第9話

「さぁ、雰囲気が壊れてしまいましたわね。わたくしのことは気にせず、みなさま夜会をお楽しみくださいませ」

「………———か、」

「?」

「楽しめるかって言ってるんだよ!レットちゃん!!」


 幼い日の呼び名で呼び掛けられたヴァイオレットは、きょとんとした顔で首を傾げた。薔薇色の頬に、ふわりふわりと揺れる藤の髪に、冷ややかな色彩のはずなのに温かみを感じるアクアマリンの瞳に、ディートリヒはボフっと頬を、耳を、赤く染め上げた。ビシッと指を指したディートリヒに注意をしようと口を開いた瞬間、ヴァイオレットの声はディートリヒの叫びによってかき消された。


「僕はずっとずっと君のことが好きだったのに!何で僕のことを『可愛い可愛い弟分』としか呼んでくれないの!?僕、もう16歳なんだよ?立派なお兄さんなんだよ?僕は君の婚約者なんだよ!?なのに、何でっ、何でボクのこと、婚約ちゃって、いっちぇくりぇにゃいの………!!びゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「えっと………、」


 淡くないて目が赤くなっていたところでギャン泣きをし始めたディートリヒに、ヴァイオレットは固まった。というか、今彼が言ったことがいまだに消費できない。


(好き?わたくしのことが?婚約者って言ってくれないってどういうこと?そもそも、わたくしと彼は婚約者である前に姉弟みたいに育てられた親友で、うん?よく分からなくなってきてしまったわ)


 あまりにも幼い子供みたいに泣きじゃくる姿に、あわあわと慌てるヴァイオレットとは違い、彼の腕に抱きついていたボブの栗毛にピンクダイヤモンドの瞳が可愛らしいマリーナはしゃきっとしていた。


 ———バシっ!!


「ぎゃっん!」


 マリーナの平手打ちがディートリヒの背中に炸裂し、良い音と情けない悲鳴が響いた。

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