ある小さな村の大きな絆

@nanaumeda

第1話

 ある新月の夜。

 ザワザワザワッ。バシャッ。

「今日はなんだか海がざわついているわね。」

 何かが起こりそうな予感がしていた。


「こら!ケント。早く起きないと遅刻するわよ!」

「ふぇ?わっ。やばっ。もうこんな時間。」

「いってきまーす。」(はぁ、はぁ。やばいやばい急がないと遅刻する!)

 あ、自己紹介をするのを忘れてた。僕は松下ケント。中学3年生。中学の最高学年にしては小柄で、よく中1と間違われる。近所に住む太ったおばさんが、僕の学年を毎回間違えるぐらいだから、困ったものだ。

「あら、ごめんなさい。あなたは中3だったわね。そんなに小さな体をしているから、毎回毎回間違えてしまうのね。」なんていう嫌味を言ってくる。だから僕はいつも言ってやるんだ。

「おばさんなんかでかすぎて、相撲取りにしか見えませんね。」って。僕がそう言うとおばさんはカボチャみたいな顔を真っ赤にして、ぷんぷん怒りながらどこかに行ってしまう。あぁ、つい話がそれてしまった。そんなことはどうでもよくて。

 僕が住む小さな村には、小学校と中学校が一つだけで高校はない。どうしてそんなに小さな村が今もこうして人がある程度住むくらい残っているのかというと、この村にはある有名な伝説があるんだ。それは、新月の夜、この村の海に人魚がでるというものだ。実際に見たという人が何人もいて、それなりに信憑性があるみたいだ。一度テレビ局が来たこともある。そのおかげでこの村はなくならずにすんでいるってわけだ。

 あ、こんなことしてる場合じゃないんだった。早く学校に行かないと。


 僕が始業5分前に教室に入ると、クラスメートが全員、一人の女子の周りに集まっていた。

「これがその写真よ。」

 そういって皆に写真を見せていたのはこのクラスの女子のリーダー的存在である、園田レンだった。園田さんは僕のことが好きらしい。以前周りの女子達が騒いでいるのを耳にしたことがあった。なんでも僕は背が低くてかわいいかららしい。僕としては全く嬉しくなかった。僕が皆に近づくと、園田さんが気づいて、僕に声をかけてきた。

「あ、おはよう松下君。ねえ、これ見て。私が昨日の夜撮ってきたの。」

 それはなんと人魚の写真だった。遠くから撮った写真と、それを拡大した写真の二枚がある。拡大した写真には人魚の姿がはっきりと写っていて、なんとなくだが、顔も分かる。僕はその人魚の顔を見て、「あれ?」と思った。なんとなくその顔を見たことがあるような気がしたからだ。ちょうどその時、チャイムが鳴って、先生が教室に入ってきたので、僕は急いで席に戻った。そして、家に帰るまでそのことを忘れていた。


「ただいま」

「あら、お帰りなさい、ケント。冷蔵庫の中にアイスあるわよ。」

「え、ほんと⁉」

 僕が食卓でアイスにかぶりつこうとした時、仏壇が置かれている部屋のふすまが少し開いていることに気づいた。ここはお盆に親戚が集まる時にしか解放せず、普段は閉まっているはずだ。なんとなく気になって、部屋の中に入ってみた。部屋に入るとすぐ横に仏壇が置いてあって、その上にはご先祖様の遺影が飾ってある。なんとなくそこに目をやった僕は、そのうちの一つを見て、「あっ」と言いそうになった。

 僕はアイスをほっぽらかして、急いで園田さんに電話をした。

「もしもし、園田さん?僕、松下だけど。」

「松下君?どうしたの?急に。」

「あ、ごめん、実は、今日教室で皆に見せてた写真のことなんだけど。」

「あぁ、あれ?あれがどうかしたの?」

「あの拡大した方の写真、僕にくれないかな?ちょっと確かめたいことがあるんだ。」

「あぁー、いいよ。じゃあ、明日もう一枚印刷して持っていくね。」

「うん、ありがとう。」

(よし、あとは…。)


