第6話

 雨雲レーダーを見ると、大雨はしばらく止まなそうだ。いま、手元には新幹線のきっぷが二枚ある。緑つ丘駅から仙台駅までのきっぷ、そして乗り換えて、仙台駅から終点の新函館北斗駅までのきっぷの二枚である。北海道入りを、いよいよ果たすのだ。

 だが、いまの大雨のせいで早速緑つ丘駅で足止めされている。新幹線も運転見合わせということで、再開は雨が弱まってからということになるが、しばらく動かない。

 新幹線ホームへ移動すると大勢のお客さんが改札階に上がってきていた。いまはお昼時の十二時四十二分。駅弁もよく売られているようで、数も残りわずかだそうだ。ただ、黒根駅の売り子のおばさんが売ってくれた牛めしのおかげで腹ごしらえはできている。

 とりあえずベンチに座った。疲れが滲みでてくるかのような感じがする。もう朝から七時間移動しっぱなしだ、くたくたである。気づいたら寝てしまっていたようだ。

「もしもし」

 誰かに声を掛けられた。

 僕は大きいリュックで隣の席まで邪魔をかけてしまっていたかと思い、とっさに「すみません」と飛び起きた。しかし、声を掛けたのは初老の婦人――黒根駅の売り子のおばさんよりも年上そうな方だった。その隣には優しそうで婦人と年齢が近い男性もいた。顔はすこし強面で、しゅん、としてしまった。

 謝ると、婦人ははいやいや、謝ることはないのよ、と手を小さく何度も横に振った。

「あまりにもぐっすりと寝ていたから、よほどお疲れなのかと思って」と、婦人は言う。婦人の言ったことに、隣に立っていた男性は、それはつかれているだろう、だいぶ長い時間雨が降って足止めを食らっているのだから、とにこやかに言った。強面だが、やさしい方なのかもしれない。

「……はい、実は東京のほうから普通列車だけでここまできたものですから」

 安心してそう言うと、男性は「普通列車だけか! それは大変だったなあ」と労わってくれた。

「それで、どちらに向かっていらっしゃるの?」夫人は尋ねた。

「実は北海道のほうへ、五日間旅行へ行こうと思っていまして……特に何も計画していないものですから、停まるところとかまだ見つかっていないんです」

 二人は目を丸くした。計画性がないと言って怒られるんだろうな。と思ったが、次の瞬間思ってもみない言葉が聞こえた。

「あら、私たち北海道に住んでいるんだけど、泊まるところないなら、うちに泊まっていく?」

 旅のめぐりあわせというものはこういうことだろうか。しかし、こんなにもうまくいくことなんてあるのだろうか。でも、確かに宿には困っていたので、誘いに乗っかることにした。

「ご迷惑にならないようにするので、よろしくお願いします」

 二人は喜んでくれた。

「うちに子どもが来てくれるなんて、久しぶりだからうれしいわねえ」

「ゆっくりしていってな」

 その時、駅のホームに新幹線が入ってきた。とりあえず、福島方面に進むことができそうだ。

「じゃあ、新幹線乗って戻ろうか」

 僕と初老の夫妻は、これから始まる四日間の新しい旅の一ページを刻むために、ホームへ降りて行った。

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