕はまだFランク冒険者なんですが……」

「当然です。ネイサンさんはあの上級モンスターオルマールを倒したんですよ!」


 むん、と両拳を握って断言する受付嬢。その目はキラキラと輝いている。まるで憧れの上級冒険者を見るような態度だった

 そう言われても、ネイサンとしてはちょっと上位のガラル魔法を使っただけで特別なことをしたという意識はまったくなかった。



 ◆◆◆◆



 あの後――オルマールを倒したネイサンは、呪いを受けた冒険者に『ペルミノウスグロウ』と、『パパラントレビタス』というガラル魔法をかけ助けて回った。ペルミノウスグロウは聖なる光によって体内の毒や呪いを浄化し消し去る呪文。パパラントレビタスは体の傷を癒やす呪文だ。


「――――か、っは。動ける、うごけるぞーーーっ!」

「たすかった、たすかった!」

「ああ、うごく。よかった俺、生きてる……」

「いったいどうしたんだ、オルマールは!?」

「おい、オルマールが向こうで死んでるぞ! 氷漬けだ!」


 呪いが解かれ一斉に動き出す冒険者たち。ある者は生きていることを喜び、ある者はオルマールの死体に驚愕し、大騒ぎとなった。

 いったい誰が、冒険者たちを助け双頭蛇を倒したのか。誰もわかっていなかった。

 そこへギルド職員が声を上げる。


「復活したところ悪いが、まずは洞窟内の救援を優先してくれ。先行部隊がまだ全員戻ってないんだ。オルマールが出てくるような異常事態だから内部でさらに強力なモンスターがいる可能性もある。警戒してくれ」

「「お、おうッッ」」


 冒険者たちは一斉に返事すると、我先に洞窟内へと入っていく。オルマールという凶悪なモンスターに襲われたばかりだと言うのに、恐れる様子もない。仲間意識の高さにネイサンが感心していると、指示を出したギルド職員が傍にやってきた。


「先程は助かった。感謝する」

「い、いえいえ僕は何も……」

「何を言っている。見事オルマールを撃退してくれたばかりか、難しい呪いの治療まで。ギルドとしては感謝してもしきれないほどだ。ネイサンと言ったか? 今日が冒険者デビューと聞いていたが、大したもんだな。このことはギルド支部に戻ったらきちんと報告させてもらう」

「あ、そのことなんですが……」


 ネイサンは事情も含めて自分が強力なガラル魔法を使えることを隠してもらえないか、ギルド職員に頼んだ。ギルド職員は難しい顔をして腕を組む。


「そうか。新人とは思えぬ凄まじい威力は話題のガラル魔法だったのか。うーむ、事情はわかったが、隠すのは難しいと思うぞ。冒険者ギルドとしても誰がオルマールを倒したのかはきちんと報告せねばならん。」

「そうですか……」

「だが安心しろ。お前が優れた魔術師であることは隠せなくても、ガラル魔法の名を伏せることはできる」


 ニッと笑ってギルド職員は言った。


「要はガラル魔法が誰でも使える魔法として広まるのを避けたいんだろう? ならお前だけが使える特別な魔法としてギルドには報告する。お前は誰か高名な魔術師のもとで修行してきた特別な存在とでも言えばいい」

「いいんですか?」

「冒険者ギルドならな。王国軍ならそうはいかないが、冒険者ギルドでは自分の能力の詳細を隠しているものは多い。個人商売の世界だからな。親しい仲間以外には能力の詳細は秘密にするというものはザラだ。特に高位冒険者ほどその傾向がある。問題はないさ。ギルドとしては高い戦力を持つ者が活躍してくれればそれでいいんだ」

