第2話 騎士の剣

 同業者に出会ったことはない。

 故郷にも今までの旅路にも誰ひとりいなかった。魔法師試験勉強も独学だったし、試験会場はフランしかいなかった。この孤独さは同じ魔法師しか理解できない。思い返すほどに親近感が湧いてくる。


「少し前までは魔法師として王都にいたわ。今は辞めちゃったけど」

「王都の……もしかして王立魔法師団!?」

「ええ。そうよ」


 リストミアには、王立騎士団と王立魔法師団が存在する。

 王に忠誠を誓い、命令に従って争いが起きれば沈静化に向けて動く。どんなに小さな声でも聞き入れて解決できるほどの力と頭脳、そして行動力を持ち合わせているおかげで他国との戦争は設立から起きていない。

 その姿に憧れて騎士や魔法師を目指す者もいるほどだ。


 この二つに属することは、名誉なこと。そして優れているということ。

 例え過去の話であっても、目の前の人物が優れた魔法師であるとわかり、さらに興味が湧く。普段なら積極的に会話をする方ではなかったフランだが、珍しく欲が出た。


「私もっ、魔法師団に入れたらいいなって。どうやったら入れますか?」


 そんなことを心からは思っていたわけではない。だが、魔法師団については知りたい。優れた魔法師たちによる活動は常々耳にしている。魔物を退治した、病気を治した、人を助けたなど聞いたことはあるが、そのときに具体的にどんな魔法を使ったのかは話題にもならなかったのだ。

 いったいどんな魔法師たちがどんな魔法を使うのか気になって仕方ない。どうしてそんな強さがあるのかも。

 自分にないものを求めて出た問いだった。


「魔法師団に入るために王都に来たの?」

「いえ。本当は王都で会う約束をしたからなんですけど。でも、が騎士団にいるので気になって。魔法師になれたから、私も近くで働いたら辛くても傍で支えられるし、助けになれるかも……って、今考えた言い訳にしか聞こえないですね」


 照れながら言うフラン。頭の中にはしばらく前に会ったの姿が思い起こされる。

 金髪に碧眼が特徴の彼は今、何をしているだろうか。

 王都で騎士になると言って故郷を離れた彼とは、最後に会ってからもう随分経っている。その時は幼い顔立ちで枝を振り回しては周囲の大人たちに怒られていたのを目撃している。

 やんちゃが極まって迷子になって魔物のテリトリーに踏み込んでしまったときには、膝を震わせながらもフランを守ろうと魔物に立ち向かった。結局、偶然通りかかった騎士団に助けられたが、あれだけ怯えている姿を見ているので、大人になった姿を想像できなかった。


「騎士団に貴方の想い人がいるのね。羨ましい。いったい誰かしら? 貴方に歳が近い人だったら自ずと絞られてくるけど多くないし」

「彼の名前はシリウス――」


 フランが名前を挙げたとき、元魔法師の女は飛び出るんじゃないかというくらい大きく目を見開く。

 それどころかさっきまで列をなしていた人々の声が止んで、シンと静まり返った。

 どうしたのかとフランの顔はこわばる。


「おい。そこの女。今、ヤツの名を挙げなかったか?」


 静けさの元凶である二人の傍に、一人の騎士がやってきた。

 列に並ぶ前に見た門兵とは違う。黒と青を基調とした門兵と異なる鎧をまとっており、顔を覆うフルフェイスはつけていないため、癖のある黒髪が露わになっていた。

 切れ長の目で睨むように二人を見つつ、口調を強める。


「そうだ、そこの赤髪と、はぁ。またお前か。いくら来ても王都に入れないと言っただろ?」

「そんなこと分からないでしょう? 貴方が許可すれば入れるはずだもの。いい加減許可してもいいんじゃないかしら」


 口ぶりからしてどうやら騎士と元魔法師は知り合いらしいが関係性はよくないようだ。


「いくら来てもアンタが今の王都に入る許可を出すことはない。諦めて帰るんだな」

「そうね。家に帰るなら王都に入らないといけないわよね。アタシの家は王都にあるもの。ねぇ?」


 同意を求めていたが、話は平行線のままだ。言葉を返す代わりに騎士は大きく舌打ちをした。


「それよりも。おい、お前。ヤツの名を挙げなかったか?」

「ひゃい!?」


 改めた騎士は、凍てつくような冷たい目でフランを見ると同時に、短剣の先をフランに向けていた。

 突然剥けられた刃に、フランの声は裏返る。

 特注なようで剣には魔力が流れ込んでいて青白く光っている。


「レディにいきなり剣を向けるなんて失礼じゃない? しかも一般の人に。も落ちたものね、アルタイル」

「気安く俺の名を呼ぶな。アンタから斬るぞ」


 威圧する騎士に臆することない元魔法師は、フランの前に入り込むとその刃にそっと指でなでる。するとみるみるうちに剣は光を失っていった。

 何をされたのか理解しているようで、騎士は嫌そうな顔をして鞘にしまう。


「怖い、怖い。行きましょう、小さな魔法師さん。あの人がいる限り、王都に入れそうにないもの」

「でも」

「いいから。ここにいても周りの目を集めるだけよ。いつ牢屋に引っ張っていかれるかもわからないし」


 周囲の人は皆、フランたちを見ている。魔法師だからだけではないだろう。昔向けられた視線によく似ている嫌悪の目だ。口にしなくても言いたいことはわかる。「早くどこかへ行け」そう目が語っている。


 このままここに居座ることで王都に入れるかは怪しい。この騎士が剣を向けてくるほどだ。よほどのことがない限り、フランを王都に入れてはくれないだろう。フランは王都と騎士を何度も交互に見てから十秒。じっと考えてから深く頷いた。

 そして元魔法師に手を摑まれながら、フランは列から抜ける。

 そのあとを騎士は追うことなく黙ったまま見送った。

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