第7話

 新幹線はホームに入ってきたあとすぐに発車した。が、その後も雨の影響で新幹線らしからぬのろのろとした運転が続いている。男性――旦那さんは疲れたみたいですやすやと寝ている。

「おふたりは夫婦旅行か何かでいらしたんですか?」

 と訊いた。婦人――奥さんはほほ笑んで言った。

「そう。もうね、私たちも人生はあともう少ししかないからね」

 話しにくいことを言わせてしまったと思い、「いやいや、お二人ともまだお若く見えますよ」とフォローした。

 そのあと、奥さんは少し神妙な面持ちになって話し始めた。

「実はね、主人、がんなのよ」

「え?」

 僕は目を丸くしたが、きっと相手にも伝わってしまっているだろう。

「驚いたわよね」と奥さんは言う。長い間寄り添ってきた妻だけに、きっと主人の思いが分かるのだろう。少し寂しげに話した。

「先月、調子が悪いって言って、病院にかかったらステージ4の肺がんだったことがわかって、お医者さんには『これ以上症状が悪化したら即入院して、もしかしたら退院できないかもしれない』と言われたから、旅行とかするなら今の内ですよ、って言われてね。もう全国のあちこちを旅してきてね、最後はやっぱりふるさと北海道を旅したいってお父さんが言うから、これから北海道へ帰るところなのよ」

 ドラマでしか見たことがない展開が、いま目の前の夫婦に起きていると思うと、胸がきゅっとなる。

「……そうだったんですね」

「そうして、北海道へ戻っている途中に緑つ丘駅であなたを見つけてね、息子にそっくりだったから、ついつい声をかけてしまって」

 ごめんなさいね、巻き込んで、と奥さんはそう言ってぺこぺこと頭を下げる。僕はいえいえ、だいじょうぶですよ、と制止して言った。

 これは話を変えなくてはならない、と思い僕は息子さんのことを訊いた。

「息子さん……いま何歳くらいなんですか?」

「生きていれば、三十四だったわね」

「生きていれば……ですか?」

 もしかしたら、こちらも訊いてはいけない質問だったかもしれない。でも、もう後には戻れない。

「そう、息子もね、病気で亡くなって。三年前にね。アフリカのほうで非営利の団体に従事する医師だったのだけれど、現地でまん延している感染症にかかってしまって……、なすすべなく、って担当の方は言ってたね。日本には奥さんと子どもたち二人を残してね、現地の人たちにも愛された医師だったらしいんだけどね」

 息子さんはすでに他界していたそうだ。やりきれない思いがこみ上げてきて、つらい記憶を思い出させてしまったと思った。

「……すみません、つらいことを思い出させてしまって」

「いやいや、いいのよ。人様に尽くして、社会に貢献する、っていう息子の願いはかなったのだから、本人もきっと後悔はないはずよ」

 奥さんはそう言って、お茶をひとくち飲んだ。僕も、つっかえていた感情があふれ出しそうで、あわててペットボトルに入っている水を飲んだ。

「ごめんね、重い話になってしまって。新幹線もあまりはやく進まなそうだから、まだゆっくり寝てらして」

 奥さんはそう言って、腰につけていたウインドブレーカーを膝にかけて目を閉じた。

 僕はさっき昼寝をしていたので、もう少し起きていることにした。

 緑つ丘駅の頃は本当に真っ黒な雲が空を覆いつくしてきて、夜のごとく暗かったが、そこから仙台方面に進むにつれて空が明るくなってきた。もう三十分乗っているが、だんだんと速度が速くなっていくのを感じる。

 今日北海道の夫婦の家に着くころにはもう夜の九時とかを回っていることだろう。まだまだ旅路は長い。新幹線は在来線と比べて景色が微妙なので、勉強することにした。


「まもなく、終点新函館北斗に到着します」

 アナウンスが流れて、新幹線は減速し始めた。スマホの時刻は二十時三十三分を指している。あの後、仙台駅には定刻通り到着した。遅れを取り戻したのは本当にすごい、さすが日本の鉄道だと感心した。そこからは快調に北海道へと新幹線は進んでいった。

