第18話 ラプトル討伐

 記念すべき初仕事としてネイサンが選んだのはラプトル討伐だった。


 ラプトルは1メートルほどの背丈を持つ小竜型のモンスターだ。火を吐いたり飛んだりはしないが知能が高く、群れで狩りをする。発達した後ろ足は俊敏で、爪や牙も鋭い。

 このラプトルの群れが王都近くのダンジョンから現れ近郊に巣を作ったということで、討伐依頼が来たのだった。


 ラプトル討伐は集団クエストだった。集団クエストとは複数のソロ冒険者やパーティがグループを作って受けるクエストで、このような魔物の群れの討伐が多い。冒険者になったばかりでパーティメンバーの当てもないネイサンにはちょうどいいクエストだった。集団クエストではそれほど人間関係にこだわらないで済むので人見知りな彼にはありがたい。

 集団クエストは参加報酬は少ないものの、多人数のためより安全な冒険ができる。さらに討伐数によってはボーナスも着くので戦闘力次第では稼ぐこともできる。


 ラプトル討伐クエストに参加したネイサンは、他の参加者の集合や準備、移動で3時間ほどかかったあと、王都近郊のラム草原へギルドの馬車でやってきた。

 ラム草原は背丈の低い草むらと砂地が半々くらいの場所だった。元々砂漠系ダンジョンが生息地とされるラプトルには住みやすい土地だ。ギルドの調査によって草原の西にある洞窟に、ラプトルが巣を作っているのだという。

 集団クエストの参加者は総勢30人ほどだった。パーテイもいればネイサンのようにソロで参加しているものもいる。全体のランクは高くなく、ほとんどがD〜Eランクの中でCランクがちらほら、という程度だった。Fランクでの参加はネイサンしかいない。


「それではこれより討伐クエストの詳しい内容を説明する」


 馬車を降りて雑談したり体をほぐしたりしている冒険者達に向けて、ギルドの職員が声を張り上げた。


「四日前、ラプトルの群れがこの近くの村を襲い、数名の村人が怪我をしする20頭以上の家畜が食われるという被害が出た。ギルドの調査によってここからさらに20分ほど移動した先の洞窟にラプトルが巣を作っていることがわかっている。数は少なくとも50匹。ラプトルは夜行性のため昼間の今は眠っていると思われる。洞窟の出入り口は一つだけであることはギルドで確かめてあり、我々はこれから洞窟に潜り、あるいは中から追い出して全てのラプトルを討伐する。参加報酬とは別にラプトル一匹につき5000ミルの討伐報酬を支払う」


 ということは、ラプトル2匹を倒すだけで1万ミル――サルバ金貨1枚になる、なかなかおいしい報酬額だった。

 もちろんそれは、ラプトルの討伐が簡単ではないことも示している。


「ラプトルは一匹でも討ちもらすと厄介だ。全滅させるのを目標とし、掃討した場合はさらに追加報酬で全員に2000ミルが配られることになっている。全員、クソトカゲ共を一匹も逃さないよう気張ってくれ」

「「「おーう!」」」


 冒険者達が気合の入った声を張り上げる。そこからさらに件の洞窟へと移動し、早速ラプトル討伐作戦が始まった。



◆◆◆◆


 ラプトル討伐は2グループに分かれて行われた。洞窟内に突入しメインで討伐する20名ほどの突入組、逃げてきたラプトルを打ち漏らさないよう洞窟の外で監視する10名ほどの待機組だ。ネイサンはFランクということもあって、ギルド職員により待機組に振り分けられた。


 突入組が洞窟に入って20分ほど経つと、数匹のラプトルが飛び出してくる。


「来たぞ、構えろ!」

「油断するな、ラプトルは狡猾で不利な状況では戦うより逃げるのを優先する。動きをよく見て遅れをとるな!」


 ギルド職員やベテラン冒険者の指示の下、待機組は次々ラプトルを討伐していった。ネイサンも早速呪文で自分に向かってきたラプトルを迎撃する。


「《ココロクトン》」

「キシャアアアアアア!!」

 ネイサンの指先から放たれた電撃は、襲いかかってきたラプトルを一撃で仕留めた。本当は「ココロクトンボルテクス」というより上位の雷撃魔法も使えるのだが、ネイサンはあまり目立たないようガラル魔法では最も弱い電撃魔法を使っていた。

 さらにネイサンは静寂呪文セルメーヌという魔法をあらかじめ唱えて、自分の呪文詠唱が周囲に聞こえないようにしている。ガラル魔法の発音は複雑なので素人が聞いただけではまず真似できないが、念には念を入れていた。


 幸い、周囲はいい感じに勘違いしてくれている。


「あんた無詠唱魔法が使えるのか! 大したもんだな、それは相当修行しないとできないって聞いたぜ」

「はは、はい。ずっと魔法の修行に打ち込んでいたもので」

「若いのにすごいな。まあ威力の方は下級魔法ってところだが、無詠唱なら仕方ないな!」

「はは……」


 どうにかガラル魔法を使っていることはバレていないが、これではいずれ怪しまれるだろう。やはり早く冒険者ランクを上げて、ソロでクエストを受けられるようにしないとな、とネイサンは思った。


「《ココロクトン》……《ココロクトン》……、《ココロクトン》」


 洞窟からは数匹単位ではあるものの次々とラプトルが飛び出してきた。ネイサンはそれらを次々と仕留めていく。待機組なので討伐報酬はそれほど期待していなかったものの、思ったよりも倒すことができそうだった。

 ただ、呪文を唱えながら内心首を傾げる。先行組が突入している割には、やけに出てくるラプトルが多いのではないかと。



◆◆◆◆



 洞窟は次々とラプトルを吐き出した。すでに待機組だけで15匹ほど討伐している。捌き切れない数ではないが、ギルド職員が首を傾げた。


「突入組の討ち漏らしが多いな……。何を遊んでいるんだか」

「まあいいじゃないですか。その分俺たちの報酬が増えるんだから」

「君たち冒険者はそれでいいかもしれないが、ギルドとしては一匹も逃したくないからな、洞窟内でなるべくきちんと狩っておいてほし……うん?」


 そのとき、洞窟内から悲鳴が聞こえてきた。ラプトルではない、人間のものだ。

 ラプトルは確かに狡猾で油断ならない魔物だが、集団で対処すればそれほど怖い魔物ではない。仮に油断して攻撃を食らっても一撃で致命傷になるほどではない。

 ではなぜ悲鳴が上がっているのか。待機組の冒険者達が困惑して顔を見合わせていると、洞窟から次々と血まみれの人間が飛び出してきた。


「み、みんな、逃げろ。洞窟の奥に、とんでもないやつが、いやがった……!」


 それは先行して突入した冒険者達だった。武器や装備を破壊され、あるものは怪我人を抱え、ほうほうの体で逃げ出してくる。絶対にラプトル討伐で出るような被害ではない。

 逃げ出して来る冒険者の恐怖に引きつった顔に、待機組も慌てだす。


「なに!? なんだ!? なにがあった!」

「洞窟の奥に、あれが……あああ!! きた、来たあっ!」


 その時、洞窟から巨大な影が姿を表した。

 双頭の蛇オルマール。全長20メートルを超す巨大なヘビ型モンスターだ。首が途中から二股に分かれており、それぞれが思考する双頭を持つ。

 ラプトルより2ランク上の、上位モンスターだった。

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