第5話

時刻は九時半を回っている。先ほどおばさんにもらった時刻表を見ると、二駅先の『緑(みどり)つ丘(がおか)』という駅で新幹線に乗り換えて、福島まで乗車。その後また乗り換えて仙台まで行き、仙台から北海道新幹線に乗ればよさそうだ。

さて夏の天気は変わりやすいというが、ほんとうにそうである。電車がいまから向かっていく方面には暗雲がたまっている。おばさんと別れてから、駅員さんにその駅までどのくらいかかるか尋ねたところ、三十分くらいです、と教えてもらった。三十分以内に雨が降らなければいいのだが……。すでに市街地をぬけ、周りは森の中を走っていく。トンネルも、道路をくぐるものではなく、山を通り抜けるためのものになり、数も徐々に多くなってきた。

緑つ丘駅に近づくにつれて、雷の音も聞こえてきた。乗り換えるまでは雨は降らないでほしい、と願った。

重いリュックサックには大量の参考書が入っている。今は参考書を開いて読む気分ではない。他にはないかな、と探してみたところ、ブックカバーに包まれた一冊の文庫本が目に入った。そういえば出がけに持ってきたんだった。最近、めっきり本なんて読まなかったので、何の本だったかすっかり忘れてしまっていた。そして入れたときには気が付かなったが、たくさん読んだのだろう、ブックカバーが汚れてボロボロになっている。なんだったかなと思い、ブックカバーを開くと、星空に向かって走る鉄道の表紙絵が描かれており、タイトルには『銀河鉄道の夜』と書いてある。宮沢賢治の本が大好きで、いっとう好きなのが『銀河鉄道の夜』だったのだ。宮沢賢治はどんな気持ちで書いていたのだろう。この話を書いていた時は世界恐慌やら大不作やらで大変な世の中だっただろう。もちろん、いまほどの技術力もなかっただろうから、不安と混乱で満ち溢れた世の中だったはず。その中で、この話を書いたのだから、なにか思ったことがあるのだろう。むろん、それは本人にしかわからない。

ただ、なにか心温まるものがある。なんだろうなあ。それが分かれば心がある理由を知ることができる気がする。

まもなく新幹線乗り換えの駅である。どうにか天気は、なんとか持ちそうだ。ここからは、フリーパスは使用できないので、新たに新幹線のきっぷを買わなければならない。降りたら一番最初にやることは、『みどりの窓口』に行ききっぷを用意するところからである。

緑つ丘駅に電車が入っていく。新幹線との乗り換え駅だけあって、田舎にこそあるが、最初に乗り換えた明け橋駅と同じくらい大きい駅だと感じた。

 電車が停まって降りると、鼻に冷たいものが当たった。ヤバい、と思った瞬間、雷がごろごろと鳴り、ざーっと音を立てて雨が降ってきた。

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