 みんなでお揃いの駅弁を買って食べた。仙台駅で売っていた海鮮弁当。このお弁当も作りたてでおろしたてだったらしく、お刺身も新鮮でおいしかった。お肉におさかな、あまり健康的な食事を今日は取ってこなかった気がするが、高校生ということで、両親にはご愛敬願いたい。

 ちなみに、すべてごちそうになってしまった。お金は出しますよ、と何度もアピールをしたのだが、いいからいいから、と旦那さんが全部払ってくれた。

 旦那さんと奥さんは通路を挟んだ隣の列で二人並んで楽しそうに談笑している。

 僕はその景色を見ながら、反対側の通路で二人の様子をぼおっと見ていた。

 この幸せそうな空間も、あと数か月したら終わってしまう。そうさっきの新幹線で言われたことを思い出すと、やっぱり胸が痛む。

 交互に、街灯と家の明かりがともっている函館市街を見る。高架を走っているようだ。二階以上でしか見ることができない。新幹線の下からブレーキのかかる音がする――終点だ。一応、今日家を飛び出してきたとき立てた目的の旅は、いったんここで終わる。

 しかし、これまでは第一章にすぎない。いや、プロローグだったかもしれない。これからは、自分というわけがわからないものに向き合っていくのだ。

「もうすぐ着きますが、家はこのあたりなのですか?」

 と問うと、奥さんは首を横に振った。

「ううん、札幌にあるから、あともう一回、特急に乗り換えるのよ」……ここが終点ではなさそうだ。

 この夫婦はなにか特別な感じがする。別にアヤシイ気配がする、とかではなく、今まで触れ合ってきた人のすべてが、この二人に投影されている気がする。友だち、両親、今日黒根駅で相手をしてくれた弁当屋のおばさん……。

 毎日、誰かが生まれ、誰かが死んでいく。心があるから、うれしくなったり悲しくなったりするのである。傷ついたり、傷つけたりしてしまうのである。心なんてなければいいのに。さっきもそうだ、事実として奥さんが語っているのなら、それはむしろ受け取り手である僕の主観が入っているのだ。それは僕の心が勝手に悲しんでいるからだ。もう、そんな思いを誰にも抱かせたくない。インターネットとか戦争とか略奪とか……人間のやましい部分を持つ心など、なくなってしまえば、そんなことは起きない、真の平和な社会ができるだろう。

 新幹線が終点に着いた。ここからは乗り換えて札幌に向かう。夫婦の荷物をもつのに加え、自分のリュックを背負って降りる。荷物の重さというよりは、心の重さのほうがより重く感じた。

 家に着いたのは二十三時過ぎだった。一か月間留守にしていた割にはきれいに整頓されている。旦那さん曰く、「母さんは綺麗好きだから」。確かに、今日の電車の中でも、奥さんはその号車のきれいな環境を保とうとゴミを拾ったり、新幹線のブラインドのほこりをウエットティッシュできれいに拭いたりしていた。

 僕は奥さんに連れられ、二階にあるお医者さんだった息子さんが使っていた部屋に入った。

「掃除はしているんだけど、本とかはそのままにしてあるから、読みたかったら読んでもいいし、気に入ったのなら持って帰ってもらっても全然かまわないよ」

 僕はぐるりと部屋を見渡す。あまり広くはない部屋だが、壁一面にずらっと本が並んでいる。医師だから医学書ばかりなのかと思ったが、普通の文庫本、魚の図鑑など、いろいろなバリエーションの本が並んでいる。

