3 不適
僕は草原に立っていた。吹き抜ける風は草を撫でつけ、2つの太陽はそれを照らす。空に漂う浮島の底から、無数のクリスタルが露出して、煌めいている。その内の1つの先が風に吹かれて少し欠け、宙に放りだされた結晶片は透き通るように、青空に溶け出すように、淡く光って、やがて本当に消えた。
やっぱりこの世界は良い。僕は心の底からそう思った。流石に僕でもこれが夢なんだと分かる。いずれ終わりが来るのなら、少しでもこの世界を堪能したかった。
過去の回想なのだろうか。僕の体が動かせない。僕は突然現れた身の丈程もある角の生えた大きなウサギに腰を抜かしている。ウサギは鋭利な角をこちらに向ける。
確かめるように足を2、3度踏み鳴らすと、こちらに向かって突進してきた!
身構える僕。しかしウサギの角は、何やら目の前に顕現した光の壁に阻まれて、ついに僕を串刺しにすることはなかった。魔法だ。
次の瞬間には光の壁は変形してウサギを取り囲まんとする。怖気づいたウサギはUターンして逃げていった。光壁が散乱し、僕が呆然と、飛び跳ね逃げていくウサギを見ていると、後方から声が聞こえて来た。
「おーい! 大丈夫ー!?」
声を上げながら走ってくるローブを着た少女。カタリナだ。身の丈程もある杖が取り回しにくそうだ。この夢は僕と彼女の出会いを回顧してるらしい。と言っても全部夢なのだが。
僕が彼女に感謝を示し、言葉を交わしている。カタリナは表情豊かな子だった。僕を助けられたことに安堵の笑みを浮かべ、僕の境遇を聞けば同情したように眉をひそめる。
この世界は、彼女は、煌めくように光っていて。
本当に、綺麗だった。
ふと、彼女が自分の肩を見る。蝶が1匹とまっていた。カタリナが指を近づけるとヒラリと躱してして飛び去って行った。
あれ? この時蝶なんていたっけ?
僕はそう、疑問に思った。
突然カタリナは血を吐いた。胸から黒い手が生えている。心臓を貫かれていた。彼女の瞳が見開かれると同時に、手が引き抜かれる。彼女が草原に倒れ伏した。草花を赤黒く染める。カタリナの唇が急速に色を失っていく。
いつの間にか体が動くようになっていた。下手人を見る。闇が凝集したような黒い見た目は、見ているだけで鳥肌がとめどなくたつ。僕を笑っていることだけは分かった。
悪魔だ。
「あは、あははははは!」
僕は影に殴りかかれなかった。体は動く。殴りかかる気にならなかった。
相反する2つの感情が僕の中に湧き上がっていた。
怒りと諦観だ。心臓がバクバク脈打つほど、体が震えるほどに怒りが湧いて燃えるのに、それ以上の諦観が、僕の中を占めていた。うすうす、こんなことになるだろうと思っていた――。
怒りに震える僕が言う。
何をしている! 奴を殺せ!
諦観する僕が言う。
――だって、だって、そんな訳ないじゃないか。こんな人間が、僕みたいな人間が、あんなに上手くやれる訳がないんだ。
***
目覚めた僕は、やはり吐き気と不快感をこらえる。冷や汗で服はぐしょぐしょで、内臓から冷えていくような感覚がする。いつも通り最悪の目覚めだった。
秋の朝は肌寒い。日差しも鬱陶しかった。代わり映えのしない白い病室から目をそらして、僕は布団にくるまった。
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