魔法師の祝祭~例え世界を敵にまわしても味方でいたい~
夏木
第1話 王都リストミア
魔法師は、魔法、魔具、使い魔その他魔力に関わる全てをつかさどることによって、魔法知力の向上及び増進に寄与し、魔法をもってして民の健康な生活を確保するものとする
――魔法師法 第一条 魔法師の任務より抜粋
☆☆☆☆☆
フランは空高く大きな高い塀を見上げる。中を窺うことすら出来ない石の塀は真新しく、汚れがない。敵の襲撃がなかったからか、それとも襲撃の前に敵勢力を封じ込めたのか、田舎から出て来たばかりのフランには想像で語るしかない。
外部の侵入を拒み、塀や兵士で強固な守りを固めたこの場所――『王都リストミア』。フランの目的地だ。
その中へ入るための門の前にはフルフェイスの鎧をまとった兵士が、見える範囲に全部で四人いる。それぞれ別々の役割があるようだ。二人は書類を確認していることからも、入国審査に携わっている。残りは圧をかけるように背筋を伸ばして武器を握っていた。
槍、銃、剣、斧。それぞれの武器が朝日を浴びて鈍く光る。血を吸った跡はないものの使い古された長年の傷が強さを示す。
持ち主の彼らがどんな表情をして仕事をしているのかは分からない。何を見て、何を疑っているのかも分からない。
だが、顔が見えずとも不審な行動をするものならすぐに取り押さえられるだろうということは予見できる。だからなのか、門前で悪さをする者はいない。横入りする者も、どんちゃん騒ぎをする者もいない。
ただただ王都に入るために、行儀よく列を作って審査を待ち続ける。
フランは、自分の背丈と比べてほとんど差がない、一五〇センチほどの
前には剣を携えた者から、馬車や荷車まで幅広い人達がざっと数えただけでも二十人はいる。そのひとりひとりの審査にかかる時間は短くない。現に、先頭にいる男が兵士と揉めている。厳格な審査のために、入国拒否されることもあるとは風のうわさで聞いていた。
ほんのわずかな書類の不備ならまだしも偽装することもあるらしい。他にも所持品検査やで怪しい点がひとつでもあれば認められない。賄賂で何とかしようとする者もいるらしいが、その行為自体を罰することもあると。下手に動くより、真面目に審査を受ける方がいい。
厳しい審査。おそらく彼は審査落ちしたのだろう――とフランは気の毒に思う反面、早く列が進んでほしいと焦っていた。
『約束の日』まであと一週間しかない。幼い頃の話だが何度も手紙でやり取りした。フランは魔法師として、約束の日に会おうと誓い合った。
魔法師になるまで、かなりの時間がかかってしまった。おかげで約束の日まであと一週間しかない。早く王都入りして、会うための準備を整えたい。思いっきり可愛い姿で迎えることを望んでいたが、このままでは日が沈むまでに番がくるかどうか怪しいところだ。
フランが困ったような表情を浮かべたとき、背中を押すような優しい風がフランの燃えるような赤髪と、同じ色のワンピースを揺らす。
「ん。今日はいい風だね。そう思わない?」
乱れた髪を手櫛で整えながら声をかける相手は、彼女の傍をフワリと飛ぶ三十センチぐらいの小さなドラゴンだ。
竜といっても、体が細長くはない。身体よりも大きな深緑色の翼を羽ばたかせ、手足の鋭い爪を見せつけながらフランの傍を飛んでいる。
使い魔。
それがこのドラゴンの立場である。
様々な姿形の使い魔が存在する。犬猫や鳥に魚もいればドラゴンもいる。
そして使い魔を連れているということは魔法師であることの証明だった。
使い魔は魔法師と契約する。契約内容は人それぞれだ。互いに納得せねば、契約はなり立たない。
強力な使い魔ほど、契約は重い物になる。
命や魂を求めることもあるし、弱小使い魔なら日々の食事を求めることもある。契約の内容は使い魔毎に異なっていた。
使い魔は魔法師のサポートが主な役割だ。魔法威力増強だけでなく、単独でもかなりの魔力を持っているためその戦力は一軍隊にも匹敵する。
使い魔を連れた魔法師一人いるだけで戦況が大きく変わるのだ。
使い魔を呼ぶだけでも一苦労。
そもそもの魔力やセンス、そして知識を磨いてやっと使い魔との交渉権を得る。
そこまで至るにはまず、魔法師試験に受からねばならない。使い魔がいなくても魔法師にはなれるが『知識だけの魔法師』とバカにされかねない。
資格と使い魔。二つが揃って本当の『魔法師』なのだ。
難易度の高い本当の魔法師人口は年々減少し続け、今では希有な存在だ。
滅多に見ない使い魔の姿。列をなしていた人が何度も振り返って覗き見る。同時に魔法師フランにも目が向けられる。
昔から見た目が派手で目立っていた。情熱的な色と言われれば聞こえがいいが、炎を想像させる色は人々に嫌われた。それでも髪を切らずにいるのは、褒めてくれた想い人がいたからだ。
彼を糧にし、人々の目線から少しでも逃れるようにうつむいた。
「ねぇ、貴方。もしかして魔法師? 杖からしても、魔法師になり立てなんじゃない?」
顔を覗き込むように、しゃがみこんで女性がフランに問う。
まさか視界に人が入ってくると思わず、フランは声が出ずに目を丸くした。
「あら、驚かせちゃった? ごめんなさいね。珍しかったからつい」
「平気です。珍しがられるのはいつものことなので」
アメジストのような瞳に見つめられていると吸い込まれそうだった。とっさに顔を背け、これ以上の会話を拒む素振りをとったものの、女性は口を閉ざさない。
「可愛い魔法師さんね。そんな魔法師さんは、一体どんな目的で王都を目指しているのかしら? 憧れ? それともお金? はたまた、夢とか権力?」
強い口調ではないものの、どうしてこんなに質問されているのか。フランは足を引いた。逃げ出したい、そんな気持ちが大きく膨らんでいく。王都に入る前から不安と恐怖が顔に出ていた。すると。
「グルルルル……」
フランの前に使い魔のドラゴンが唸りながら割って入る。その瞳は、質問攻めをする女性を睨みつけていた。
「立派な使い魔さんね。アタシを敵だと思って貴方を守ろうとしているなんて。まるで小さな騎士ね」
「ジル」
ドラゴンの名を呼べば、応じるように尻尾を一度強く振って、小さいながらも尖った歯をちらつかせる。
これが人間よりもずっと大きい本来のドラゴンであれば、恐怖を抱くだろう。しかし、フランの使い魔であるジルは腕の中に収まるほど。だから女性はジルにほほ笑むだけだ。
馬鹿にされている。
そう受け取っても仕方が無い。ジルが尻尾を使って女性に攻撃をしかけようと勢いをつける。
「ダメ、ジル!」
「ギャウ」
フランがジルの体を両手で掴み、腕の中におさめる。するとジルは、借りてきた猫のように大人しくなるのだった。
「ごめんなさい、その子を怒らせちゃった。使い魔が懐かしかったから、つい手を出したくなっちゃったのよ」
「懐かしい? もしかして魔法師なんですか?」
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