第38話 sideA=友

「あれ、どうしてだろう」

 私は目元を拭った。涙が流れていた。なぜ泣いているのかが分からない。

 昔、伊田は私を抱えて泣いていた、ような気がする。何度も何度も私の名を呼んでいた気がする。

「大丈夫か?」

 伊田が怪訝そうな顔をしている。

「だ、大丈夫だよ」

「なら、いいんだけど」

 ふと、伊田の顔を見ていたら、伊田がもっと老け込んだような顔が浮かんだ。なぜこんな顔が浮かんだのか、わからない。わからないがその顔が愛しく見える。

「ううん、何でもない」

 私はすぐに元の調子に戻り、伊田の隣を歩いた。まるでそこが私の居場所だ、という風に、しっかりと歩いた。

 いつか伊田と一緒に歩くこともなくなるのだろうな。そう思うと、この瞬間瞬間が大切に思えた。

「伊田!!」

「うん、なんだ?」

 私は伊田に感謝した。なぜかそうしておかないといけない気がしたからだ。

「ありがとな、いつも」

 伊田は、頬を掻いて、

「お、おう」

 ぶっきらぼうに返答した。

 私は伊田が照れていることを長年の勘で分かった。

 思わず、言ってしまった。

「ふうふ」

 と。

 友END

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