第5話

「で、松坂と一色さんって付き合ってんの?」

「は?」


 ずるずると味噌ラーメンにどっさりチャーシューをトッピングしたものをすすりながら、昼休みに数Ⅱの教科書を借りに来た大男は、そんなことを言ってのけた。

 薫は不快そうに眉をひそめて首を振る。


「そんなわけないでしょ。ただの友達」

「男女の友情なんて成立するわけねぇだろ」

「するだろ。覗き見しては勝手に一目惚れして和歌贈る平安貴族じゃねぇんだからさあ」

「そう考えると平安貴族って全員ストーカーだよな」

「キッショ」

「俺ジャパニーズで恥ずかしいわ」


 フードコートで「ジャパニーズ」とげらげら笑ってラーメンを鵜のように飲み込んでいく男らは、五人全員薫の友達だ。クラスがいっしょだったり、友達の友達として紹介されて仲良くなったりした奴らである。

 こうしてみると、薫はなんだかふしぎな感じがする。誕生日プレゼントは良ければ購買のお菓子で、ゴミを渡されることもあるし、みんなで遊ぶときも大抵ダラッと楽しんで、女のように過剰にはしゃぐことはない。結束力はなく、仲間意識は強いものの、体育祭のドッチボールではまっさきにお互いを狙い合う。

 そんな奴らばかりなので、黒い〈祝福〉を向けられていないどころか、あの荘厳な〈祝福〉たちを向けられているかもしれないとなると、むず痒いような、照れくさいような気持ちになって、ゆっくりねぎラーメンを食べる。冷房が寒いくらいに効いたフードコートで、辛いラーメンはすごくおいしかった。


「じゃあなんでおまえ、一色さんと最近仲良さそうなんだよ。授業中もチラチラ見てるだろ。好きなんじゃねぇのかよ」

「は!? チラチラ見てるは確定だろ」

「まだ諦めてなかったの……。違うよ。家が近いだけ」

「や、これは本人が恋心に気づいてねぇだけだわ」


 バスケ部のくせにカリカリに痩せている、ギョロッとした目の男が低く笑い声を立てた。


「でも、いいんじゃね? 一色さんって可愛いひとでしょ」

「俺カノジョからふしぎちゃんって噂聞いたんだけどマジ?」


 ふしぎちゃん、と聞いて、薫はハッとした。

 窓辺でいつも微睡んでいるか、ノートに絵を描いている夕里を思い出す。もしかしたら、夕里はクラスメイトに話したことがあるのかもしれない。〈祝福〉のこと、特別な目のこと……。それで、気味悪がられたのかもしれない。

 それがさみしくて、思わず、たまたまコンビニで二回あっただけの薫に、能力を明かしたのかもしれない。

 薫がさっと目を伏せると、大男がナルトを口に放り込みつつ言った。


「知らん。けど松坂なら大丈夫だろ」


 薫は瞬きをして、ばっと大男を向いた。視界の端に、〈祝福〉がちらついた。浮世で生まれたような美しいものたち。ジジッと蝋燭が燃える。

 大男はさして何も気にしていないかのように、ナルトを飲み込み箸で大量の麺を取ると、大きくかぶりついた。


「松坂って、なんか騙されて壺買わされてそうなくらい優しいし。すげーイタイふしぎちゃんで、道外されそうになっても軌道修正できそうだし」

「わかる!」

「松坂地味にいい男だからな。クソイケメンだし」

「一色さんも美人だし」

「……なんかムカついてきたな。松坂の下駄箱にカラスの羽詰め込もうぜ」

「椅子に両面テープくっつけるわ俺」

「ガハハ」

「世界史の教科書にマッキーで落書きしよ」

「やばおまえ」

「マッキーはやばい」


 やばいやばいと騒ぎながら濃いスープを盃を傾けるように飲んだり、肉ラーメンの肉を噛みちぎったりしている。高校生の立派な体にラーメンがするする入っていくのが清々しくて、薫は笑いながら残りを食べた。

 なるほど、たしかに愛されているようだった。

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