「ありがとうございます」と、バッグを置いてドアを閉めようとしたら、ちょっと待って、と奥さんにとめられた。

「……どうしましたか?」

 そう言うと、奥さんはきっぷを一枚差し出した。

「これ、しあさってに札幌駅を出る寝台列車のきっぷなの。もともとの計画だと、家に帰ってきて三日くらい休んでからもう一度違う方面へ行こうとしたのだけれど、お父さんが『もう少し日を置いてから行こう』って言い始めたから、このきっぷ、あなたにあげるわね」

 よく見てみると、札幌発東京行き寝台特急『いちばんぼし』の文字がある。

「いいんですか? これ……。なかなか取れないんじゃ……」

「いいの。お父さんが、あの少年に渡してくれと言ったきっぷなんだから。お父さんの思いも背負って乗ってきなさい」

 そう言って、おやすみなさい、と奥さんの方から扉を閉めた。

 何かいろいろ思うところはあったのだが、夜ももう遅い。さっさと寝ることにしよう。


 初老の夫婦の家では、普段、家で過ごすのと同じように過ごした。旅二日目は夫婦の旅行鞄の整理、三日目は家の大掃除をした。朝、昼、夜と出してくれる料理は旅館並みのクオリティで、しかもバラエティに富んでいる。「お母さん、調理師だったんだぞ」と旦那さんが言うと、奥さんは顔を赤らめながら「もうそんな前の話しないでよ、若いころの話なんて」と言い返してみせていた。

 北海道の夏といえば涼しいみたいなイメージがあったが、奥さんは「道南じゃあ涼しくないわよ、釧路とかあっちの方へ行けば別だけどね」と懲りたように言っていた。もちろんエアコンもかかっている。

 旦那さんは、庭に出て植木の手入れをしていた。手先が器用だ、長い刃をした剪定鋏もなんのよどみのない動きでさばき、一定の形・長さにそろえていく。

 それを僕は、涼しい部屋の中から勉強の合間に見ていた。医学生だった息子さんの机は、年季が入っているが古くはなかった。言い方が難しいが、要はそういうことである。『年季がはいっている』と『古い』は似たような言葉で若干ニュアンスが異なるだろうしね。自分でも驚くほど集中して勉強できた。

 そして、自分の家――むしろ祖父母の家に夏休み帰省しているような感覚で二日過ごして、今日が四日目。夕方四時には駅にいなければならない。

 旦那さんが、小樽へあなたを連れて行きたいと言っているから、来てちょうだい! と下の階から奥さんが叫んだので、行きまーす! と僕も応じた。小樽へ行ったら、もう家には戻ってこられないから、荷物を持って出てくるんだよ、と言われた。いよいよこの家を離れるときが来てしまった。

 今僕が着ているのは、たまたまこの家にとってあった息子さんの服だ。奥さんが「似合うじゃない!」と言い、旦那さんは「本当にせがれに似ている」と腕組みをして感心していた。ということで、リュックには一日目に着た服が洗濯されてしまってある。

 小樽運河まではまた札幌駅から電車に乗って移動する。時刻は十時過ぎ。移動時間が五十分であることと、帰りの寝台列車が十六時であることを考えると、あまり滞在時間はない。

 ありがとうございました、とすべての荷物をもって、二日間お世話になった部屋に一礼して、階下へ向かった。


 小樽までは札幌から五十分ほどだった。いろいろなところを案内してくれた。旧三井銀行や旦那さんおすすめの穴場なお寿司屋さん。そのお寿司屋さんは僕も行ったことがない『回らないお寿司屋さん』だったが、ここでも夫婦にごちそうになってしまった。お勘定のとき、大将と少しお話をした。

「あんた、夫婦のお孫さんかい?」少し迷ったが、「そうなんです、夏休みの帰省で」と返した。すると大将、明後日出発でいいよね?」と旦那さんに確認して、買ってくるね、と先に札幌駅に向かった。

 旦那さんと二人きりになった。「ほら、行くぞ」と旦那さんに最後に連れて行ってくれたのは小樽運河だった。歴史ある建物の中をすやすやと流れていくおだやかな水の流れは、見ていてとても気持ちよかった。

