第2話 仕事
部屋に置かれたソファーには、一人の少年が座っていた。年は十四、五歳くらいだろうか。抜けるような白い肌、光に透けるサラサラの金髪、百人中百人が美しいと答えるような整った顔立ち。そんな女性に向けるような誉め言葉がいくらでも出てくるような容姿をした美少年。しかし、その両の瞳には光はなく、ぼんやりと空を見つめている。目が見えていないのだろうか。そこまで考え、訳が分からず頭が真っ白になった。
目が見えないということは、この少年は私と同じ落伍者、それも第一落伍者であるはずだ。なのに、健常者であろう女性に様付けで呼ばれ、主人のように扱われている。常識を疑うような目の前の光景に思考が停止する。
「瑞希さん」
「はっ、はい何ですか?」
いつの間にか少年の横に移動していた女性からいきなり声を掛けられ、慌てて返事をする。
「今日あなたに来てもらったのは、あなたに仕事を頼むためです」
「仕事、ですか?」
思いもよらない女性の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「あなたには明日から彼の身の回りの世話や、この屋敷の仕事をしてもらいます」
「あの……彼というのは……?」
もしかしなくても目の前の少年のことだろうか、と思い恐る恐る質問する。すると、少年が初めて口を開いた。
「初めまして。僕は
知りたかったことは何もわからなかったが、ともかく、彼というのはこの少年のことで間違いないだろう。本来ならば第三落伍者である自分よりも身分の低いはずの第一落伍者の少年、その世話を頼まれているという事実に理解が追い付かない。私が混乱している間にも先生と女性は少し話を交わし、あっという間に明日以降の仕事の契約が交わされた。
帰りの車の中でも質問ができる雰囲気ではなく、ダメ押しの様に先生から「あなたにこんないい仕事が見つかるなんて本当に良かったわ」と言われてしまえば、もう何も言うことは出来なかった。
次の日、私は早朝から車に乗り、今度は一人で昨日の屋敷へと向かった。昨日と同じように出迎えてくれた女性とともに、屋敷の中へと入っていった。昨日とは違う部屋へ通され、私は女性から仕事内容について説明を受けることになった。
「昨日も言ったと思いますが、瑞希さんにはこれからここで朔様の身の回りの世話や、屋敷のことをしていただきます。朔様は目がお見えになりませんので、日常生活のほとんどすべてに手伝いが必要です。ですので、最初の一週間は私と一緒に働いて仕事を覚えていただくことになります」
「待ってください! それはつまり、一週間経ったら私一人で仕事をするということですか?」
「そうなります」
彼女は何でもないことの様にうなずいた。私は思わず、そんな馬鹿な、と叫びだしそうになった。こんな広い屋敷の管理と盲人の世話などという仕事が一人でできるはずがない。
「それに、彼は第一落伍者ですよね? なんで……」
第一落伍者である彼は施設に入れば最低限の衣食住を保証されるはずであり、わざわざ人を雇ってこんな屋敷で暮らす必要はないはずだった。
「それは奥様、つまり朔様のお母様の意向です。朔様のご両親はかなりの資産家でいらっしゃいます。元々家名に傷が付くことを防ぐために、秘密裏に施設に預ける予定だったのを、奥様が初めてのお子様である朔様を施設に預けるのを嫌がったので、使用人とともにこの屋敷にひそっりと住ませていたのです。しかし、施設への収容が半強制的になってきたことや、妹君様がお生まれになったことで、奥様も考えをお変えになりました。とはいえ、今更朔様を施設に預けては目立ちすぎます。そこで落伍者であるあなたに朔様のお世話をしていただくことになったのです」
ひとまず、なぜ自分が雇われたのかは理解できた。完全に納得できたわけではないが、いくら仕えることになる人物が第一落伍者であるとはいえ、落伍者である私に健常者の決めたことに対する拒否権はない。私は女性に仕事を教わりながらここで仕事を始めることになった。
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