「そうでしたか……いや僕としても願ったり叶ったりです」

「ではネイサン、お前はどこか秘境の魔術工房で修行を積んだ謎多き魔術師ということで頼む。ギルドとしてもそう発表するから、うまく口裏を合わせてくれ」

「ありがとうございます!」

「こちらこそ感謝するよ。今回死者が出なかったのは間違いなくお前のおかげだ」



 やがて洞窟内に取り残された先行組も無事に助け出された。ネイサンが浄化魔法と治癒魔法をかけて次々と復活させると、皆口々に礼を述べた。


「助かったぜ、ありがとうな!」

「ネイサンだな。あんたの顔と名前は覚えた! 命の恩人だ」

「職員のおっさんから聞いたよ。オルマールを倒したのもあんたなんだってな。若いのに大したもんだ、すげえよ!」


 感謝の言葉を雨あられと浴びせられて、ネイサンは面映ゆくなる。こんな素朴な感謝は研究室では得られなかった体験だ。心が暖かくなるのを感じた。

 こうして、ネイサンの初クエストは思ってもみなかった事件に遭いつつも、無事に終わったのだった。

 なぜラプトルの住む洞窟にオルマールがいたのかという重大な謎を残して……。



 ◆◆◆◆



「ネイサンさん、ネイサンさん! 説明を続けていいですか?」


 集団クエストの顛末を思い出していたネイサンは、受付嬢に話しかけられて我に返る。


「すみません、どうぞ」

「ネイサンさんはオルマールの討伐に成功したことで、一気にDランクに昇格します。これは特別なことなんですよ! 本当はオルマールのソロ討伐ならBランククラスの実力になるんですが、さすがにいきなりBランクは難しいんです。ごめんなさい」

「いえいえ。新人なのに評価していただけて嬉しいです」


 Dランクならソロでのクエスト受注が可能となる。どうやってDランクマで上がるか考えていたネイサンにとっては、渡りに船だった。


「よかった〜。そして初日に取り替えで恐縮なんですが、ネームプレートが銅になります。こちら新しいプレートです!」


 受付嬢がネイサンに新しいプレートを渡してくる。一人前とされるDランクのせいか、プレートもしっかりした作りのものだった。ギルドに認められたみたいで嬉しくなる。

 研究室では、ネイサンはずっと3級研究員みならい止まりだった。45歳にもなっておかしい話だが、ネイサンはやっと自分が一人前の大人に成れたような気がした。


「ありがとうございます。大事にします」

「はい! あ、でもでも、ネイサンさんならきっとすぐDランクからも上がりますよ。Aランクのネームプレートは白銀ミスリルなんですけど、きっとすぐです」


 ニコニコと無邪気な期待を寄せてくる受付嬢。ネイサンは気恥ずかしくなって頬をかく。


「ははは、嬉しい言葉ですが、自分は魔法は使えても戦闘は未経験だったので……がんばりますが、そんなに活躍できるかわかりませんよ」

「何を言っているんです! 冒険者初日でオルマールを倒せる人なんていません! 正直私、今回のことでネイサンさんのファンになりました。 私の勘が告げています。あなたはきっとSランク冒険者になるお方だと!」

「ははは……」


 やけに熱っぽく語る受付嬢にネイサンは苦笑するしか無い。研究者として大成したいのに、冒険者の頂点になれると断言されるとは思わなかった。

 だが、受付嬢の真っ直ぐな好意が感じられて、悪い気はしない。


「いつかネイサンさんに皇金オリハルコンのネームプレートを渡すのが楽しみです。私の夢にしますね」

「ふふ、わかりました。自分なりにがんばってみますね。お名前を伺ってもいいですか?」

「私キャロルって言います。よろしくお願いします」

「ええ、キャロルさん。またよろしくお願いします」



◆◆◆◆



 なんとも色々あった冒険者初日だった。 報酬の受け取りやランク昇格に伴う諸々の手続きを済ませて帰る頃には日が暮れてしまった。

『北の明星亭』の明かりを見て、ネイサンはほっと息をつく。

 扉を開けるとすぐにメリッサが出迎えてくれた。


「あ、帰ってきた! ネイサン、冒険者登録どうだった? うまくいったか?」

「ああ、無事に済んだよ。ついでに初クエストも受けて成功したんだけど、色々あってね、さすがに今日はつかれたよ」

「お疲れ様、夕食できてるよ! 親父が張り切っちゃってごちそうになったんだ」

「うれしいよ。ありがとう」

 

 ネイサンは北の明星亭でゆっくり夕食を取りながら、メリッサたちに今日の出来事を話すのだった。

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