 次の日、僕は園田さんに写真をもらって、学校の帰りにそのままこの村唯一の小さな病院に向かった。

「えーっと。松下ミヨ。松下ミヨっと。あっ、あった。ここだ。」

 コンコンコン。

「はい、どうぞ。あらケンちゃん?よく来てくれたわね。おばあちゃん嬉しいわぁ。さあさ、座んなさい。」

「ん、ありがと。」

 松下ミヨは僕のおばあちゃんで、今は心臓の調子が悪くて、この小さな病院に入院している。僕は昨日、仏壇の上に飾ってあった、一つの遺影を見て、思い当たることがあった。そこに写っている女の人の顔と園田さんが持っていた写真の人魚の顔が似ている気がしたのだ。そして、その女の人はおばあちゃんのお母さん、つまり、僕のひいおばあちゃんだと思う。僕が生まれたとき、そのひいおばあちゃんはすでに亡くなっていて、僕は顔すら、見たことがない。じゃあ、一回見ただけで何で分かったかって?僕は人の顔を覚える能力に長けているんだ!まあ、そんな感じで、昨日の夜に電話して、今日、ここを訪ねてきたってわけだ。

「で?私に見せたい写真っていうのはどれだい?」

「これだよ。」

「これは、人魚?」

「そう。僕の友達が一昨日の夜、あの海で撮ったらしいんだ。」

「へえー、やっぱりあの伝説は本物だったんだねえ。で、これがどうかしたのかい?」

「この人魚の顔をよく見てよ。ひいおばあちゃんに似てると思わない?」

「んー?確かに、似ているように見えるけど。いや、違う!これはお母さんじゃない。姉さんだ!でも、これは一体どういうこと?何で姉さんが写ってるの?」僕はこれを聞いてちょっとがっかりした。僕の能力はあまり当てにならないらしい。

「それが分からないから、おばあちゃんなら何か知ってるかもと思って、聞きに来たんだよ。」

「私にはさっぱり分からない。それに姉さんがこんな最近の写真に写れる訳がないんだ。だって、姉さんは、私が小学4年生の時に、死んだんだから。」

 忘れもしないある夏の日、村で事件が起こった。私の姉である、松下カコとその彼氏の岸田リョウが学校の帰りに行方不明になったのだ。カコとリョウは当時、今のケントと同じ中学3年生だった。その村に住む皆が協力してくれ、村中を探し回ったが、見つからなかった。一気に2人も行方不明になったということで、警察が村の周辺にも情報を流し、探し回ったが、見つからなかった。行方が分からなくなってから、それほど時間は経っておらず、そう遠くには行っていないはずだった。しかし村はもちろんのこと、県内のどこを探しても見つからなかった。そして、行方不明から1か月後に警察の捜査が打ち切られた。私たちは姉は死んだものだと思うことにした。しかし、それから3年後、事態が大きく変化した。人魚が出没することで有名な浜辺から、子供の服と靴、更に人骨までが見つかったのだ。それは、足の一部だと思われた。その時代はDNA鑑定などなかったため、その人骨は誰のものか不明だが、少なくとも服と靴は姉とリョウのものだった。その日のうちに警察が私たちに報告しに来た。ついでに見つかった人骨は姉のものである可能性が高いとも言った。私たちはそれを聞いて、すごく悲しんだ。やはりどこかで姉は生きているのかもしれない、と信じていたのだろう。その後は何も手がかりが見つからず、死因も不明なままだ。

「へえー。おばあちゃんにお姉さんがいたのか。でも、死んだと分かっているのなら、どうして遺影を飾ってないの?」

「私のお母さんがね、姉の顔を見るのが辛いと言って、かけなかったんだ。私も辛かったしねえ。」その時、おばあちゃんの目の下が光った気がした。

「そっか。じゃあ、僕はもう帰るよ。辛いことを思い出させてごめん、おばあちゃん」

「いいんだよ。また、来てね。」

「ん、それじゃあ。」

 おばあちゃんの話を聞いて、俄然、興味がわいてきた。(よしっ。この真相は僕が必ず突き止めてやる!)


 同じ頃、浜辺では、4人の男女が意地悪そうな笑みを浮かべながら、こしょこしょと話し合っていた。


 今日は人魚が現れるという新月の日だ。そのせいか、朝から人が多い気がする。普段は人魚に全く興味を示さない僕も今日は違った。夜になったら浜辺に行こうと思っていた。朝、学校に登校する前に、浜辺を見に行ってみると、何やら騒がしかった。

「なんだこれは?」

「お前、知らないのか?人魚だよ。今日は新月の日だから、いるんだろうぜ。」

「人魚⁉なんか気持ち悪いなあ。」

「おいおい、その言い方はないだろう?まあ、確かに想像していたものとは少し違うが。」どうやら、朝一番で漁に行った漁師たちが、誤って網に引っかかった、人魚を持って帰ってきたらしい。人魚は気を失っているのか、何を言われても何も言い返さなかった。僕はもう少し人魚を近くで見たかったし、漁師に聞きたいこともあったが、学校に遅れそうだったので、仕方なくその場は切り上げることにした。

