第3話 朔様
朔様は不思議な人だった。彼は目が見えないとは思えないほど、偉そうな態度をとった。それはただ高圧的だとか、わがままだとかいうわけではなく、人に命令することが当たり前であるような態度だった。
彼は、何一つとして自分でやろうとはしなかった。着替えや食事など、目が見えずとも自分でできることはあるはずなのに、一から十まで人にやらせた。彼は常にベルを携帯していて、少しでも何かあればすぐにベルを鳴らした。ベルが鳴れば、他の作業をしていてもすぐに飛んでいかなくてはならない。
始めは、落伍者である私が気に入らず、嫌がらせをしているのではないかと思った。しかし、彼の態度は健常者である女性に対しても変化することはなかった。彼がこんな振る舞いをするのは、彼が幼い頃からここで育ち、世間での自分の立場が分かっていないからなのだろう。
美しい容姿と相まって、そんな態度が似合わなくもないのが、また憎らしいのだった。
あっという間に一週間が経ち、女性は屋敷を去った。屋敷の仕事をするのが私一人になっても、彼の態度が変化することはなかった。彼からしてみても、私の負担が増えているのは明白なのにだ。負担の増えていく日々に私の苛立ちは高まっていくばかりだった。
その日は特に忙しくて、私の苛立ちは最高潮に達していた。だからつい、少し意地悪をしようと思ってこう言った。
「朔様は、自分が世間ではどのような存在なのかご存知でないんでしょうね」
当然知らないだろうと思っての発言だった。しかし、彼はあっけからんと答えた。
「もちろん、知ってるよ。『第一落伍者』でしょ」
「知っているのに何でそんな態度が取れるんですか?」
淡々とした彼の声に苛立って、私は思わず畳み掛けるように言葉を続けた。
「少しでも役に立とうとは思わないんですか? 他の落伍者たちがどんな生活をしているのか知らないからですか?」
「いや、知っているよ」
「なら、なんで……」
「だって、おかしいじゃないか。僕が生まれてくる少し前までは、咎められることは無かったのに、急にいけないことになるなんて」
ガンと頭を殴られたような気がした。今まで見ていた世界が一瞬にして、全くの別物になったかのようだった。
両親と兄との楽しい生活、それを手放さなければならなかったのは、当然のことではなかったのかもしれない。今まで自分のせいだと思っていた自分の境遇も、自分に責任は無かったのかのしれない。そう思うと、肩の荷が降りたような気がした。
その日から、朔様は私の神様になった。
朔様のために働くことは、全く苦痛では無くなった。朔様が私にくれたこの世界に比べたら、どんなに尽くしても足りないくらいだった。
朔様と暮らし始めて、一年と少しがたったある日のことだった。私と朔様は屋敷から出ることは許されず、生活必需品も夜のうちに所定の場所に置いてあるなど、徹底的に外との接触を断たれていた。ただ、私は月に一度朔様のお家から使いが来て定期報告に行くことになっており、その時には、朔様に頼まれたCDやリクエストされた料理を作るための食材などを買うことが出来た。
だから私は、この日も朔様から欲しい物を聞き、定期報告に向かった。
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