純白の花

鹿瀬琉月

第1話 出会い

瑞希みずき、午後出かけるから支度をしておいて」

 先生の言葉に私は目を見開いた。今までこんなことは一度だって無かった。外出は基本的に禁止されていて、他の人が出掛けているところも見たことがない。外に行く人を見るのは、その人がここから出て行く時ぐらいだった。かくいう私もここに来てからは一度だって外に出たことはない。先生はそれ以上のことを私に話すつもりは無いらしく、忙しそうに立ち去ってしまった。呆然としていたのは私だけではなく、周りにいた幼い妹や弟たちも同じだったらしい。普段はうるさいくらい賑やかな部屋が、一瞬不気味なほど、しんと静まり返った。

 一拍後、私は妹、弟たちに質問攻めにされることとなった。最も、妹、弟たちと言っても血のつながりはない。私が住んでいるここは、孤児院だからだ。

「お姉ちゃん、お外に行くの?」

「何しに行くの?」

 そんなことを聞かれても私も何がなんだかわからない。幼い兄弟たちの質問攻撃から逃れるように顔を逸らすと、ふと部屋の隅に置かれた鏡が目に入った。鏡に映った私の顔には、大きなアザがある。私がこの孤児院で暮らしているのは、他でもない、このアザのせいだった。


 

 私がここに来たのは三歳の時だった。それ以前は普通の家族と同じように、街の小さな家で両親と兄と一緒に暮らしていた。顔のアザは生まれつきだが、記憶の中の幼い私はそんなことは気にせず、普通の子供と同じように暮らしていた。当時はまだ、私のような人でも普通に暮らすことが許されていた。

 事情が変わったのは、政権が今の政党に移ってからだ。きっかけは旧政権の大規模汚職事件。旧政権反対派だった政党までもを含むほぼすべての政党が関与していた国家レベルでの大規模汚職、それを暴いたのが今の政党だった。今の政党は国民のヒーローとして一躍有名になり、元々弱小政党だったのが、一気に九割越えの支持を集めるようになった。その後、政権が変わり、一番最初に行われた政策が、私たちのような人を普通の人と分ける法律の制定だった。普通の人を健常者、普通でない人を落伍者と呼び、落伍者の人権を否定した。政党曰く、「落伍者は普通の人としての欠陥部分があるため、人とは呼べない」ということだった。この常識を大きく変えてしまう法律の制定に、しかし、反対する人はほとんどいなかったらしい。ヒーローである政党の政策に間違いなどあるはずない、というのは施設の先生から繰り返し聞かされてきたことだ。

 落伍者はその欠陥の程度に合わせて第三から第一落伍者に分けられる。第三落伍者は見た目の欠陥、第二落伍者は自分のことを自分で行える程度の身体の欠陥、そして、第一落伍者は自分のことをするのにも手伝いが必要であるような身体の欠陥という区分だ。生まれつき顔にアザがある私は、第三落伍者と区分された。落伍者は労働力になるべく、政府の作った専用の施設で働くようになった。私の暮らしている孤児院もその延長として子供の落伍者を将来の労働力として育成するための施設だ。最も、施設に入ることは強制ではなく、数は少ないが個人に使え、奴隷のような立場で働く落伍者もいる。しかし、普通の仕事をすることは出来ないうえ、施設では落伍者を一定以上の金額で買い取っているため、ほとんどの落伍者は施設に入っていた。



 先生に連れられて、外の見えない車に乗ってから一時間ほどが経った。車を降りるとすぐに大きなお屋敷が目に飛び込んできた。巨大な扉の前には、一人の女性が立っている。

「ようこそお越しくださいました。中へどうぞ」

 いかにも使用人、という格好をしたその女性はそう言うとくるりと背を向け、屋敷の中へ入っていった。続いて中に入っていく先生に、私も慌ててそれを追いかけた。

 女性は屋敷の奥の方の部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。奥から「どうぞ」という返事が返ってくる。その声はかなり幼い少年の物のように聞こえ、私たちを待っている人物とは子供なのだろうか、と怪訝に思った。女性がドアを開け、私は先生と一緒に部屋へ入っていった。

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