 そして、待ちに待った、放課後!ホームルームが終わると、すぐに学校を駆け出して、浜辺に行くと、そこは朝よりも騒がしかった。人魚は檻に入れられ、その様子をテレビカメラが映し、アナウンサーが何やら話している。不穏な空気を放つ男女4人が漁師と何やら大きな声で話し合いをしているその周りに人魚を見に来た大勢の野次馬が群がっていて、その上、何とか事態を収拾させようと、警察官が来ていた。僕は野次馬の中を何とか通り抜けて、漁師と話し合いを続けている、男女のところに行った。なんとなくその人たちは危険な感じがした。

「よし、決まりだな。じゃあ、明日もう一度ここに来るからよ。」

「ああ、分かった。明日はわしたちがいる船置き場に来てくれ。」

「分かった。」そういうと男女4人は帰ってしまった。

「あの、すみません。あの人魚がどうかしたんですか?」

「ああ、あの人魚は今日の朝、たまたま網に引っかかって、捕れたんだが、さっきの四人組が、あの人魚を俺たちに売ってほしい、というんだ。あの人たちはどうも未確認生物の研究をしている県内の大学生らしくてな。あの人魚がどうしても欲しいんだそうだ。始めはわしらも反対したんだが、人魚をなんと3千万円で買い取ると言ってきてな。こんなに良い話はそうそうないと思って、承諾したんだ。で、明日、船乗り場で金と人魚を交換するんだ。」「え!あの人魚を売っちゃうんですか?」

「ああ、そうだ。3千万円だぞ。そんなけのお金があれば、この村は資金めぐりがよくなって、今よりももっとにぎやかになるはずだ。」

「そんな!じゃあ、あの人魚は殺されるってことですか?そんなの可哀そうですよ。それに聞いたことがあるんですけど、人魚は一匹ピだけなんですよね?あの人魚がいなくなったら、この村には何も残らないんじゃないですか?」

「大丈夫だ、心配はない。実は、この海にはもっといっぱい人魚がいるんだ。わしは一度、新月の夜に見たことがある。中には、男の人魚だっているんだぞ。まあ、あの人魚は殺されるかもしれんが、村には何の影響もない。」漁師はにたにたと気味の悪い笑みを浮かべながら、さらりと言った。その間も人魚は何も言わなかった。僕はもうこの人には何を言っても無駄だと思った。


 コンコンコン。

「失礼します。リョウ様。大変です。レイナが人間に捕らえられてしまったようなのです。しかも4人の悪党が明日、レイナを3千万円で売ろうとしているみたいです!」

「なんだと!至急皆を集めなさい。」

 ここは海底にある、人魚の世界。ここには人魚が20人ぐらい暮らしている。人魚は皆、浦島太郎に出てくるような宮殿で一緒に住んでいて、中には男の人魚もいる。今、人魚が1人、人間の手に渡ったことが分かり、大騒ぎになっていた。

「皆、落ち着いて聞いてほしい。どうやらレイナが人間に捕まり、しかも明日、悪党どもがレイナを売ろうとしているようなのだ。こんなことは許せない!今まで私たちのおかげで、この村は繁栄してきたというのに、お金に目がくらんで、その恩義を忘れて私たちの仲間を売ろうとするなんて。明日、レイナを取り返し、人間という悪魔を懲らしめてやろう!」

「「おー!」」人魚たちは明日のために準備を始めた。

「さっきの話は本当なの、リョウ?」

「残念ながら本当のことのようだ。現にレイナはどこにもいない。それに、俺に知らせに来てくれた、ユイがレイナが檻に入れられているところと、4人の悪党共がレイナを研究資料にしようとしているということを話しているところを見たそうだ。くそ!人間め、珍しいものが見つかるとすぐに捕まえて、調べようとしやがる。こっちの気持ちも考えろってんだ!」

