先輩大好きっす!

遊星ドナドナ

「大好き」上

「先輩!付き合ってください!」


「断る」


 只今鼓動のテスト中、本日は晴天なり晴天なり。晴天な日は浮かれポンチが多く這い出るとは言ったもので。

 後輩コイツもその一人。俺の返しに、ぴょんぴょこと跳ねながら怒りの意を表明する女子は、安登 就瑠あとお つける。ちょっと優しくしただけで俺に懐いている、あまりにもチョロすぎる、馬鹿を越えた馬鹿だ。


「先輩っていっつもそうですよね! 何を言っても『嫌』とか『ダルい』って!四文字以上喋れないんですか!?」


「うん」


 当たり前である。陸上部のアイドルであるお前のせいで、俺は命を狙われているのだ。

 身長なんと190cmに少年的な可愛さの顔を持つコイツには、男女関係なしに狂気的なファンがいる。

 もしこいつとベタベタしていたら、俺は泣く暇もなく喉笛を引き裂かれ、を引きずり出されて細切れにされるだろう。


「悪いか」


「悪いっスよ! そのせいで昨日一緒に帰りそびれちゃったじゃないっスか!」


「部が違う」


「~~っ! それはそうですけど、そうじゃなくて!」


「もういいか?」


 俺は帰らねばならんのだ。


「……私より大切なんスか?」


「当然」


 不機嫌そうな顔をしているが、知ったことか。おれに絡んだのが、そもそも間違いなのだ。

 早く帰ってM……

「そんなにMMO?ってのが大切なんスか」


 MMOがしたい……


「えっ」


 なんで分かったのだ?


「おっ 反応があったっス。やっぱり図星なんスね」


 ニヤニヤと笑いながら、安登は俺の顔をのぞき込んでくる。嫌味なやつだ。


「……どうして私じゃなくてゲームに夢中なんスか」


「……愚問」


 そりゃ、明らかに地雷と分かっている女と付き合う馬鹿はいない。教えてくれ、安登。お前は、かのウサイン・ボルトと勝負をしたいと思うか?

 いいや、例えが悪いな。2021五輪のエレイン・トンプソン=ヘラ選手が、この際正しい例か。

 まあ、どうでもよい話か。大事なのは。


「知ってたのか?どこで聞いた?」


 なんで俺がプレイしてたのを知っているんだ? 趣味はまず話さないが。マネをされて困るからだ。

 ならば友人か? いいやアイツは違う。アイツはソシャゲ狂いの異常MMO嫌悪者だからだ。

 一体どうやって知ったんだ。


「私見ちゃったんスよ♡ 先輩のス・マ・ホ」


「何を言っているんだ……」


 ああ。つまりそうか。俺が悪いのか。コイツがいるのに、ウッカリTwitterを開いてしまった俺が。

 そして安登は、俺のMMOのスクショを見てしまったんだろうな。


「ね♡ 先輩油断しすぎっスよ~♡ それともぉ……私に見てもらいたかったんスかぁ♡」


「ふざけんなよボケが」


 声が荒くなる。弱みを握られたくないやつに握られてしまった。


「最悪」


「そんなに怖い顔しないでくださいよ~♡ むふふ、”オカズ”にしちゃうっスよ♡」


「最悪だ」


「私は最高っス♡ まさか先輩と同じゲームをやってたなんて……♡ やっぱり先輩は運命の人っス……♡」

 

 待てよ、それはどういうことだ。


「ふふふっ、ネット越しにまたお会いしましょうね♡」


「教えろ、逃げるな」


 ……行ってしまった。……そろそろ引退するか迷っていたが。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「先輩……驚いてたなぁ……」


 私は布団にくるまって、恋人の顔を思い出す。あの冷たくて他人を見下すような、卑屈な瞳。私を無視することもできない善良さ。ちょっとブラフを掛けるだけで動揺する臆病さ。


 そんな彼のことを、皆笑いの種にする。私も初めはそうだった。……ずっとそうやって、テレビの中のリアクション芸人みたいな存在だった。

 でも、私がケガしたときにと焦りながらも、励まして保健室まで連れてってくれたのは、彼。

 足が痛いのに、部活の先輩たちは、あんまり関心が無いようだった。いつもみたいに笑って、流そうとしていた。自分たちの居場所を守るように。だから、私も笑って、冷や汗を誤魔化してた。

 それなのに。……それなのに、”先輩”は、私の具合を見てくれた。私の「顔」を見てくれた。


 その時、思った。


「ああ、こんな人と、私は一緒にいたかったんだな」


 それに気づいてから、私は先輩を振り向かせるために、彼の中に潜む善良さを独占したいがために、ありとあらゆることをしてきた。

 先輩の友達から先輩の好みを聞いたり、遠巻きに観察したり。彼の下駄箱に噂を聞いて、自分の髪の毛を入れたラブレターを置いてみたり。


 でも、ダメだった。彼の優しさはとても気まぐれで、それを集めてたら、キリはない。それに、さらに邪険に扱われるようにもなっちゃった。

 それでも、幸せ。彼を思うだけで、胸がいっぱいになる。あの日の腕の感触を思い出しながら、自慰行為をするだけで、彼との夫婦生活が脳裏に浮かぶ。

 少し重い、かもしれない。実際友達に


『さすがにアイツ可哀そうだからやめな。最悪、警察沙汰になるよ?』


 なんて、真面目な顔で叱られたこともある。でもゴメンね。無理なの。我慢できない、私は悪い子だね。でもね、本当に悪いのは先輩、あなた。

 ここまで狂わせておいて、誑かして。知らんぷりなんて筋が通らないですよね♡

 あなたが私を抱きしめて、私を独り占めしてくれない限り、この「アタック」は止まらない。止められない。

 早く私をあなたのモノにしてほしい。その細っこい、カマキリみたいな腕でギュッてして欲しい。好きを何乗しても足りないぐらいに、あなたを愛しています。


 そんなことを考えながら、液晶越しに先輩とにらめっこ。笑ったら負けよ、あっぷっぷ。

 先輩は大口を開けて笑い出す。先輩の負け。私の言う事何でも聞いてくださいね。まずは私を抱きしめて良い子良い子してください、拒否権はありません。

 勿論、そんなことは全然彼氏センパイも言ってない。にらめっこも。先輩のパソコンのカメラをハッキングしてるだけ。

 先輩はオモコロの動画を見てるだけ。私は永〇さんよりは面白いとは思ってるけども、先輩曰く『思い上がるな』らしい。


「先輩、永〇さんは既婚者ですよ。その人とは結婚できませんよ。貴方の隣を歩くのは私なんですよ~」


 先輩は聞いていない。

 私の愛の囁きは、ダ・ヴィンチ・恐〇の声にかき消されて消えた。


 



 



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