第4話 どうして


 血の気が引いた。

 時が止まり、体が冷たくなっていくようだった。体が震え、息がつまる。頭に血が届かず、理論立てて考えられない。


 そんなはずはない。

 シリウスがそんなことをするはずがない。思い起こされる過去の姿。いつだってフランに優しく笑ってくれていたのだから。

 ルウの言葉を否定したいのに思うように声がでない。


「お待たせしました。こちら、新鮮な魚を使ったフライサンド。冷めないうちに」


 マスターの声でフランは全身にやっと血が巡り始めたように動き始める。

 目の前に運ばれてきたのは湯気が上がるサンドウィッチ。揚げた白身魚をサンドした軽食だ。合わせて紅茶が並べられる。砂糖も一緒に。

 蝋燭に灯されて綺麗な紅がより際だっている。


「お腹空くでしょう? 不審なマスターだけど、味は確かなの。どうぞ召し上がれ」


 マスターはルウの説明に反論することもなく、足音を立てず遠ざかっていた。

 見た目は美味しそうだ。しかし、今はそのような気分ではない。


「シリウスが人殺しをすると思う?」

「そんなことするはずはないです! 彼が、そんなこと……」


 そう思っていても故郷を出てからのシリウスのことを知らなすぎたため、言葉尻が小さくなってしまう。

 拳を握りしめフランはうつむくと、下から覗くジルは目を細めてフランに寄り添う。

 沈黙が過ぎていく。


「アタシの使い魔、シリウスに殺されたの」

「あっ……ごめんなさい」

「どうしてフランが謝るの? 貴方は何も関係ないでしょう?」

「だって、シリウスが」

「シリウスはシリウス。貴方はフラン。別人じゃない。貴方が謝ることないでしょう? 貴方が殺した訳でもないのに」


 使い魔が死ぬということは、魔法師としても絶望的だ。苦楽を共にした仲間を失うわけでもあり、悲しみに暮れるだろう。

 さらに使い魔との契約不履行として、何かしらペナルティが与えられる。契約内容によって内容は変わるが、中には共に命を落とす場合もある。

 使い魔を失ったルウはここにいると言うことは、ペナルティとして命以外の何かを失ったのだ。

 使い魔を失う辛さを想像して、フランはジルの身を引き寄せた。


「シリウスは他にも多数の騎士と魔法師を殺害。騎士団も魔法師団も壊滅的な状態になった。王立騎士団の団長たるシリウスが起こした反乱は王の命をもってして終焉。シリウスは逃亡。未だに行方不明のまま。さすがの団長よね、途中から一切跡を追えなくなったの」


 ルウは言いながらも、綺麗な仕草でサンドを口に運ぶ。


「そんな……」


 フランの口からこぼれるのは苦しまぎれの悲痛な声。食事など喉を通るわけがなかった。


「アタシの話が信用できなければ、図書館に行ってみるといいわ。カーテスにも図書館はあるし。ちなみに図書館はさっきの大通りまで戻ったら左に行くとあるわよ」

「信用、してないとかじゃないですけど、行ってきます! 何も分からないので、まずは自分で。失礼しますっ」


 フランは立ち上がり、ジルを抱えたまま駆けていく。一切手をつけずに残ったサンドは冷めてしまった。


「可愛いわね、本当。純粋で無垢で汚れなんて一切知らない。シリウスが好きになるのも分かる気がするわ」


 ルウは冷めたサンドの皿を引き寄せた。




 ☆☆☆☆☆




 フランは図書館へ向かった。

 大通りに戻ってから左折。最初は人にぶつからないよう気をつけて歩いていたが、焦る気持ちから早足になり、そして駆け足になる。

 体力は少ない方だ。置いていくわけにもいかない杖を背負ったままなので体力はより削られる。途中で抱えていたジルは自ら飛んで、道案内をしてくれたので迷子にならずに済んだ。