「そうね、本当に残念だわ。私たちがあっちの世界にいた頃は、そんなことはなかったのに。」

「そうだな。」

「うまくいくかしら。私、怖いわ。」

「大丈夫だよ、カコ。きっとうまくいく。」


 僕は家に帰ると、家の倉庫を調べてみた。するとおばあちゃんのお姉さんが書いたであろう、日記が見つかった。それは中学3年生で終わっていた。さらに調べていくと、あることが分かった。おばあちゃんの両親、つまり僕のひいおばあちゃんとひいおじいちゃんがカコさんに対して、虐待していたらしいのだ。虐待の対象はカコさんだけで、僕のおばあちゃんは全く被害を受けていないようだった。そして、さらに驚くべきことに、カコさんの彼氏だったという岸田リョウさんも親から虐待にあっていたというのだ。二人ともそのことで悩んでいて、共通の悩みがあるということで、意気投合して付き合い始めたらしい。こうなると、二人は行方不明になったのではなく、家出をした可能性が高い。そう遠くには行っていないはずの二人が見つからなかった、そしてかつて広まった噂。

(そうか!そういうことか!この仮説が正しいとしたら、次は…)

「皆、準備はできたか?」

「「できました。ばっちりです。」」

「よし、では行くぞ!」


 バシャ、バシャ、バシャ。

「なんだこの音は?海の向こうから何かやってくるぞ。」

(やっぱりそうきたか)

 僕は手にしていた鏡に太陽の光を反射させて、合図を出した。しばらくして、光が見えた。合図が返ってきた!これで村にいる関係のない人達は安全な場所に移動したはずだ。

(よし、じゃあ後は…)

 僕はおばあちゃんのところまで駆け寄って言った。

「おばあちゃん、行こう。もうすぐのはずだ。」


「よし、浜辺には誰もいないぞ。間に合ったんだ。皆、レイナを探すんだ。レイナは船置き場に、檻に入れられているはずだ。」

「いました!きっとあれです。」そう言って、一人が前方を指さした。皆が安堵のため息をつき、カコとリョウが檻に近づいた。

「レイナ、レイナ、返事をして!レイナ!」

「この距離で聞こえないはずがない。気を失っているのか?」2人がさらに近づくと、そこにレイナはいなくて、代わりに人形が檻に入っていた。

「なっ!これは!レイナじゃなくて人形ではないか。人間め、騙したな!」

「そんな!」

「最後の手段を使うぞ。皆、この村を攻撃しろ!」

「「おー!レイナを返せ!レイナの敵討ちだ!」」その瞬間海から、何人も人魚が現れ、この村に攻撃し始めた。


(しまった!まさかあそこにいる人魚が偽物だったなんて。昨日の夕方の時点でもうすでに人形とすり替えられていたのか。一体どこに隠したんだ?考えろ、考えろ、考えろ!…っ!そうか分かったぞ!)

「ごめん、おばあちゃん。この建物の裏で待ってて。」そういうと僕は人魚たちに気づかれないようにそっと船置き場に近づいた。

(僕の予想が正しければ、あれは偽物なんかではなく…やっぱりそうだ。)僕は檻に近づくと、外からガンガンとたたいた。すると、人形だと思っていたものが動き、目を見開いた。僕を敵だと思ったのかもしれない。

「大丈夫。僕は敵なんかじゃない。後ろを向いて。」僕は声をひそめて言った。人魚は素直に僕に背中を向けてきた。そこにはファスナーがついていた。僕はそのファスナーをおろしてやると、中から、本物の人魚が出てきた。おそらく昨日の漁師たちは、他の人に手柄を横取りされるのを恐れ、どこかいい隠し場所がないか考えた。海から出すと、弱ってしまうから、家に持って帰るわけにはいかない。となると、やっぱり、船置き場に置かれてある船に括りつけるしかなかった。そこで考えたのが、着ぐるみだ。着ぐるみを着せておけば、誰かが、この人魚を盗ろうとしても、ただのぬいぐるみとしか思わない。どこか別の場所に本物が隠されているはずだと考えるに違いないと思ったのだろう。

「さあ、早くいかないと、また、あの漁師に捕まるよ。」

「ありがとうございます。あの、このお礼に私に何かさせていただけないでしょうか。」

「じゃあ、カコさんという人魚を連れてきてほしい。」

「分かりました。」そう言うと、人魚は皆のところに帰っていった。しばらくすると攻撃がやみ、ある一人の人魚がこっちに近づいてきた。

「私がカコです。この度はレイナを助けて頂き、ありがとうございました。私に何か御用でしょうか?」

「ある人に会って頂きたいのです。」そういって僕は車いすに乗った、ミヨを連れてきた。

「姉さん?会いたかったよぉ!」

「えっ、ミヨ?そんなどうしてここに?」

「ごめんなさい、カコさん。あなたのことを調べさせてもらいました。するとあなたのことを調べていくうちに僕はあることに気が付いたんです。本当はカコさんは自ら家を出たのではないか。浜辺で見つかった、足の骨と衣類、あれはカコさんが人魚になったことを示しているのではないか、と。もちろん、すぐにそう考えたわけではありませんが。そう、つまりあの日カコさんとリョウさんは学校の帰りに浜辺によって、偶然人魚にあったんです。そして、人魚に、自分たちの仲間になるよう言われた。その時、ちょうど両親の虐待に耐えられなくなっていた、二人は人魚になって、別の世界で暮らすことにした。そうではないですか?」

