片われの獅子
二人の軍人に連れられ、建物の中を進む。
機能性を追求したような飾り気のない屋内は、外から見る以上に広く感じられた。
真っ直ぐな長い廊下の突き当りで、彼らは足を止める。
「……ここが、お前の部屋だ」
壁に手を当てると、何もなかったはずの壁面に、頑丈そうな扉が現れた。
隠蔽の結界が張られていたのだ。
結界を解く条件は、特定の一箇所に指定された"解術装置"に触れることだろう。
私は、この術の掛け方をする人を知っている。
――金蘭姉様が、この中に……?
上官を見ると、彼は「入って良い」という風に頷く。
扉を押すと、見た目では重そうに感じたが、意外にも軽い力をかけるだけで簡単に開いた。
隠蔽の結界があるからなのか、鍵はかけられていなかったようだ。
部屋の中は暗くてよく見えない。
隠されている部屋だから、窓がないのだろう。
一歩足を踏み入れると、空中にぽっと明かりが浮き出た。
これも、いつも明かりを点けるために動くのを面倒くさがっていた金蘭姉様が、得意としていた術だ。
しかし。
術の明かりを頼りに部屋を見回すも、そこに金蘭姉様の姿は見当たらない。
部屋の中にあるのは、綺麗に整頓された、生活に必要な最低限の家具。
そして、強い術を使うのに必要な、祭壇だけ。
「……金蘭、姉様?」
嫌な汗が吹き出てくる。
まさか、この人たちは――。
-◆◇-
獅子と狛犬は、その術を組み合わせることによって、本来の力を発揮する。
それは、何かを代償に捧げることなく強大な術を使うことができる、いわば無限機関のような力。
だからこそ、獅子狛犬は常に、術師たちの中でも最高と言われるほどの強さを持っていたのだ。
だが。
「あなたたちは、金蘭姉様と一緒に働かせるために、私を連れてきたのではないのですか⁉」
「いや、獅子が使えなくなったから、狛犬を探していたのだ」
「なぜ――それでは、私たちが獅子狛犬である意味がありません!」
「お前は、何を言っているのだ? 獅子がいなくなれば、同じ力を持つ狛犬を使う――それが、当たり前だろう」
彼らは、獅子と狛犬が存在する、本来の意味を知らなかった。
だから、最強の狛犬であったはずの母様は――。
そして、金蘭姉様も。
本来なら有り得ないはずの"術の代償"を受けながら、術を使わされ続けていたのだ。
「……金蘭姉様は優しいから、どんな無理を言っても叶えてくれる。そして、あなたたちは、その優しさに漬け込んで、金蘭姉様に無理をさせていたのです」
私が獅子狛犬の本来の力のことを語れば、軍人たちの顔からはたちまち血の気が消えていった。
でも、それは金蘭姉様に無理をさせていたことに対するものではないということはわかっている。
彼らが求めるのは常に自分たちの軍を強力に、戦いを有利にするための戦力だけだ。
そのためには、たとえ身内が犠牲になったとしても、悲しみさえ持たないだろう。
――私は絶対に認められないけれど、そういう意味では、金蘭姉様がいなくなってしまったことはよかったのかもしれない。彼らが無限の戦力を得れば、きっと世界さえ滅ぼしてしまうから。
私は胸の内で呟く。
そして、決意を胸に口を開いた。
「明日、満月が一番高く昇るとき、この戦いを終わらせて見せましょう。ただし、私は絶対に、あなたたちのためには術を使いません。私が術を使うのは、唯一金蘭姉様のためだけです」
-◆◇-
祭壇に、ばっさりと切った私の髪の毛を置く。
自分に術の才能があるとわかったその日から今まで、ずっと伸ばし続けてきた髪の毛だ。
これほどの長さがあれば、体の一部を捧げるくらいの代償にはなるだろう。
ただ、これで本当に、私がこれから使おうとしている術に耐えるのかはわからない。
でも、私の体は、今から使う術が成功したときに必要になる。
他に思いつく方法はなかった。
金蘭姉様の趣味やこだわりが感じられる、綺麗な彫刻が施された祭壇。
今は、先代の狛犬である母様から受け継ぎ私が使っていた祭壇を再現するように、白や黄色の花に覆われている。
その中央に並べられた、私の長い髪の毛と、金蘭姉様が家を出るときにくれた、形見の髪飾り。
あとは、私が術を発動するだけだ。
心を研ぎ澄ませて、この世の向こう側にある存在に集中する。
今、私の念を受けとる"なにか"を掴むことが出来れば、術を制作させられる。
一瞬の機会を逃さぬように、自分の集中力の限界に挑戦するように。
突然その瞬間は訪れ、体ごと巻き上げられるような風を感じた。
視界が金色の輝きで満たされ安堵とともに新たな緊張感が生まれてくる。
私が使った術は、どんなに強い術師をもってしても、決して解けないものなのだ。
だから、何が何でも、私は"最後の術"を成功させなければいけない。
-◆◇-
部屋の扉にかけてある結界の術を解き、勢いよく扉を開ける。
部屋を見張っていたのだろうか、すぐそこに立っていたあの若い軍人が、驚いたようにこちらを振り向いた。
そして、私の姿を見て、再び驚く。
彼が驚いたのは、私が髪を切ったというだけの理由ではなかっただろう。
なぜなら、私の容貌は、術によって以前とは全く変わっているからだ。
私が使ったのは、金蘭姉様の力を取り込む術だった。
私は、"最後の術"に必要な強さを手に入れるため、金蘭姉様の魂と力を呼び出して、私の体に宿したのだ。
その影響で、今の容貌はおそらく、金蘭姉様と私の特徴が混ざりあったようなものになっているはずだ。
私は、呆気にとられている軍人に声をかける。
これから、私は"最後の術"の準備を始めるつもりだった。
「さっきの上官か、それよりもっと偉い人に会わせてください。頼みたいことがあります」
若い軍人は、まだぽかんとした表情を浮かべながらも、こくこくと頷いて、廊下を歩いていく。
彼がどの程度偉い人を連れてこられる地位の人なのかはわからないけれど、上官に会えれば、もう少し偉い人くらいは連れてきてもらえるだろう。
そうしたら、私の計画を告げ、話を通してもらおう。
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