第17話 冒険者登録へ
若返りの魔法を使った翌日、ネイサンは冒険者登録に向かうため北4区の通りを歩いていた。昨日と同じく物陰に隠れるようにして歩いているが、今日は怯えているわけではない。恥ずかしさのためのだった。
昨日、若返りに成功したネイサンは、ロアンナとメリッサによって王都の床屋と服屋を連れ回され着せ替え人形にされ、若者にふさわしい格好に強制的に変身させられたのだった。二人によってあれこれいじくり回された結果完成したのは夕方だったが、ロアンナもメリッサも満足げだった。
ネイサンとしては若返りに成功したらすぐに冒険者登録に赴きたかったのだが、女性二人にぜひとお願いされては断れない。それにネイサンは30年間研究一筋であったために、そういったファッションやヘアスタイルといったものにまったく無頓着だった。今の若者の流行など知るはずもない。そこでくわしい二人にコーディネートしてもらうのはありがたいことだった。
結果、ネイサンはかなり見栄えのする格好になった。視力回復によって眼鏡を外し、髪を整え、くたびれた研究服から垢抜けた服装に着替えた結果、中身が45歳のおじさんだとはもう誰も思わないだろう。
もちろん相応にお金はかかったのだが、支払はすべてロアンナがやってくれた。「ル・ゴル・ポスティニアック完本のお礼だ」と言ってネイサンには一切支払わせなかった。ネイサンとしては心苦しい限りだが、ロアンナの回ったブランド品店の服はとても彼に払えるような金額ではなかったため仕方ない。
結局服屋巡りで一日が終わってしまい、今日改めてネイサンは冒険者登録をするべく出てきたというわけだった。
しかし普段オシャレな服装などまったく着たことのないネイサンは、自分の格好が気になって仕方がない。ロアンナとメリッサは「「かっこいいよ!」」と太鼓判を押してくれたが、自信はまるでなかった。道行く人(特に女性)から振り返られてヒソヒソ何か話されるのも、気になって仕方がない。
気恥ずかしさから足早に通りを歩き続けたネイサンは、予想より早く目的地に着いた。
「北区冒険者ギルド」。王都北区を統括する冒険者ギルドだ。冒険者ギルドとはその名の通り冒険者に関する様々な支援、監督を業務とする半官半民の機関である。
石造りの重厚な建物内に入ると、中は猥雑な活気に満ちていた。
『ここが冒険者ギルドか……』
初めて入る場所に若干の緊張をしつつ奥の受付へと進む。途中、一部の冒険者から値踏みするような視線を投げかけられたが、気にしない。
「すみません。冒険者として登録したいんですが」
「はい、こちらへどうぞ」
受付嬢へ声をかけると、すぐに空いてる席へと案内された。用紙を渡され、氏名や生年月日を記入していく。
冒険者登録に当たって、ネイサンは偽の身分証を用意していた。用意してくれたのはこれまたロアンナだ。
『バカ正直に本名と本当の生年月日で登録したら、絶対に怪しまれる。特に年齢でな。身分証は商会ですぐに用意できるから、別人として登録した方がいい』
というアドバイスをくれたため、ネイサンは素直に従ったのだった。
王国に戸籍制度はない。基本的にきちんとした身分証というものはなく、みなどこかしらのギルドや店に所属しているのを自分の身分証明としている。「私は王都に住む〇〇で、△△という店で働いています」といえばそれで身分証明は通る。
ネイサンはハミルトン商会の下働きをしている行商人という体で身分証を作ってもらい(これ自体も紙製の簡易なものだ)ギルドの受付に出した。
「ネイサン・アエルリアさんですね。はい、たしかに登録いたしました」
幸い偽の身分証はまったく怪しまれることなく受理された。名前は本名のままにした。急に誰かに呼びかけられた時、反応できないと困るためだ。ネイサンは王国ではありふれた名前のため、変えなくても問題ない。姓の方は、せっかくなのでネイサンの一番好きな呪文から取った。
つつがなく登録は進み、魔力測定の段になる。
受付嬢の指示で魔力測定用の水晶玉に手をかざすとネイサンの魔力が数値で表示された。
「はい、魔力値は1750です。なかなかの魔力量ですね。これだと魔術師であれば冒険者ランクD相当になります。全ての冒険者は最初Fランクから始まりますが、すぐに昇格できると思いますよ」