 木造の図書館は小さかった。看板で図書館であることを確認してから中に入ると、数人の利用者がいた。各々が本を読んだり、探していたりとフランに気にかける人はいない。

 静かさに溶け込み、フランは過去の出来事を調べられるであろう資料室へ向かう。


 棚に並べられた本は王都の歴史が記されている。背表紙からして、かなり古いものだ。これではシリウスについては分からない。

 もっと最近の話のはず。フランは新聞をとった。


 調べ物は得意だ。

 魔法師になるために調べ物や勉強をたくさんしてきたから。フランはひとつの新聞をめくっていき、気になるワードを見つけて手を止める。


『ヴィタリー国王 2週間ぶりに姿をお見せになる』


 流石に国王の名前は知っている。しかし、記事に書かれている国王の名前ではなかった。

 嫌な予感が増してくる。


「コレが一週間前だ。もっと前のは?」


 フランは日付を確認して新聞を遡る。

 それを繰り返していくと、ちょうど一年前の新聞に探し求めていた情報を見つけた。


『ドラール国王 死去』


 この名こそ、フランの知る王の名前だった。しかし、大々しく書かれた見だしは死亡を伝える。


『ドラール国王は●月▲日、王都リストミアの自室にて殺害された。犯人は王立騎士団団長のシリウス。城内で若き見習い騎士と魔法師を多数殺害し、最後に国王を殺害。その後逃亡したとみられる。部屋にはシリウスの使っていた剣が残されていた。』


 新聞を握る手に力が入る。

 新聞記事が嘘を書くとは思えない。

 本当にシリウスが王を殺したのか。

 信じたくないが、新聞が真実だと訴える。


「どうしよう、ジル。シリウスが人殺し……」


 泣きそうになるのを堪えて呼ぶ。しかし、ジルは椅子の上で眠ったままだ。自分でどうにかしろと言っているようで、フランは助けを求めることをやめる。ジルは何でもやってくれる使い魔ではない。自分で出来ることをまずはやらねば。誰かに頼ってばかりでは昔の自分から抜け出せない。

 フランは大きく深呼吸をして切り替える。そして新聞を読み返しながら、腰元のバッグから取り出したノートに書き込んでいく。


 内容は記事の内容だ。

 どこの新聞社で、どんな内容をいつ載せたのかまで。いつか必要になるかもしれないし、頭の中を整理する必要があるからとと書き続けていると、ふと手が止まった。


『シリウス、逃亡』

『目撃者によると、シリウスはいきなり剣を抜いて斬りかかったとのこと。被害者は信頼していた者の突然の裏切りに対応できなかったとみられる。』

『目的は国王が持つ秘石ひせきか』

『秘石は現在、故ドラール国王の息子、ヴィタリー国王により厳重に保管されている』

『シリウス行方不明』


 秘石とは、はるか昔に人間と魔物との戦争で誕生した。

 敵の魔物を全て駆逐する程の力を持っていた剣士が身に付けていたとされるのが秘石である。


 一説によれば『秘石が剣士に力を与えた』とも云われる。また『剣士に殺された魔物の魂が宿っている』とも云われ、持つ者に底知れぬ力を与えるが同時に呪われる。だから剣士の子孫である王家が厳重に管理していると書籍に載っている。


 そんなのおとぎ話だと疑う者も多かった。だが、秘石を奪おうとした盗賊は秘石に触れようときた途端もがき苦しみ亡くなった。


 どこまでが真実が分からなくても、尾びれがついて話は広まっていく。

 田舎で暮らしていたフランにも届いていた。

 秘石は恐ろしいものだと言う認識を持っているからこそ、奪おうとするなんて信じかたい。


 シリウスには秘石がなくても人並外れた力があるのに。

 フランだけが知る力を持っていながら、彼が秘石を奪うとは考えられない。それに、その力を持って何がしたいのかもわからない。

 フランが得られたのは、シリウスが王を殺したと報じられているということだけだった。

 

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