「ええ、その通りよ。私たちは両親から虐待を受けていた。ミヨは全くだったのに。リョウも私と同じ境遇だった。それで、私たちは同じ仲間だと分かって、仲良くなったの。でも、あの日、ついに耐えられなくなった。そんな時、偶然出会った、人魚に言われるがままに、人魚として生きていくことを選んだ。そして、私とリョウは行方不明になって死んだんだと村の皆に思わせるために、服と靴そして人魚になる時にいらなくなった、自分の足の骨を置いたのよ。」

「そんなことがあったなんて。私、全然知らなかった。ごめんね、姉さん。さみしい思いをさせて。」

「もう、いいわよ、そんな昔のこと。でも、今回のこととは話が違う。私がいくら、以前人間だったからといって私の仲間を捕まえて、売ろうとしていたなんて、許せないわ!こんなことをしていいはずがない!ちゃんと懲らしめてやる!」

「待って、姉さん。確かに人魚を捕まえて、売ろうとしていたことは許せることじゃないし、許して欲しいとも思っていない。でも、人間は皆が皆、悪い人ではないということは、姉さんなら分かるでしょう?悪い人は一部だけで、ケントのような優しい人もいる。」

「だからなんだっていうの?」

「今回だけは許して欲しいのよ。次は絶対にこんなことを起こさせないと断言するわ。」

「そんなに簡単なことではないでしょう?本当に次はこんなことが起こらないようにできるの?」

「ええ、約束する。私たちが何が何でも人魚を守る。」

「分かった。じゃあ今回は妹のあなたに免じて見逃してあげるわ。そのかわり、忘れないでね、私たち人魚は人に比べて、年をとるのが遅いの。だから、これはあなたが生きている間だけの話じゃないからね。私はあなたが死んだ後もずっと見ているからね。」

「ええ、分かってるわ。ありがとう、姉さん。できたらこれからも頻繁に会いたいんだけど。」

「新月の夜ならいいわよ。」

「ケント、また連れてきてくれる?」

「もちろん!」

「じゃあ、そろそろ私は仲間のところに帰るわね。じゃあ、また新月の夜にね。」そう言うと、行ってしまった。その後は攻撃されることもなく、大きな被害もなかった。


 しばらくして、新月の夜がやってきた。僕は病院に行って、おばあちゃんを車いすに乗せて、浜辺に向かった。ちゃんと約束通り大叔母さんは来ていて、二人で長い間話し込んでいた。その次の新月の日も、またその次の新月の日も同じことを繰り返した。何度目の新月の夜だろうか、今日はいつもと違って、僕一人だった。

「あら、今日はケント君一人なの?ミヨはどうしたのかしら?」

「おばあちゃんは一週間前に亡くなりました。今日はそのことを知らせに来たんです。おばあちゃんはなくなる直前まで、ずっと、カコさんにもう一度会えてよかったと言っていました。」

「そう。そうだったの。」カコさんはボロボロと大粒の涙を流しながら、泣き始めた。僕がどうしていいか分からず、突っ立っていると、カコさんがおもむろに口を開いて、言った。

「私ね、ずっと、虐待を受けていなかった、ミヨのことを恨んでいたの。でも、久しぶりに会って、顔を見たら、そんなことどうでもよくなっちゃった。私はずっと何で人間なんかに生まれてきたんだろう、私なんかそもそも生まれてこない方がよかったのではないか、この世に生まれてくる意味って何だろうって考えてきたの。でもケント君のおかげでミヨと再会できて、なんとなくその答えを見つけるためのヒントを得た気がする。本当にありがとうね。元気でね、さようなら、ケント君。」そう言って、僕の手の甲にキスをすると、海の中に消えてしまった。


 それからは僕は人魚に会っていない。カコさんがどうなったのかも分からずじまいだ。でも、今でも人魚を守るための活動は続けられている。

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