「ありがとうございます」
ネイサンは魔物と戦ったことはないが、魔法研究者のため一般冒険者レベルの魔法技術、魔力は元々持っていた。
空間中のマナを自由に扱えるようになった今となってはネイサン自身の魔力量にそれほど意味はないが、世間の彼への評価はこの魔力量が基準となる。
『ガラル魔法を使えることはしばらく秘密にするつもりだけど、僕の魔力で上級魔法クラスの呪文をバンバン遣っていたら怪しまれるかもしれないな。僕自信の魔力量を増やす方法も考えておいたほうがいいかも。まだ翻訳は済んでいないけど、たしかガラル魔法に大気中の魔力を恒常的に体内へ蓄える魔法があったはず……』
体内魔力量は鍛えることで少しずつ増えていくが、才能に大きく左右される。一流の魔術師となると数万から数十万の魔力を持つものもいるので、ネイサンが体内魔力を増やしていっても問題ないはずだった。
そんな事を考えているうちに、受付登録がすべて終わる。
「こちらがネイサンさんの冒険者ネームプレートになります。大切なものなのでなくさないよう気をつけてください」
受付嬢がネイサンの個人情報を金属製のネームプレートに魔法で記録した後、笑顔で渡してくる。これがネイサンの冒険者としての身分証明になる。ネイサンは
大雑把に冒険者のランクを説明すると以下のようになる。
【冒険者ランク】
Fランク:新米冒険者。必ずDランク以上の冒険者とのパーティ所属が義務付けられる。生きて帰ってくるのが仕事。
Eランク:見習い冒険者。パーティを組んでいればクエストの受注ができる。
Dランク:一般冒険者。ここでようやくソロでのクエスト受注が認められる。冒険者としてようやく一人前。
Cランク:中堅冒険者。冒険者として成功した証。このランクで一生を終える者も少なくない。
Bランク:上級冒険者。ここまで上がれる者は一握り。戦闘力も収入もCランク以下とは一線を画すが、受けるクエストも段違いに危険なものが多い。
Aランク:ギルドの最上級冒険者。才能と努力と運を持つ者だけが到れる頂点の領域。時には国家規模のクエストを受けることもある
Sランク:まったくの規格外。ランク外の存在。一応Aランクの上とされているが、事実上冒険者ギルドの所属ではなくなっている。その存在もこなすクエストも全てが超級で、普通ギルドからのクエスト受注はしない。
これらは冒険者ギルドの設定する昇級試験や経験年数こなしたクエストにより判断され上位のランクへと昇格する。とはいえ、最も重要なのは戦闘力だ。
『冒険者になった以上戦闘力も鍛えていかないと』
ネイサンは決して戦うのが好きな性格ではないが、今回の様々なゴタゴタで弱いことの無力さを痛感した。せめて自分が大切にしたい人たちを守れるくらいには、強くなるつもりだった。
ちなみに、ミストリア王国では12歳から50歳までの全国民に定期的な戦闘訓練を義務付けている。徴兵制にも似たこれは、モンスターに対処するすべを身につけるためのものだ。
セレスティアでは
ダンジョンは地下深い迷宮のようなものもあれば森林や火山と言った自然の地形を模したものも有り、その種類は様々だ。
ダンジョンが吐き出すモンスターは多くが人に害なす魔物だ。ある程度の数までならばダンジョン内で暮らしているが、数があまりにも増えすぎるとダンジョンの入口から外に溢れ出てくる。
頑丈な門と塀で守られている都市以外は、どこにでもモンスターに出くわす可能性がある。その際最低限の対処ができるように戦闘訓練は国民の義務となっているのだった。大抵は1年に一回、一週間ほど冒険者ギルドによって訓練される。
というわけで、ネイサンも最低限の戦闘技術はあった。ずっと王都で暮らしていたため野生のモンスターと戦ったことはなかったが、冒険者ギルドの飼育しているモンスターと戦ったこともある。
ガラル魔法を身に着けている今、いつでも冒険に出れる状態だ。
「……最初の依頼は何にしようか」
柄にもなくネイサンはワクワクしていた。
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