愛すべき脇役、やられ役たち

素通り寺(ストーリーテラー)

本戦

第1回 ドナルド・カーチス(紅の豚):視点が変われば見方も変わる

 最初にピックアップしたいのはジブリ作品「紅の豚」の敵役、ドナルド・カーチスです。


 彼は主人公、ポルコ・ロッソの敵である空中海賊に雇われ用心棒として登場し、その空戦技術を持ってポルコと死闘を演じる、いわば正統派のライバルキャラであります。


 ですが作中での彼の扱いは実に「やられ役」然としたものでした。


 そもそも名前からして愛機と同じ「カーチス」って適当かよ! 性格も軽薄を名札にしているようなもので、登場時から「アメリカ野郎」などと陰口を叩かれ、ポルコとの最初の空中戦は機体トラブルで勝たせてもらった感アリアリの決着でした。


 深く濃い人生を送って来ていたポルコとは対照的に、彼はその後も何かと軽薄男として扱われます。アプローチしたジーナには「貴方の人生は軽い」的な事を言われてフられ、決闘の取り決めの際にあっさりフィオにターゲットを乗り換える尻軽さまで披露しています。

 ゆくゆくはハリウッドスター、そして大統領と大口を叩くなど、そのお調子者っぷりには枚挙に暇がありません。


 物語を視聴する側にとって、ポルコとカーチスを比べたら誰だってポルコを推すでしょう。つまり彼は最初からこの「紅の豚」の世界において、惨めに負けるだけの役どころを背負わされたキャラなのです。

 キャラの印象としては「ドラえもん」のスネ夫に近い感じでしょうか。



 しかし、カーチスの視点に立って物語を見てみると完全に認識が変わります。


 彼は遠くアメリカからイタリアンドリームを志して旅してきた冒険家であり、また凄腕の戦闘艇乗りでもあります。


 夢を大きく持ち、女性に対して積極的な行動力を示す。近頃の草食系男子に見習わせたいほどの図々しさを秘めた、野望と生命力に溢れた実にエネルギッシュな男である事が分かります。


 手ひどくフラれても引きずらず、すぐに次の恋を見つけてアタックする。その為にアドリア海一番のパイロットであるポルコに、大金と女と、そして命を懸けて挑むその姿に、勇敢と男気を感じすにはいられません。


 軽薄と思われた彼の行動の一つ一つが、実は彼の信念とポリシーに支えられた、実にイカした生き方をする男である事が理解できるでしょう。


 それは決闘開始からいよいよ浮かび上がってきます。


 優位に戦いを進めていたと思っていた矢先、ポルコの必殺技「ひねりこみ」によって一転窮地に追い込まれます。が、いつまでたっても射撃して来ない彼に対して「撃ってこい!」と怒声を浴びせ、決闘相手に舐められていることに憤慨します。


 そして彼はイチかバチかの賭けに出ます。 己の命を質草にして物見台に特攻し、見事ポルコを振り切って再び互角の空中戦に持ち込むことに成功しました。

 作中で空中戦の技術は明らかに劣っている事を示されながら、彼は腐らず諦めずに勝つための細い糸を全力で手繰っていくのです。


 そして両者の機銃が無力化し、決闘は生身の殴り合いへと移行します。そう、ここからがドナルド・カーチスという男の真骨頂です。


 殴り殴られながら彼はポルコに、女を次々とっかえひっかえする軽薄男とののしられます。それに応えて彼がここから語る台詞が、この物語の最大の山場といえるシーンになります。


「ジーナはなぁ、お前が来るのを、ズーッと庭で、待ってるんだッ!」


 ポルコ視点で見ていると、ようやくジーナの健気さをポルコが知るシーンになります。彼が幸せにするべき女性が誰なのか、物語の大きなテーマを決定づける場面なのです。


 しかし、これを言い放ったカーチスの心境に思いを馳せてみると、そこには彼の残酷なまでの「やられ役」としての美学があります。


 先述の通り、彼はジーナにえらくこっぴどくフラれています。

「ここでは貴方の国より人生が少しだけ複雑なの」

 つまりカーチス、そして母国のアメリカまでまとめて侮辱するその言葉は、ジーナへの想いをぶった切るどころか、彼女に対して強烈な怒りと軽蔑を引き起こしても不思議ではないほどの強烈な一言でした。


 普通にネガティブ思考な人ならこう思うでしょう

「ふん、来るはずのないブタをババアになるまで待ってやがれ」

「やっぱ若いフィオだよ、あんな腐れ女なんざ不幸になっちまえばいい」

 自分をフった女の不幸を望む、今でいう「ざまぁ」な態度を取りたいと思うのは当然でしょう。


 でも彼は、それを真っ向から否定しました。


「ジーナはなぁ、お前が来るのを、ズーッと庭で、待ってるんだッ!」


 彼はポルコにそれを殴りながら告げます。自分の決闘相手と、自分をふった女が結ばれて幸せになることを、彼も心のどこかで願っていたのです。


 もちろんポルコとジーナをくっつけて自分がフィオをかっさらうという下心は大いにあったでしょう。でも逆に言えば彼にとってはジーナを不幸にするより、フィオをゲットすることのほうが遥かに価値のある事だという意志の表れでもあるのでしょう。


 結局、彼はやられ役らしく決闘に負け、金もフィオも失います。


 でも彼はポルコと共にイタリア空軍を手玉に取り、見物に来ていた全員を逃がす事に成功します。自分だけなら楽勝で逃げられていたでしょうに。


 見せ物にされ、敗北の恥をかかされ、女にも逃げられた。そんな見物客一同を彼は見捨てずに、あえて危険を冒して救ったのです。


 これを男の美学と言わずして、何と言えばいいのでしょう!


 そして彼は有言を実行しハリウッドスターにまで登りつめました。軽口も実行を続ければ重みが増します。あの時点でのカーチスの人間の価値は決してポルコに劣る事など無いものと成ったのです。



 「紅の豚」の有名なキャッチフレーズ。私はカーチスにこそこの言葉を贈りたいと思います。


 ――カッコいいとは、こいういう事さ――

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