第3話

 騒めきと人々の熱気で目が覚めた。すぐに、寝すぎてしまったと気づいた。だが焦っても仕方はない。次の駅でいったん降りるか。電光掲示板を見ると、目的の駅からだいぶ離れている地点を電車が走っていることを示していた。そのままその横にある「ただ今の時刻は」という欄を見る。六時五十四分。四十分だけ寝ようと思っていたら、一時間以上も寝てしまっていたようだ。とりあえず、この通勤ラッシュから逃れたいから、次の乗り換え駅で降りよう。

電車の中は人で満載だった。直接太陽光が当たらなくても、窓ガラスから入ったそれが、通勤中の人の腕時計やスマホに反射してまぶしい。

改めて、車両の中を見回してみる。

みんなスマホの小さな画面を凝視している。そこに何があるんだろう。僕はいつも疑問に思っていた。ニュースなのか、動画なのかはわからない。耳にイヤフォンをはめ、手と目は小さな画面を追い続けている。新聞を読んでいる人はとなりの向かい側のシートに座っているおじさんだけか。本を読んでいるのは、夏休み中の部活に向かう高校生数人だけ。車両の定員はだいたい一五〇から一六〇人ほどだろうから、九割五分の人がスマホを触っていることになる。

すごい惹きつけるんだな。かくいう自分もその一人である。なんだかんだ目的もなくぼーっとしているときに開いてしまう。今朝もそうだった。

それはやはりラクだからだろうか。エラそうな感じで、現代を達観していた僕でさえも、その餌食になっていた。それが恥ずかしい。みんな、同じ道を歩いている。まるでその道を踏み外すと茨のとげが全身を刺してくるかの如く、冒険心がない。朝見たコメントも、きっと同じだろう。僕が理想論を語りまくっているだけ……。

「まもなく駅に到着します」と車掌さんがアナウンスすると、電車は減速し始めた。かなり複雑なホームなようだ、電車が二度三度、大きく横に揺れる。そのあともう一度、四度目の揺れの直後に、ホームに滑り込んだ。通勤客がうごめいていて、皆暑そうにしている。この駅は先ほど調べたところ、明け橋(あけばし)駅というそうだ。そこそこの乗降客がいるらしく、ごっそりと人がおりても、乗る人の量はあまり変わらないのだろう。満員電車に乗っていくというのも大変だが、そのあと仕事に行くというのも大変だ。今の季節は特に、汗のにおいなども気にするだろうから、気に掛けることも増えて、本当にお疲れ様です、と思いながら電車を降りる。

もともとの計画とずれ込んでしまった。ここからどうすればいいのか、と思い改札口まで上がってきた。電車が行ったばかりだからか人はあまりいなかった。電光掲示板には、地元の駅と比べると行先も豊富で、特急も停まるらしい。とりあえず北上していく電車に乗ろう。一番北上することができる電車はあと三分後に出るという。乗り継ぎがスムーズで本当にありがたい。

すでに東京都を抜け、埼玉県と栃木県の県境あたりに来ていた。次の列車で栃木県入りを果たすだろう。

ホームへ降りて行った。先ほどの電車で通勤ラッシュはピークに達していたようだ、下り線ホームには全然人は残っていないが、上り線ホームには半袖姿にクールビズ姿のサラリーマンやOLさんも多い。

線路に目をやった。当たり前であるが、レールがある。このレールは岩手まで伸びているのだという。この上を通っていけば、かならず目的地に到達できる。

そしてまた、さっき電車の中で考えていたことと矛盾していることに気づくのだ。

さっきは冒険心がない、とかなんとか言っていたじゃないか。

結局、言っていることとやっていることが変わっている。それは、言っていることは理想論なのに対して、やっていることは自然と楽を求めているから、なのだろう。

電車が滑り込んでくる。混雑具合を目で追う限り、終点までは座っていけそうだ。

扉が開く。これから僕は、この『レール』を走り続けて、一路北海道へ向かうのだ。


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