第2話

 家を出て、駅の方向へと歩いた。慌てて家を出たせいで、うっかり腕時計を忘れてしまったから、いまが何時だかよくわからない。

 面積もあまり大きくない郊外の町ではあるが、東京から四十分圏内の町だからか人口は多い。駅前には改札直結の大型ショッピングセンターもあるし、僕の家の周辺にも四十階建てのマンションが新たに建設中である。駅前の車通りも多く、駅から放射状に連なっている道はたいていどの道もひどく混む。

 だが、朝五時を回ったころの早朝だからか、全然車通りもなく、むしろ酔っ払いが駅前通りのベンチに寝っ転がっている姿のほうが多い。サラリーマンの飲み会事情はよくわからないが、次の日が仕事なのにもかかわらず酒を呑んで家に帰る前に駅のベンチで寝ているなんていうのは、相当いらいらがたまるんだろうな、と思った。高校三年である自分も、いらいら、とも、もやもや、ともいえる感情を抱えながら生きているのだから、社会人はもっと大変なんだろう。

 駅の中央改札もがらがらだ。十台ほど並んでいる自動改札機がとてもむなしく見える。そんな改札機を、すでに早番の会社員はICカードを用いてすいすいと入場していく。

 さて僕はというと、行先すら決めていないからどのきっぷを買えばいいかわからず、券売機の前で立ち尽くしている。何かフリーパスみたいなものを買っていこうか、と思い財布を取り出した。小銭だらけだが、お金はたっぷりある。誕生日をついこの間迎えたのだが、そのときに両親が、これで好きなものを買いなさい、と、僕の名前の刻まれたクレジットカードをくれたのだった。口座は父親のものになっているらしく、調子こいていろいろ買うなよと釘を刺されたのを覚えている。

 ということで、現金こそないがクレジットカードはあるので、現在地はある程度特定できてしまうだろうが、そういうところは割と放任主義なので、たとえこちらが困ったとしても迎えに来てくれることはない。成人を迎えたのだし、たしかに自己責任という言葉の重みをひしひしと感じている次第である。

 そんなことを考えながら、自動券売機の画面を眺めている。場所は決めていないが、北海道方面に一度行きたいと思っていたので、北海道方面で使えるフリーきっぷを買った。北海道までの区間、すべての列車に乗り放題というものだった。このきっぷさえあれば、普通列車には五日間乗り放題になるのである。ひたすら在来線の旅――タイムパフォーマンスとコストパフォーマンスに追われる現代人にはぴったりだろう。

 ホームの時計は五時二十八分を指していた。まずは、ここから都内の乗り換え駅まで向かおう。次に発車する電車はその駅まで直通でいってくれるから、席に座ってゆっくりしよう。

 電車が参ります、というアナウンスがかかってすぐに、電車がホームに滑り込んできた。ドアが開く。階段近くにはお客さんがいっぱいらしく、すでに立っている人もいるが、こういうときはたいてい一番前に行けば座れるのである。

 鉄道のファンではないが、車ででかける旅行とはまたちがう、鉄道旅行はなにか心躍るものがあるなと思う。早速、列の端っこの席に座り、リュックは網棚に預けた。ガタン、ゴトンと床から音がする。早起きの特権、ということで、少し眠ることにした。

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