第9回 三ツ橋 蛍(火ノ丸相撲):主人公補正を禊ぐ生け贄
いよいよラスト二回となったこのエッセイ。今回紹介するのは、熱血学生相撲漫画「火ノ丸相撲」に登場した
火ノ丸相撲といえば、最近の漫画にしては珍しい熱血ド直球な学生スポ根漫画でした。私のような昭和脳のオッサンには刺さりまくりで、今の時代にこんな熱っつい漫画が読めるのか、と毎週楽しみにしていたものです。
あらすじを少々。
主人公の
しかし中学生になってからは伸びない身長と増えない体重に悩まされ、泥を咬む日々が続きます。
そして大太刀高校に進学した彼は、弱小相撲部の部長
そんな中に三ツ橋蛍もいました。彼は小さな体で大男を薙ぎ倒す火ノ丸の姿に憧れ、所属していた吹奏楽部を退部して相撲部に入部します。
だけど、彼にはフィジカルな能力が皆無でした。ロクなスポーツ経験も無く、体は小さく痩せていて、運動能力は女子並みという有り様でした。
彼は「男らしく、カッコよくなりたい」という意志を抱いているのもあり、ガッツだけは人一倍ありました。でもそれでフィジカル差を覆せる訳もなく、試合に出ては負けるを繰り返していきます。
監督を兼任する桐人には思惑がありました。大男の相撲選手に三ツ橋が勝つなら、真っ向勝負ではなく「変化」を使うしかないと、彼に八双飛びを仕込みます。
そしてその伏線として、肝心の一番まではすべて真っ向勝負をさせ、変化への意識を削ぐことに費やしたのです。幾多の
しかし、それは実りませんでした。ライバル校である石上高校戦、三ツ橋の八双飛びは相手の主将に予見され、警戒するようアドバイスされていた対戦相手、間宮によって防がれてしまいます。
大太刀はそれでも、頼もしい仲間たちの活躍によって決勝戦を制し、全国にコマを進めました。
少人数の大太刀には控えの選手が桐人しかいません。なので三ツ橋は全国でもレギュラーとして出場し、より大きく強い化け物相手に無残に負け続けます。
彼には決死の秘策がありました。準決勝、名門校の鳥取白楼の二陣で土俵に上がった彼は、相手と呼吸を合わせずにつっかかるのを繰り返して、何度も立ち合いやり直しをさせた後、なんと試合放棄するかのごとく背を向けて
このあまりに無礼な態度は相手を激高させ、ついに冷静さを奪う事に成功した彼はそこから、猫だまし→八双飛びのコンボでついに相手の背中を取り、懸命に寄り立ててもつれながら両者土俵下に転落します。
そして、ついに三ツ橋に軍配が上がったのです。
しかし、それは物言いに寄って無効になり、同体取り直しという非情の裁定が下ります。
負傷した上、精も根も尽き果て、頼みの綱の作戦が頓挫した三ツ橋に勝ち目はもちろんありませんでした。
しかし、彼の奮戦は後に続く仲間たちを奮起させ、王者白楼を下して決勝に進むと、三ツ橋の代役で出場した桐人も見事に勝利を挙げ、ついには全国優勝を果たします。
その原動力の一端として、小さな三ツ橋のガッツある戦いが、大きく仲間を奮起させたのは間違いないでしょう。
でも、本当にそうでしょうか、それだけでしょうか。
本来、大太刀高校のメンツを考えたら、全国優勝はもちろん県大会優勝だってありえない話です。
小さな体ながら、相撲に己の全てを燃やす火ノ丸はまだいいでしょう。しかし小関はずっと一人で相撲部にいて、対人稽古なんてロクにこなせない、毎年個人戦でも一回戦負けの実力しか無かったはずなのです。
五條も空手の心得はあれど、黒帯を取ったのに満足して止め、チャラいヤンキー達のお山の大将でしかなく、國崎もレスリングの実力は確かでも相撲は素人だったはずです。それが全国の舞台で「国宝」とよばれる強豪を次々と打ち破るなんてあまりに現実感の無い話です。
そして桐人。彼はスタミナの無さから選手としてではなく、指導者として大太刀の皆を導いていきました。でも、所詮高校生ですよ? 指導者ってそんな甘いモンじゃないでしょ?
全国の名門校の選手たちは毎日厳しい稽古に耐え、部内で熾烈なレギュラー争いを繰り広げ、隅々まで目が行き届く監督やコーチに技の指導から食生活や安全管理、肉体の作り方まで徹底的に仕込まれています。
そしてOBや後援会などの期待を背負って、全国の頂点を目指して鎬を削っているのです。
急造チームの大太刀が、そんな名門校を次々に倒すこと自体が現実的にはありえないでしょう。
じゃあ何故、そんな彼らが全国優勝なんて出来たのでしょう、答えは簡単です。
少年漫画だから。主人公補正というチートがあるから、です。
物語を物語たらしめているのは、主人公が何かを成すカタルシスです。ハンデを抱えている火ノ丸たちが困難を乗り越え、強敵を次々と打ち破るからこそ
でも、その匙加減を間違えると、作品そのものがファンタジーに過ぎるリアリティの無いものになってしまいます。
なので現実的に考えて、どう見ても勝てない選手を負かせ続ける必要があったのです。
「火ノ丸相撲って現実感ないよね、主人公チームってだけで無敵過ぎて」
「いや、三ツ橋はちゃんと負けてるじゃん」
そう言う事なのです。物語にリアリティを持たせるために、三ツ橋だけはどうしても負けさせ続ける必要があったのです。行き過ぎたファンタジーを押さえる為に、彼は最後まで「負け役」に徹されてしまったのです。
まるで大太刀高校の主人公補正を
我ながらうがった考え方かもしれません。しかし考えてみて下さい、大太刀高校は全国優勝したのです。そのレギュラーとしてほぼフル出場した三ツ橋は、全ての試合で負けたのです。
これがどれほど残酷な事か、三ッ橋の立場に立って想像してみて下さい。
試合後、学校生活に戻った彼が、どれだけ他方から責められたかが容易に想像できるでしょう。脇役である彼の視点から見たら、大会後の日々はまさに悪夢と言えるものになったに違いありません。
彼が物語の舞台装置として「負け役」を背負わされた、とでも考えなければ、あまりに彼が哀れです。
後の「大相撲編」でも、三ツ橋が高校の公式戦で勝利を収めるシーンはありませんでした。彼の「その後」は物語にとって重要な点ではなく、悲願の初勝利は作品にとって描く価値も無かったのです。
ただ、読者がそれを望んでいたら、違う未来があったかもしれません。
脇役、やられ役が大好きな私が、せめて彼のそんな哀れさを汲み取ってあげたくて、このエッセイを書き記したいと思います。
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