7 向いてない
気づけばいつもの散歩コースの途中のベンチに座っていた。どうやら僕は、いつもの生活習慣を遂行していたらしい。体と心が乖離して、心だけが置き去りにされるのはなれっこだった。
夏も終わるというのにまだまだ暑い。汗でTシャツが張り付くのが気持ち悪い。じめじめしていて、雲行きは怪しい。寄ってくる蚊も鬱陶しい。
無意識の内に動いていた自分を自覚すると、動く気力が湧いてこなくなった。
歩いている人の喧騒。灰色の、空を覆う雲。全てが不愉快だった。
しばらくぼーっと座っていると、ふと、一匹の蝶が目についた。嫌に目を引く蝶だな。そう思った。
蝶はひらひらと頼りなさげに飛び回って、やがて、大学生だろうか? 茶髪の男の頭にとまった。一緒に歩いていた友達はそれを珍しがって、男に静止するように言って、スマートフォンを取り出した。
「あ……」
思わず声が漏れる。その男が、高校の同級生だと気づいた。
そうか。
今まで実感が湧かなかった。けど、僕以外の時間は、普通に流れてるんだ。
僕は、社会から、世界から、一人、取り残されている。そんな分かり切ったことが、理解されると同時に、恐怖となって立ち昇ってくる。世界がゆがんで平衡感覚が失われていく気がした。
僕は走り出していた。足が勝手に動いた。
***
病室に帰って、自分のベッドに直行する。丸椅子に腰かける紗耶にも構わず倒れこむ。
「あ……外に行ってたんですね」
紗耶が何か言っている。この一年で、最初のアレに比べれば随分仲良くなったと思う。だけど、今は、それがどうしようもなく僕をイライラさせた。
「帰ってくれ」
「へ?」
間の抜けた声を出す紗耶。うざったい。どうせお前も、僕を見下しているんだろう。
「正直ずっと目障りだった。もう来ないでいい」
「な……」
彼女の表情がいつもよりずっと豊かに変わっていく。目を見開いたかと思えば、眉をひそめ、次の瞬間にはまなじりをつり上げた。震えた声で、言う。
「私だって、別に来たくてきてるわけじゃ、ない」
彼女の目に涙が浮かんだのを見て、僕の頭が急速に冷えていく。
しまった。これじゃあ完全に八つ当たりだ。
僕が謝る前に紗耶は床のバッグひったくって走り出す。
手を伸ばして引き留めようとするけど、そんなことしても無駄だと思った。なぜそんなことをしようとするのか、分からなかった。
白いキャンバスに絵の具が垂れたように、罪悪感が僕の心に広がっていった。
***
「――あははははははは!」
悪魔の哄笑が響きわたる。おかしくてたまらないという風に。
「最低だよお前! 自分を気にかけて、ずーっとお見舞いに来てくれるような子を泣かせるなんて! それがお前の本質なんだ!」
うるさい。黙れよ。黙ってくれ。
「誰も信用してないんだ! 人と関わるのが怖いんだ! そんなしょうもないのが、お前なんだ!」
やめてくれ。やめてくれ!
「現実が嫌いとか、クソだとか、色々言って誤魔化して! ホントは怖いだけなんだ! 辛い現実から逃げたいだけなんだ!」
何なんだ。何なんだよお前!
「僕? 言っただろ。僕は
悪魔は僕を指さした。僕の意識は暗転した。
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