改変と収束


 若い軍人に呼ばれてやってきたあの上官と、勲章をたくさんつけた将軍のような軍人も、私の姿を見て驚いたようだった。


 私は簡単に事情を話し、本題へと移る。



「ここの人たちに、頼みたいことがあります」


「何だ」


「戦場の真ん中の、月の光がよく当たる場所に、大きな櫓を建ててください」



 いきなりのことに、皆驚きを隠せていない。


 勲章をつけた将軍は、私に訊ねる。



「櫓など建てて、何をするのだ? 余り目立つことをすると、敵襲の危険がある」


「祭壇として使うのです。月の光を集めて、強大な術を使います」


「そんな大掛かりな術とは、一体何をしようとしている?」


「この争いを終わらせるのです。――具体的には、"この争いが起こらなかった世界"へと移動することによって」


「それは――並行世界、と言われるものか?」


「はい。獅子たる金蘭姉様と狛犬たる私、二人分の力があれば、その術も使うことができます」



 将軍は、しばらく考え込む。


 それはそうだろう。

 いかに強くなって争うかしか選択肢のなかったところに、いきなり争い自体ない世界へと移動するなどという選択肢が現れたのだから。


 だが、私には、将軍が私の提案した選択肢を選ぶという確信があった。

 根拠はないのだが、確信だけがあるのだ。

 これが、金蘭姉様がよく言っていた「この後どんな術を使うことになるのか、なんとなくわかる」というものなのだろうか。


 そして数分の後、将軍は私の予想通り、"争いが起こらなかった世界"へと移動するという選択をした。


 いくらこちらの軍が優勢になろうとも、争い続ける限り犠牲が出てしまうから、という理由らしかった。




   -◆◇-




 夜も更けて、月はいよいよ一番高い場所まで昇ろうとしていた。


 人気のない荒涼とした大地に、一日で作ったとは思えないような巨大な櫓が聳えている。


 その中で、私は鏡で集められた月光に照らされながら、術を使うための最後の準備に入っていた。



 今回は、金蘭姉様と自分の力を合わせてひとつの術にするため、獅子狛犬の条件が揃って、代償は必要ない。


 そのかわり、"争いが起こらなかった世界"へと繋がる道がしっかり繋がっているかにだけ気をつけていればよかった。


 月の光で作られた、鏡の向こうへと繋がる道。


 鏡の奥には、既に"争いが起こらなかった世界"が少しづつ見え始めていた。



 目を閉じて、再び、この世の向こう側にある存在に集中する。


 今度は、より深く、より強大な存在を求めて、向こうの世界に集中する。


 私たちが必要としているのは、世界を変えてしまうほどの、普段は触れることも恐ろしくて出来ないような"なにか"だ。



 どれくらいの時が経っただろう。


 櫓の外から、月が高く昇ったことを知らせる鐘の音が聞こえてきた。


 その音は、櫓の中に留まらず、戦場中に響き渡っていく。



 同時に、私が探していた"なにか"も動き始めた。


 決して逃さぬように、その存在をしっかりと掴む。



 まるで暴れる波を捕まえようとしているようだった。


 振り落とされないように必死に掴んでも、それはさらに激しく私を振り落とそうとしてくる。


 術が失敗するのは、時間の問題だった。



 突如、暴れていた"なにか"の動きが止まる。


 それは、私を連れたまま、真っ白い光の海へと飛び込んでいった。



 そして、反転。

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