#25 どうすれば
『あの、この部活ってなんで女ばっかりなんすか…』
部活発足会の後、体験に一度も行っていない響介は個別に楽器庫に呼び出された。その場で速攻、吹雪にこの質問を投げかけた。
体験も行かずに吹奏楽部に入部した響介は、音楽室に入った瞬間「しまった」と大きな絶望を感じた。
なぜならここには女子しか居ないから。前見ても女子、右見ても女子、左見ても女子、後ろ見ても女子。こんなに女子だらけなんて聞いていない。
『吹奏楽部ってね、そんなもんよ。』
仕方ないのよ。と言わんばかりに、顧問の吹雪は響介の肩を叩く。
響介は女子が苦手だった。女子との間でこれといって嫌な思い出がある訳ではないが、何を考えているのか分からないのだ。
常に甲高い声で笑い、何が嬉しいことがあれば「きゃー!」と大げさに騒ぐ。響介からすればまるで未知の生物だった。
『君にやって貰う楽器はね、これよ』
響介はつい目を見張る。目の前には、とんでもないくらい大きな楽器があった。まるでラッパを拡大したような…
『え、なんすかこれ』
『これはね、「チューバ」っていう低音楽器よ。君には今日からこれを吹いてもらうから』
は?と、響介はつい首を傾げた。吹雪はなぜか響介にだけ、他の生徒のように希望楽器を聞かなかったのだ。
『え、なんで俺はこれで決まりなんすか?』
『だって君、男の子だし。こんな大きな楽器、女の子に吹かせるわけにはいかないでしょ?もちろん女の子のチュービストもいるけど…』
『え、男子なら他にも居るじゃないすか、ほら…』
と、救いを求めるように響介は音楽室を指差した。そこには背の高い男子がボーっと突っ立っていた。
『いや、あの子は手が長いからトロンボーンをやってもらうの。それに、あなたは体力もありそうだし』
『まぁ…』
確かに、体力には自身があった。あのバスケの練習で、人並み外れた体力は身についていたから。
何で俺だけ、と少し不満に思ったが、特にこれと言ってやりたい楽器も他になかったから、「分かりました」とすぐに返事をした。
【♪♪♪】
『はーい、じゃあロングトーンするので、チューバから順に入ってきて下さい〜』
メトロノームがカチ、カチと鳴る。響介は一番に息を吸い、楽器を吹いた。
響介は個人練習より、パート練習の方が好きだった。
チューバは音も低いし伴奏中心なので、楽譜はどうしても単調なリズムばかり。
チューバだけで吹いていても、これには意味があるのかとつまらなく感じてしまう。
でも、パート練習では違う。なぜならチューバがみんなを支えているから。
トランペットのメロディーにも、ホルンやトロンボーンの対旋律にも全部、一番下のチューバの低音の上に成り立っている。
ずっしりとした低い音を鳴らし、他のパートを支える。響介は、この感覚を割と気に入っている。
バスケでは、いつも響介はサポートされる側だった。
いつでも一番前に居て、みんなからボールを貰って、シュートを決める役割だった。
それはとても楽しかったけど、チューバのように目立つ者を陰で支える側に回るのも、悪くはないと感じた。
翔太の言う通り、部活に入って放課後の予定が入ると、響介はあまり非行をしなくなった。
ガラの悪い友達との付き合いも減ってきて、学校の方も部活に行くために、自然と登校するようになった。
行き場のなかった気持ちを、苛立ちを、吹奏楽に、チューバにぶつけることができているのかもしれない。
そう思うと、響介は少しばかり気持ちが軽くなった気がしていた。
【♪♪♪】
『あれっ、響介じゃん!』
ある日の部活帰りだった。響介の目の前を歩いていた集団のひとりが、後ろに居る響介の存在に気が付き、声を掛けられた。
響介は顔を見合わせると、驚きのあまり目を見開いた。
前を歩いていたのは、バスケ部一年生の集団だった。声を掛けてきた男子は、かつて響介と同じミニバスに居た元メンバーだった。
『え、マジ?響介だ!』
『久々だな!』
見ると、元ミニバスのメンバーは他にも何人か居る。
みんな、背は高くなりガタイも良くなっていたが、雰囲気はあの頃と何も変わっていなかった。
元メンバーは嬉しそうな、安心したような表情で、響介に駆け寄った。
『俺ら、ずっと心配してたんだぞ!お前、ミニバス辞めてから学校で見かけなくなったし、問題行動起こしているとか噂になってたし』
元メンバーのひとりが、響介の肩を抱きながらそう言った。その声に、悪気や嫌味など一つも入っていなかった。
しかし、響介はずっと下を向き、黙り込んでいた。
『そうだよ、でもなんか元気そうだな!今は部活してんの?』
『…吹部だけど』
響介がそう答えると、「吹部?!」と周りで驚きの声が上がる。
『お前が吹部?!なんか想像つかねぇな。』
『でも頑張れよ!応援してるから。』
それだけ言うと、元メンバーは笑顔で響介に手を降り、その場を去った。
響介は元仲間達の楽しそうな後ろ姿を、ずっと眺めていた。
元仲間達は、響介を一度も責めたことがなかった。怪我をしたときも、クラブを辞めたときも、今も。
あいつらは、きっと六年生の最後の大会に出て、いままでの努力全てを出し切ったのだろう。
そのまま中学に上がった今も、きっと新たな大会に向けて切磋琢磨しているのだろう。
もし、俺が怪我をしなかったら、今頃あの集団の中に居たかもしれない。
あんなふうに、仲間達と一緒に笑い合っていたのかもしれない。
響介は拳を固く握りしめた。この気持ちが悔しさなのか、後悔なのか、分からなかった。
眩しかった。元仲間達が、目を背けたいほど輝いて見える。
今更あいつらに手を伸ばしたって、もう遅い。もう、届かない。追いつけない。
心の底から湧き上がってくる無力感と劣等感で、響介は思ってしまった。
……やっぱり、俺が努力したって無駄なんじゃないのか。
今、チューバに向けている熱意も、努力も、いつか全部無駄になるんじゃないのか。全部、無かったことになるんじゃないのか。
またバスケと同じように、捨てることになるんじゃないのか。楽器も。
その考えが脳裏によぎった途端、響介はとてつもない不安を感じた。
試合に出れないと知ったときのあの絶望感、バスケを辞めたときのあの喪失感が蘇ってきて、恐怖すら感じた。
あの出来事は響介にとって、思い出すだけで震え上がってしまうくらいの大きなトラウマになっていた。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
そんなことになるなら、いっそのこと最初から期待しないほうが、諦めたほうがいいんじゃないだろうか。
(でも、俺は…)
だけど、そんな気持ちとは裏腹に、チューバを吹きたいという思いもあって。
バスケの代わり、までとはいかなくても響介はチューバが好きだ。低音を響かせて、他の楽器を支えるのが楽しかった。
よくやく見つけた、自分の生きがいに近いもの。それを、実際にまだ起きてもない不安に負けて諦めるのは、勿体無いとも思った。
無駄なことをしているのではないかと、不安と戦いながら練習する毎日。
だからなのか、他の部員たちと関わりを持つ余裕も響介には無かった。
どうしようもなく怖くて不安で、それでも、楽器が吹きたくて。
迫りくる別々の感情、どっちも嘘じゃない。だからこそ、どうすればいいか分からなかった。
ーーーーーー俺はどうしたらいいんだ。一体。
どうするのが正解なんだ。
誰か、誰かに、教えてほしい。
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