第25話 ぶつかり合い
「うう……」
愛娘に罵声を浴びせられて魂の抜け殻となっていた二ノ宮久はフラリと立ち上がる。
「し、しかし……」
「??」
「それでもわたしは……翠、お前が心配なのだ……」
恐るべき鋼のメンタル。流石大きな会社のトップをやってるだけはある。
「……」
翠も父親の切実な思いを聞いてバツの悪そうな表情を浮かべる。
そして久はギロリと亮太達を睨み付ける。
「キミ達の言いたいことは分かった。だが……」
「写真」
「!」
先程交渉を有利に進めるのに役に立った魔法の言葉を亮太は身を切る思いで再度使用。今ここで押し切りたい。久は脂汗を浮かべるが、
「そんな脅しには屈しないぞ……! わたしは娘が幸せになる為には変態の名であろうと背負って生きていく覚悟だ……!」
変態の父親の存在そのものが娘を幸せから遠ざけるのではないかという至極真っ当なツッコミを口にするのも憚られる迫力である。それに実際この写真は誤解に過ぎない。亮太はもうこんなせこい手は使えないと判断。
寧ろ、久の心配を取り除くことこそが今求められている様な気がする。ならば、
「大丈夫ですよ。実際、二ノ宮さんと俺が付き合ってからは二ノ宮さんは俺に催眠術を使われた被害者としてむしろ同情されているんですから」
「全く安心できないんだが……」
……確かにそうだ。その通りだ。
亮太は久からの至極真っ当なツッコミを前に二の句を告げられない。久と目が合うと彼の目は真剣そのもの。亮太はそれを見て、1つ決断をして、翠の方を見る。
「……?」
目が合った翠は何かと怪訝そうに首を傾げる。亮太は目で先に「ごめん」と謝っておく。
「おっさん。1つ謝らなければいけないことがあります」
「……1つどころでないような気がするが、何だね?」
「二ノ宮さんと俺は別に付き合ってないです」
「……は?」
「え、ちょっ――」
「俺は二ノ宮さんに脅されて、彼氏のフリをしているだけなんです」
翠の反論が出る前に遮って勢いそのまま話し続ける。ここから先は何も考えなどない。
「二ノ宮さんが何でそんな素っ頓狂なことを俺にしてきたのか分かりますか? それは俺をボディーガードのようなものにして嫌がらせから身を守るためなんです」
「そんなことならわたし達を――」
「本当にそう思いますか? 脅迫されたその日に二ノ宮さんが教えてくれましたよ。家の人には頼れないって」
「!」
久だけでなく、他の黒服達もショックを受けた様子。翠だけがたまらずに飛び出してきて亮太の肩を掴む。
「ちょっと円谷君、いい加減にして!」
「ッ! いい加減にするのはそっちだろ!」
「!」
亮太の剣幕に翠はたじろぐ。
「確かに二ノ宮さんのお父さんが言ってることは過剰だ。だけどな、この人が……いや、この人達皆が二ノ宮さんを心配しているその気持ちは本物だ。なのにこっちばかり嘘つくのはフェアじゃないだろ!」
「ッ! ……いつも卑怯な手使うくせに!」
「ぐぬ……!」
それを言われると弱い。だけど亮太も引く気はなかった。いつもは間違えてばかりだがこれに関しては自分は間違えていない。それについては確信があった。
「二ノ宮氏、これについてはオレも亮太と同意見ナリ」
「アタシも……そのお父さんと話し合った方が良いと思う」
「う……」
亮太だけでは頑なだった翠も2人が加わったことで少し勢いが衰える。
「二ノ宮さん、まずは本音で話し合ってみろよ。それでもダメだっていうなら俺達はどんな手を使っても味方するから」
亮太がそう言い切ると翠は目を大きく見開く。
「……本当に?」
「ああ」
亮太が頷くのに続いて琉と花梨も同様に力強く頷く。
「………………分かった」
かなり間は空いたものの、翠はやがて頷く。そして、父親達の方へと振り返る。
「お父さん、話がしたい」
「……分かった」
翠の真剣な眼差しと申し出を受けて久も厳かな雰囲気ではあるものの、頷いてくれた。
「わたしと翠はこれから話してくる。悪いがキミ達は今日のところは帰ってくれ」
久の言葉と共に、久遠がこちらへ頷きかけてくるのでそれに頷き返し、帰ろうとしたところで
「円谷君」
と呼び止められた。呼び止めたのは他でもなく翠だ。
「花梨ちゃん、小笠原君。……ありがとう」
そう言って翠は頭を下げる。
「マジか……」
傲岸不遜を地でいく二ノ宮翠が頭を下げたのだ。亮太が思わず声を漏らしたのも無理はない。琉も花梨も同じように驚いている。
「翠ちゃん、今度はちゃんと話してよね!」
「また何かあったら気軽に相談するナリ」
2人がそう言い終えると亮太の方をじっと見る。翠も何かを期待したような目だ。
「まあ……そのなんだ、無理しないでな」
我ながら気の利いた言葉が出てこない。
でもそんなチープな言葉に対して、翠は花が咲いたような笑顔を見せる。
「……うん!」
「……」
これだからやりづらい。
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