短編小説『枯っぽ』
@takataka1133
第1話
[今日未明、〇〇県◻︎◻︎市にお住まいの株式会社『金岡製造』の社長、金岡千蔵さんが亡くなっているのが見つかりました。
警察は他殺とみて捜査を続けています。
さて、次のニュースです……]
世の中が嫌いだった。
いや、全てとは言わないが。
まぁ全てとしておこうか。
初めて殺しをやった時は未熟だった。
捕まりそうだった。
絡みつくしがらみを振り払うように無闇に逃げ回った。
懐かしいことだ。抵抗も、今はない。
ただ何も無い世の中だと感じていた。
空っぽな世の中だと感じた。
俺は、暗殺の仕事をしている。
今朝のニュースでやっていた金岡…?だったかな、そいつも"殺した"
何人目かなんて知らない。
殺すやつの名前なんかいちいち覚えていたら海馬がイカれちまう。
俺にはモットーがある。暗殺者にモットーをつけること自体がおかしいのだが、、。
それは、『殺しに意味を持たせること』だ。
どんなに金を積まれようが、俺が意味のないと思った殺しはしない。
金岡とやらの死には意味があった。
ただそれだけだ。もちろん金はたんまり貰っ…
ゴンゴン
考え事を断ち切るように、家のドアが鳴った。
『なんだ…?』
ベットから重い体を起こし、廊下をゆっくり歩いてゆく。俺はナイフを背にしまい、無機質な鉄製のドアノブを回す
ガチャッ
開けた瞬間、誰もいない。
視線を下へむけると、一人の少女が立っていた。
『あ……あの、、』
少女が話し始める前に、俺は口を開けて、
『…帰れ。』
と、冷淡に言葉を放った。
『で…でも、』
続けようとする言葉をまた断ち切る。
『帰れ。』
それでも少女は続けた。
『お父さんの……』
(お父さん?急に何の事だ…?)
興味を持ってしまった自分を卑下する。
『…チッ。入れ。』
ギギッというドアが軋む音と共に、少女の足音が家にポツリと鳴り響く。
家は、周りのビルに囲まれて影に埋まっていた。
そのため、いつも昼から電気をつけている。新品の蛍光灯が、少し眩しい廊下を渡り、ある部屋に着いた。俺が依頼を受けている部屋だ。
ドアを開けると、6畳ほどの部屋に、小さな机と二つの椅子が広がっている。
そこは俺の家で唯一日光が当たるところだった。
古びた椅子を引き、少女に言葉をかけた。
『座れ』
恐る恐る座った少女の手には、一輪の桃色の花が握られている。気になったが、
(まぁそんな事はどうでもいいか)
と、自分に言い聞かせて、
『…何の用だ。』
と投げやりに言葉をかける。
『あのね…お父さんが、、。お父さんが……。』
瞳から雫が溢れた。光を反射して輝いている。
少女は松崎遙(まつざきはるか)と名乗った。
事情を詳細に聞いてみると、
金岡製造で働いていた遙の父親は、よく働き、誠実で、家族愛があったよき父親だったという。
しかし、金岡製造の副社長、金岡淳也(かなおかあつや)から、酷いパワハラを受けていたという。
具体的に、残業代を払わない、身の丈に合わない過剰な重労働、罵詈雑言の暴言などの、陰湿なものからむごいものまで、様々だった。それがたかり、遙の父親は、、、
自殺した。
家に帰った遙を待ち受けていた壮絶な現実。
これを機に、母親は体調を崩し入院。弟も、学校に行くことが日に日に少なくなったという。
そして、自暴自棄になった遙がたどり着いた先にいたのは俺、翠 銀(かわせみ ぎん)だった。
『だからねっ…!アイツを!金岡淳也を…!
"殺して"っ…』
嗚咽と涙混じりに訴えかける遙に、俺は問いかける。
『理由は分かった。だがな、俺も仏じゃない。それ相応の対価を…』
今度はこっちが言葉を断ち切られた。
『これです…。』
目の前には、手にあった花が差し出されている。
『何だ?これは。こっちはお遊びのつもりじゃない。』
『分かってます。この花の蕾が咲いたとき、あなたは対価ほどの美しさを見れるでしょう。』
さっきよりも強気になった気がした。
雫の跡すらとっくに乾き、真剣な表情をしていた。
だが、、、
(それ相応の価値か…
おもしろい。)
『わかった。その件、受けてやる。』
遙の目に少し輝きが現れた。
『しかし条件がある。』
『はい…何でしょうか…』
『もう2度とここには来るな。』
遙はゆっくり頷いた。
だが、その目には、本来有ったであろう輝きがもどっていたように、俺は感じた。
ガチャン!
