百合の恩返し

紙月三角

第1話

 昔々、あるところに、一人の女の子がいました。


 その女の子には親も保護者もなく、ド田舎の一軒家に一人暮らしです。もちろん、お金にも余裕はなく、生活はギリギリでしたが……とても前向きな性格だったその女の子は不平不満を言ったりすることもなく、その日その日を楽しく暮らしていました。


 それは、ある冬の夜のことでした。


 朝から続いてたバイトをようやく終えたその女の子が、心地のいい疲労感とともにいつもの家路を急いでいたときです。

 人通りの少ない路地の小さな公園に、二人の女の人がいるのに気づきました。



「あの女、誰よっ⁉」

「だからぁ、さっきから何度も言ってるでしょ? あれは、妹だって……」

「そんなのウソよっ! だって、あなた前に一人っ子って言ってたじゃない!」

「あぁ……だぁからぁ……。親が再婚して、相手に連れ子がいたから、いきなり妹が出来たんだよぉー……」

「な、なにそれ……! あ、あなた……まさか義妹に手を出して……!」

「あぁぁもおうっ! どうして、そういう発想になるのかなぁーっ⁉」


 それは、百合でした。


 女の子は、百合を見るのは初めてでしたが、本で見たり、ウワサで聞いたことは有ったので、知っていました。

 でも、その百合の二人は口論しているようでした。夜の公園で、近所迷惑もかえりみずに叫んでいる……つまり、修羅場シュラバという状況のようです。


 女性同士の親密な関係、恋人。

 それが、女の子が知っていた百合の定義です。

 でも、今のまま口論を続けていると、そのうちその百合の二人はお互いがお互いのことを嫌いになって絶縁……恋人関係を解消してしまいそうです。

 つまり、百合が百合ではなくなって……百合が死んでしまいそうです。


 かわいそうに思った女の子は、その百合を助けることにしました。

「あ、あのー……大丈夫ですか? というか、そんなに興奮していたらお互いの言い分もちゃんとわかりませんし……もう少し、落ち着いて話し合ってみませんか?」

 女の子は口論をする二人の間に割って入り、その仲裁をしたのです。


 女の子のそんな優しさのおかげか、その百合の二人はすぐに口論を止めて、ナカヨシに戻ることができました。

 ……はい。

 もちろん「そういう意味」の、ナカヨシです。


「ちょ、ちょっと⁉ こんな夜の公園で、いきなりおっぱじめるとか……マ、マジかよ、こいつら⁉」

 自分の仲裁のおかげとはいえ、さすがにそんな「破廉恥はれんちな状態」に気まずくなった女の子は、すぐにその場を立ち去りました。



 

 そのあとは、バイトで疲れていたこともあって、女の子は家に帰っていつものようにお風呂に入ってぐっすり眠ってしまうと、もう、そのときのことは忘れてしまいました。



 そして、次の日の夜です。


 ピンポーン。


 その日はバイトがなかったので、その女の子は夕食を終えたあとにスマホをいじりながら、一人でダラダラしていました。すると、その家のチャイムが鳴りました。

 こんな時間に誰だろう?

 少し不審に思った女の子でしたが、「そういえば、最近バイト頑張ってた自分へのご褒美で、お取り寄せスイーツ頼んでなかったっけ?」と思い直して、玄関を開けました。

 でも、そこにいたのはヤマトや佐川の配達員ではありませんでした。



「こんばんわ、昨日助けてもらった百合です」

「どうぞ、恩返しをさせて下さーい」

 そこには、昨日の公園で会った二人がいたのでした。


「いやいやいや……普通、自分で自分たちのこと『百合です』って言う……?」

 どちらかと言うとツッコミ体質だったその女の子が、そんな当然のことを口にして、立ち尽くしていると。

「おもてなしは必要ありませんので、どうぞご遠慮なく。ただ、私たち専用の寝室だけ用意してくだされば、結構です」

「おじゃましまーす」

 その二人の百合は、ズカズカと彼女の家の中に入ってきてしまいました。

「え? え? え?」


 その時点で住居侵入罪が適用できますので、警察に連絡することもできたはずです。ただ、その女の子はあまり刑法に詳しくなかったので、そういう発想を持つことができませんでした。


「こちらが、私たちの寝室ですね?」

 一人暮らしの女の子の家にはいくつか使っていない部屋がありました。その百合の二人は、その部屋の一つを使うことに決めたようです。

「冷蔵庫にあったジュースとプリン、もらっちゃうねー?」

「え、あ、あの……」

 女の子の許可も待たずに、勝手に台所から持ってきた食料と一緒に、百合たちはその部屋の中に入っていきます。


 ただ、その扉を締める直前、

「では……私たちはこれから、この部屋で『作業』をさせていただきますが……。一つだけ、お願いがあります。どうか……私たちがこの部屋にいる間、絶対に中を見ようとしないで下さい」

 と言いました。


「え……?」

「お願いです。どうか、どうか絶対に……中を覗かないで下さい」

「い、いや、まあ……それは……。お客さんの部屋を、勝手に覗くなんてしないけど……」

「もしもそのお願いを破ってしまうと……私たちは、この家にいられなくなってしまいます。ですから、どうぞそれだけは、よろしくおねがいします」

「は、はあ……」

「のぞきはダメだぞー?」

 バタン。

 そうして、百合たちはその部屋の扉を閉じて、中にこもってしまいました。


 百合の片方にほんのりナメられてるっぽかったのが、少し気がかりでしたが……。

 最低限の常識は持ち合わせていたその女の子は、言われた通りに、その部屋の中で何が行われるのかを覗こうとはしませんでした。


 すると……。

 やがて、百合が入ってからそれほど時間が経たないうちに。その部屋の中から、こんな音が聞こえてくるのです。



 ギシ……ギシ……。

「あ、あん……あん……」

 ギシ……ギシ……。

「あ、うん……そ、そこ……そこ……いい……き、気持ちいいっ! だ、だいしゅきぃーっ!」



 それを聞いた女の子は……。


「いや……絶対こうなると思ってたよっ! つーか、人んち来てまで何してくれてんだよ⁉ マジであいつら、どうかしてんなっ⁉」

 と絶叫し、怒りに任せて部屋の隣の壁をぶん殴るのでした。

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