第19話 双頭蛇


 その姿を目にしただけで、待機組の冒険者たち全員が恐怖に染まる。


「オルマールって、うそだろ。なんで上位モンスターがこんなところに……」

「知るか! とにかくこのままじゃやばい。皆殺しにされるぞ!」

「逃げろ! とにかく逃げるんだ!」


 ずるずると巨体をはいずらせ、オルマールが洞窟から出てくる。ゆっくりと双頭をもたげると、シュルシュルと舌を出しながら2対の眼で冒険者達を睥睨した。

 その瞬間、逃げ出そうとしていた冒険者たちの身体が固まる。オルマールはその毒牙や巨体も脅威だが、何より恐ろしいのは呪いの邪視を持っていることだった。石化の邪眼ほど強力ではないものの、睨みつけただけで相手の身体を痺れさせ動きを止める効果がある。

 呪いに耐性のない低ランク冒険者達は、ひとたまりもない。


「あ、あ……そんな……」

「見られた、見られたあ……」

「う、そ、だ……。いや、だ…………」


 オルマールのひと睨みでD、Eランクの冒険者達はたちまち動けなくなった。逃げられない、逃さない、そんな大蛇の意思が伝わってくるような呪いの眼力。冒険者たちの心が暗い絶望に飲み込まれていく。

 もう逃げられないことがわかっているように、オルマールは緩慢な動きで冒険者たちへと迫ってきた。呪われた彼らはもはや振り返ることもできない。ずるずると大蛇が地面を這う音だけが、ただ耳に響いてくる。

 

「く、そ、こんなところで、上位モンスターが出てくるなんて、想定外だ……」


 元Bランク冒険者だったギルド職員はなんとか邪視にも耐えていたが、ゆっくりと動ける程度だった。元Bランクとはいえ今は呪いに耐性を持つ装備は何も身に着けていない。それもそのはず、今日はラプトルを討伐するだけの簡単なクエストのはずだったからだ。上位モンスターの呪いを弾き返す装備を持っているはずがない。


 せめてなんとか救難信号を……とギルド職員が必死に体を動かしていた時、視界の端にまだ動いている冒険者を見つけた。確かネイサンという、今日入ったばかりの新米冒険者だ。なんとかうまくオルマールの邪視から逃れたのか。


「君、動けるなら早く逃げろ! 見られたら終わりだぞ!」


 力を振り絞って叫ぶギルド職員。せめてこの若者だけでも生き残って欲しい、そんなすがるような気持ちだった。



◆◆◆◆



「こ、こわい……。さすが冒険者クエスト、こんな危険な魔物と戦うこともあるのか……」


 その頃ネイサンは、ある意味のんきにオルマールを怖がっていた。

 実のところ邪視もバッチリ当たっていたのだが、守護の呪文シルヴァレンディアをかけていたおかげで無効化している。


「こわいなあ。僕は昨日までただの研究者だったのに、いきなり書物でしか見たことのない魔物と当たるなんて。これが実戦の厳しさってことか……」


 経験不足から勝手に見当違いの解釈をしてひとり納得するネイサン。ネイサンは勘違いしているが、冒険者ギルドは普段決してこの用に危険なクエストを斡旋したりはしない。冒険者の生命を大切にするギルドは、ランクに合わせたクエストをきちんと割り振っている。今回のクエストは明らかな異常事態が起きていた。

 しかしネイサンは、何も気づかないまま戦いを続ける。


「こわい……、けど他の冒険者の人達をほっとけないし、僕が戦わなくちゃ。こっちにはガラル魔法がある、敵が上位モンスターでも、なんとかなるはずだ」


 ようやくオルマールが一人だけ動いているネイサンに気づく。左側の頭が鎌首をもたげ、二度目の邪視を放った。

 ネイサンがなにかするまでもなく、守護の呪文シルヴァレンディアが呪いを弾く。


「シュ!? シュロロロロロ?」


 見た目には弱そうな優男が邪視をあっさり弾いたので、オルマールは困惑した。こんなに弱そうな見た目で呪いが効かない人間を見るのは初めてだった。

 しかたない、邪視が効かないなら直接押しつぶすまでと、その巨体をめぐらしネイサンの方へと向かう。

 ネイサンは、落ち着いて呪文を唱えていた。


「ケセマ……サルニ……ソルマート……」


 丸太のような胴体をのたくらせ迫ってきたオルマールは、大きくその顎を開きネイサンへと飛びかかった。その牙には紫色の猛毒が滴っている。


「シュロロロロルルルッ!」

「パスラクタルブリザード!」


 ネイサンがガラル魔法を発動したのは、同時だった。

 発生した吹雪が猛然とオルマールを襲う。双頭の蛇は飛びかかった姿勢のまま凍りつき、白く白く染まっていく。


 「シュ、ロ、ロロ……」


 瞬く間に心臓まで凍りついたオルマールは眼から光を失った。なすすべなく氷の彫像と化してしまう。


「ふう……なんとか勝てた、かな?」


 一方、上位モンスターをあっさりと倒したというのに、ネイサンはまだ自信なさげに佇むだけだった。


 すべてを見ていたギルド職員は、ぽかんと大口を開けて固まっていた。

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