家中に、古臭いドアの音が鳴り響く。
足音が家から遠ざかるのが聞こえる。
まだ蕾のままの花を水を入れた花瓶に丁寧に刺し、部屋を後にする。
(全く、、子供相手は世話が焼ける。)
『さて、』
パソコンの前に座る。
冷たくなったキーボードに触れる
俺はまず、ターゲットの素性を調べ上げた。
金岡淳也(かなおかあつや)
46歳。独身。
身長162cm、体重70kgの小太り。
金岡千蔵の実の息子であり、現在は社長の座をかけて、仕事に勤しんでいるらしい。
性格は…はっきり言って良いとは言えない。
いじめやパワハラは遙の父親だけでなく、他の社員にも及んでいたという。
それゆえに会社の評価も高いわけではない。
(ざっとこんなもんか。あとはタイミングだな…)
準備は万全にしておく。
服装は動きやすい服だ。黒いタイツの様な服装をする。
持ち物は特別な加工をした拳銃。そしてナイフだ。
拳銃は空弾が捨てられない仕組みになっている。証拠を残さない為に。
ナイフはよく研いでおく。ストックは4本だ。
これらを腰のベルトに巻きつける。
準備は終了。
あとは、、、あるべきタイミングを待つだけだ。
☆月〇日。俺は屋上にいた。
夜風が繊細に肌を刺してゆく。夜景はぼやけ、薄汚く夜の空を濡らしていた。
決行は今日。
何回もやっているが、いつも始める前だけは緊張する。
屋上の非常階段から一歩一歩、降りてゆく。
ターゲットの部屋は、最上階。
(クソッ。こんな高いとこに部屋を置くなんてな、金遣いも人使いも荒いってか。
もっとも、後者は荒いどころの騒ぎじゃない)
愚痴をこぼしているうちに非常口の前に着いていた。
(さて、仕事だ。)
始まる。
汚らわしい行為。それを裁く汚い行為。
正義はない。
あるのは広がり続ける闇だけだ。
ガチャン!
非常口を開け放ち、中に飛び込む。
驚いた表情をしたターゲットの指が、即座に赤いボタンに触れた。
(チッ。人を呼んだか…!)
俺は体勢を低くしつつ、ターゲットの伸ばした腕の肩に銃弾を放った。
一発。
火薬の匂いがすぐに話を覆った。だが、気にせずナイフを取り出す。
回り込んでターゲットに接近した。
走り込んでいる時に感じる風は、いつも生暖かく感じる。気持ちの悪い感覚だ。
腕を伸ばしてナイフを突き立て、ターゲットにかけたくもない言葉を投げる。
『…言い残すことは』
『お、、お前が……親父も!!』
聞きたくもなかったので、即座に首にナイフを突き刺した。案外柔らかな感触で、果実を刺す様な感覚だった。
果物を裁いたあと、
ナイフはすぐに引き抜く。
仕事に私情は挟まない。
しかしなぜかいつもとは比べ物にならない勢いでターゲットの首をさしていた。
そして、開けておいた非常階段の出入り口に吸い込まれる様に駆け込み、即座に扉を閉じた。
この時の風は、やけに涼しく心地よかった
ガチャン
階段を山羊のごとく駆け下り、置いてあったバイクに飛び乗る。
アクセル全開で公道を疾走する。
帰り道、パトカーと救急車が、混ざり合わないサイレンを連携させながら俺とすれ違った。
(流石。早いな。)
振り返らずにまっすぐ家を目指す。
ガチャンッ
古臭いドアだったが、やけに滑らかに動いた。
家中に鳴り響くはずの音が今日はあまりうるさく感じなかった。
日はもう登りかけている。
仕事着をすぐに脱いで、洗濯機に放り込む。
『クソッ。アイツの血がついた……』
疲れ切った体を鼓舞しなが、歩みを進め、
蛍光灯が眩しい廊下を歩いて、花瓶が置いてある部屋のドアノブに触れた。
無機質な冷たさが今日も有る。
ガチャ……
扉を開いた瞬間、
妙に嫌な感覚を覚えた
俺の背後に気配を感じた。
人影がみえたが、
気づいて視線を向けた時はもう遅かった。
確かに人だ
黒光りする銃口がこちらを向いていた。
パァン!!
家中に拳銃の音が鳴り響く。
気配は影と共にすぐに姿を消し、ぶっきらぼうに扉を閉めた。
ガチャンッ!!
家中に音が鳴り響く。
(世の中が嫌いだ。全て、全てがだ。
最後に殺しをやった時は上出来だった。
しがらみにも纏われずに。
いや、違う。
上出来でもなんでもない。しがらみにはすでに纏われていた。
あの時から。結局何もないのは世の中ではなく。
“俺“自身だった。
ああ、感覚がどんどんなくなっていく。やっぱ俺は…)
日は既に昇りきっていた。
朝日が部屋中を照らす。
丁寧に刺した花瓶の花の蕾は、
枯れていた。
短編小説『枯っぽ』 @takataka1133
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