第15話 次々出てくる不正

「王立研究所ぶっっ潰す!!!!!」

「わーー! 落ち着いてくれロアンナ!」

「これが落ち着いていられるか! あなたは自分の研究成果を奪われたんだぞ! 天下の王立研究所が堂々と研究不正をしていたんだぞ! 国家的大犯罪だ!」


 ネイサンの話を聞き終えたロアンナは烈火のごとく怒り狂った。

 自分と商会の恩人であるネイサンが理不尽に研究成果を横取りされてクビにされたあげく、あろうことか馬車から蹴り落とされて肉体的にも葬り去られるところだったとは。

 ロアンナが怒るのも当然と言える。むしろネイサンが少々自分への理不尽に鈍感すぎた。


「き、君が怒ってくれることは嬉しいんだが、やめてくれ。僕はもう気にして……いないわけではないけど、もういいんだ」

「なにがもういいだ、あなたの30年間を踏みにじられたんだぞ!! 怒り復讐してしかるべきだ」

「そ、それはそうだが……」


 それから数十分ほど、ネイサンの代わりとばかりに怒り続けるロアンナを、なんとかなだめて落ち着かせる。


「はーーっ、はーーっ、」

「ふぅ……ふぅ……」


 まだ怒りの覚めやらぬロアンナと、それを止めるのに力を使い果たしたネイサン。二人して椅子に寄りかかっているところへ、そっとドアを開けてメリッサが入ってきた。


「あの〜、コーヒーお持ちしました」


 お盆を抱えて入ってきたメリッサは、コーヒーを入れた杯を二つ、ネイサンとロアンナの前に置く。本当はずっと前から扉の前に控えて聞き耳を立てていたのだが、話がどうも色っぽい方向に行かずむしろネイサンの境遇を怒ってくれる味方だとわかって反省し、大人しくコーヒーを持ってきたのだった。


 そんなメリッサの思いなど知る由もない二人は、ちょうど一休みしたかったこともあり礼を言って受け取る。


「ああ、ありがとうメリッサ」

「ありがとうお嬢さん。いただくよ」

「あ、あの勘違いしてすみませんでした、あたし、その……」

「?」

「〜〜〜〜〜〜っ、な、なんでもないです〜〜!!」


 顔を真赤にして出て行ってしまうメリッサ。ネイサンとロアンナはお互い「?」を出して顔を見合わせたが、よく分からなかったので結局スルーした。


 香りの良いコーヒーを一口飲んで、ロアンナが深々とため息をつく。


「ふーー、それにしてもあなたがここに拠点を移しているとは思わなかった。お陰で商会の情報網でも探すのに時間がかかったよ。いい宿だな、ここは」

「どうも。さっきのメリッサ――ここの娘さんなんだけど、彼女が行き場のない僕を拾ってくれたんだ」

「ほう、それは幸運だったな。裏街でそんな人情エピソードは滅多に聞かないぞ。いい人と出会ったものだ」

「……幸運な人は、自分の研究を取られたりしないよ」

「ああすまん! そういう意味で言ったのではないのだ。そうだったな。お前は災難にあったばかりだった」


 コホン、とロアンナは気を取り直し、


「それで、今後はどうするつもりだ? いまはその……すぐ仕事のあてがある、というわけではないんだろう?」


 慎重に言葉を選びつつ、問いかけてくる。


「どうするかはまだ決めてないんだ。ガラル語の研究を続けたいとは思っているんだけど、何をするにも資金が必要だしそれに無職だと周囲の人にも迷惑をかけるだろう? おちおち夜の外出もできないし」

「たしかに、そうだな」

「それでひとまずは冒険者に登録しようかと思って」

「ほう……って冒険者!? ネイサンがか!?」

「う、うん。ひとまず無職の回避はできるかなって。……そんなに意外だった?」


 驚きのあまりテーブル越しに身を乗り出してきたロアンナに、ネイサンはぎこちなくうなずく。その反応を見て冷静になったロアンナが、恥ずかしそうに座り直した。


「すまない、あなたの言う通りあまりに意外だったもので……。だってネイサンは今までずっと研究職をしていたわけだろう? 正直危険な冒険職が務まるとは思わないが」

「そこは僕にも成算があるんだ。それに、ひとまず登録しておくだけでも損じゃないだろう?」

「それは、まあそうだが」


 うーん、と眉を寄せるロアンナ。ネイサンが冒険者をやるということがピンとこないらしかった。


「……ネイサン、実は私があなたを探していたのは、その身を案じていたのからだけではない。あなたとはぜひまた一緒に仕事をしたいと思っていたからなんだ」

「僕に? ロアンナが?」

「ああ。以前商会からの依頼で『ル・ゴル・ポスティニアック完本』を訳してもらったことがあっただろう? あのときの仕事ぶりが素晴らしかったからな。ほかにも貴重な古書や名著の新訳などを依頼したいと思っていたんだ。その仕事依頼は何度も出していたんだが、あなたの上司のアガルマ教授に断られ続けていた。ネイサンはガラル語の研究で忙しく、他の仕事を受けている暇はないと。その時は不可解に思いつつも引き下がったんだが……その様子だと、まったく知らされてなかったみたいだな」

 ロアンナの話を聞くうち、ネイサンは口をあんぐりと開けていた。

「ないない! まったく聞いていないぞ! ハミルトン商会からそんな依頼があったなんて……。教授は『お前の訳が下手くそだったから愛想を尽かされたんだろう。研究室までいい迷惑だ』と言っていたし」

「あんのクソジジイ……。そんなわけ無いだろう。『ル・ゴル・ポスティニアック完本』の評判がどれほど素晴らしかったか知らないのか?」

「それが、教授は『お前の訳があまりにひどかったから全部儂が訳し直しておいた。感謝するんだな』って言っていて、恥ずかしながらその後確認していなかったんだ。翻訳料も『あんな酷い訳をしたお前に貰う権利はない』って教授が全部取っていったし……」

「はああああ!!? あの翻訳は正真正銘ネイサンの翻訳だぞ! 一字一句いじってない! しかもハミルトン商会は感謝も込めて300金貨サルバ支払ったのにネイサンは受け取ってないのか!?? 金貨一枚も!!?」

「う、うん……あの翻訳で僕は無報酬だよ」

「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!! あのクソジジイぶっっ○してやる!」

「わ〜〜〜〜! ロアンナ落ち着いてくれ!」


 かくして、先程と同じようなやり取りが繰り返される。怒り狂うロアンナと、それを必死に止めるネイサン。

 大変だとは思いつつ、こんなに自分のために怒ってくれる人がいることが、ネイサンは嬉しかった。

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