第2話
それから数日の間。
その百合たちは、昼はリビングでスイッチやユーチューブを見て過ごし、夜になると部屋にこもって床をギシギシ言わせていました。
ただでさえ、家事を手伝ってくれるわけでもないくせに、その割にはいっちょまえに食事だけは要求してくるし。女の子が食事を用意していないときは、女の子のスマホで勝手に出前館したりもしていました。
いい加減にうんざりした女の子は、そこで、その百合の一人が初日に言っていた「部屋を覗いたら、出ていかなくてはいけない」という言葉を思い出します。そして、その百合たちを追い出すために、彼女たちが部屋にこもったあとに、わざと部屋の扉を開けてしまいました。
すると、実はそこには人間に化けた二羽の鶴がいた……なんてことはなく。
普通に、裸で抱き合っている二人の百合がいました。
「ちっ……何見てんだよ。空気読めよなー」
舌打ちとともに、百合は不機嫌そうに言いました。
「あぁんっ⁉」
「ああ……。あれほど、覗かないでと言っておいたのに……。とうとう扉を開けてしまいましたね、お婆さん?」
「誰がお婆さんじゃい⁉ ピチピチの女子だわっ!」
「残念ですが……正体が知られてしまったからには、私たちは出ていかなくてはいけません」
「全然残念じゃないからっ! っていうか、正体も何も、普通に人間じゃねーかよっ⁉」
「はいはい。バレちゃったなら、もうここにはいられませーん。私たち、とっとと月に帰りまーす」
「なんか別の話が混ざってるからっ! せめてそのへんの設定はちゃんとしとけやーっ!」
それから、服を着た百合は荷物をまとめると、女の子の家を出ていってしまいました。
出ていく途中で、しれっとスイッチや金目の物を持ち逃げしようとしていましたが、それは、普通にぶん殴ってやめさせました。
そして、数日後。
いまだに、あの百合の二人のことが忘れられない――思い返しただけで腹がたってイライラが止まらない――女の子でしたが、それでも普段の生活の忙しさで少しずつ落ち着きを取り戻してきました。
そんなある夜。その女の子は、バイト帰りにこの前の公園にあの百合たちがいるのを見つけました。
女の子に気づいていないらしかった百合たちは、その公園で仲良さそうにイチャついていました。でも、その女の子の少し後ろを歩いていた、会社員っぽい別の女性がその公園の前を通ると、急に、わざとらしく口論を始めました。
その口論の内容は、この前女の子が聞いたものと全く同じです。
そして、その「人が良さそうな会社員」が口論の仲裁に入ると、やっぱりわざとらしくすぐにナカヨシになって……。気まずくなった彼女が立ち去ると、今度はその後を尾行して、自宅を突き止めていました。
ああ……ああやって新しいカモを見つけているんだな……。
あの百合たちの「タチの悪さ」を知っていた女の子は、もう関わりたくなかったので、そのままその場を立ち去りました。
その次の日からは帰宅ルートも変えてしまったので、女の子はそれ以来百合たちの姿を見ることはありませんでした。
そして。
そのマジメな女の子は、それからもバイトを一生懸命頑張ったので沢山のお給料をもらうことができ、その働きを認められて社員として雇ってもらうこともできて、苦労もなく、幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
「いやいやいや……『恩返し』はっ⁉ これ、『百合の恩返し』っていう話じゃないのっ⁉ バイト頑張ったのも、社員になったのも、あいつら一切関係ないからねっ⁉ 完全に、私個人の努力だからね⁉ っていうか、最初から最後まで、タチの悪い奴らにカモられただけなんだけどっ⁉」
……そう。
今回のことで女の子は、あの百合たちを助けたお返しとして、教えてもらったのです。
世の中にはタチの悪い人たちが沢山いるので、自分の身は自分で守らなくてはいけない。ケンカの仲裁はまだいいとしても、知らない人を簡単に家にあげたりしてはいけないのだということを……。
「うぉーいっ⁉ ムリクリきれいにまとめようとしてんじゃねーよっ! 何でこのクソみたいな話から、教訓学ばないといけねーんだよっ! どう考えたって、人んちに寄生して食事とか金品タカってる、あいつらが悪いだけだろうがっ!」
そうですね。
つまり……この物語に出てきたのは鶴ではなく、タカられたカモだった、ということで……。
「じゃかぁしいわーっ!」
おしまい。
百合の恩返し 紙月三角 @kamitsuki_san
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