「もうそろそろ帰りだな」旦那さんが重たそうな口を開けて話し始めた。

「はい……お世話になりました」

 僕は旦那さんに向かって会釈した。

「なに、俺は何もしてない」

 旦那さんは照れくさそうに笑って言った。

「また会いに来てくれよ、そのころになったら俺お陀仏になってるかもしれんがな」

 がはは、と豪快に笑い飛ばした。

「……おじさん」

 僕は重い口を開いた。きっと、この人ならわかる、教えてくれる。僕の、ずうっと気になっていたことを。

「なんだ?」

「心ってどうしてあるんだと思います?」

 旦那さんは黙り込んだ。それもそうだろう、こんな質問、ぶつけられたら誰だって黙り込む。

 しかし、旦那さんはすぐに笑ってこう言った。

「わかんねえな、俺にも」

「……え?」

「わかんねえよ、そんなもん」

 ……旦那さんにもわからなかったそうだ。僕はこの五日間、黒根の駅で弁当を買って、豪雨の緑つ丘駅で夫婦に出会い、何かの縁で泊めてもらった、というきれいごとでしかない日々を過ごしてしまったのか……。

 だが、旦那さんは続けて言った。

「生きてるうちは、な?」

「……というと?」

「んー、言うのは難しいけど、やっぱり人間ってのは大自然に生かされてる、ってわけなんだ。人間は自然が生んだものだろ? 人間は自然を操ることができない。でも逆はできるわけだ。だから、うちのせがれも、自然に任せて死んじまった。いまはある程度予測することができるようになった。でも、起きてからじゃないと物事は進まないだろう? 自然ってのは恐ろしくもありすばらしいものなんだ。自然は、俺たちの心までも支配している。人間が勝手に偉そうにしていると、必ずバツが来る。自分たちではどうしようもないことだってあるからだ」

 そう言って、旦那さんは自分の胸を拳でたたいた。

「心もそうだ。自然がかかわっていることに対しては畏怖の念を抱く。でも、人間がやっていることは、自分よりも下のやつらがやってる、って勝手に判断しちまうんだ。だから争いが起きる。偉そうぶってるやつほど、すぐに崩れてしまう。心っていうのは自然と人間同士が結びついている限りなくならない。その関係は崩せない。人間の貶めたりしても、だめだ。だから、ほかの人のことを見下したりするな、お前は、絶対にそうするなよ」

 そこまで言って、電車の時間が迫っているから、と急いだ。駅までは無言だった。

 でも、旦那さんは言いたいことを言ってくれた。そうだ、きっとこれだったんだ、と思った。知りたいのは、これだったんだ。


 札幌駅には十五時五十分過ぎに着いた。

「だらだらしすぎてるじゃない、早く連れてこないとこの子帰れないのよ?」と奥さんは旦那さんに軽く説教をしていた。すまんすまん、と謝って、男にはサシで話し合うことが大事なんだよ、とも伝えていた。

 ホームにはすでに東京行き寝台特急『いちばんぼし』が停まっていた。大きな星が車両中央にあしらわれていて、内装はかなり豪華だ。

 荷物を置いて、見送りに来てくれた夫婦に御礼を伝え、また来る、と伝えた。

 二人とも涙を浮かばせながら、待ってる、と伝えてくれた。時は残酷だ。発車ベルがすぐになり始めてしまった。

「ありがとうございました、どうか、どうかお元気で」

 そう伝えて、御礼として駅弁券を五枚すべて夫婦に渡して、列車に入った。自分の部屋から見送ろうとしたが、もうすでに夫婦は見えない位置に行ってしまった。

 でも、知りたいことを知ることができた。

 心は結びつきが消えない限りなくならない。僕たちは、つないで、紡いでいく義務がある。今を生きている、自然の一部分として。

 また会いに行けたら、駅弁のおばさんと夫婦に何を贈ろうかな。

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つなぐ紡ぐ @asakiyumemisi

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