第23話 侵入

 善は急げということで翌日の学校を待たずに亮太は琉と花梨を連れ立って、二ノ宮家へ。

 3人は二ノ宮家の大きな門の前で立ち尽くす。

 「来たはいいけどよ、こっからどうやって入る?」

 そう言う亮太に対してお供2人は首を傾げる。

 そのリアクションも止むを得ない。何故なら二ノ宮家はその大きな門から分かるように立派なお屋敷。まだちょっと日が沈み始めたくらいの時間にも関わらず、見張りと思われる屈強な男達がウロウロしているではないか。こんなところに馬鹿正直に飛び込んでは翠に会うどころか下手したら始末されかねない。何せ相手はいきなりクナイを投げてくる家政婦がいる家なのだ。

 「やっぱり翠ちゃんに会いにきた……って言っても通して貰えなさそうだね」

 「少なくとも二ノ宮氏に確認はしに行くナリな……」

 この過剰とも言える見回りも過去の翠の苦い経験からくるのかもしれない。そう思うと亮太は軽く唇を噛む。

 「……いや、逆にこれだけ人数が多いのは好都合かもしれない」

 「え……どういうこと?」

 亮太の言葉に怪訝な表情を向けたのは花梨。

 「まあ、見てろって」

 亮太は得意げにそう返すや否や、すうーッと大きく息を吸い込み、

 「うわああああ! ち、痴漢だあッ!」

 大声を張り上げる。

 「え……ちょっと!」

 「……そういうことナリか」

 混乱する花梨に対し、流石親友だけあって琉は理解が早い。亮太はそんな2人を物陰に誘導。そして、

 「おい、来たぞ! 痴漢はどこだ!?」

 と騙されてるとも知らずに駆け付けてきた黒服3人。亮太はその姿を確認するや否や素早く近寄る。流石訓練された者達だけあって亮太の接近には気が付いたものの、ここまで騙し討ちに躊躇がない相手にはもう遅かった。

 「ぐえッ」「ぎゃんッ」「ひでぶッ」

 姉の麻希からの見様見真似の恐ろしく速い手刀で3人の意識を瞬時に奪う。

 「よしッ! 琉、この人ら運ぶの手伝ってくれ」

 人の意識をものの見事に刈り取り、手をぱんぱん叩きながら一仕事終えた表情を浮かべる亮太。

 亮太は友人に頼み込みながら自らも黒服の1人を物陰に運び込む。やってることは完全に犯罪そのものだがやってしまった以上は引き返しもできないし、これ以外に手段が思いつかないうえに殺しをしたわけでもない。そう無理矢理自分を納得させたかの表情で琉もそれを手伝う。

 「……」

 花梨は完全に呆然としているが、これが所謂普通のリアクションである。

 「よし、後は分かるよな? 別のやつが様子見に来る前に着替えるぞ」

 さも当たり前の様に言う亮太はまるで前世は盗賊だったのではないかと思うくらい手際よく黒服の男達をただの男達へとしていった。



 花梨が亮太と琉の前で着替えるのを戸惑ったりというトラブルはあったものの、何とか着替え終えた。(幸い黒服達は皆体格が良かったのもあって制服の上からでもサイズ的には余裕だった)

 始末した黒服達はとりあえず縛り上げておくことにした。とりあえずでこういったことを実行できるのも亮太が亮太たる所以だが、最早琉も花梨も何も言わなかった。なーに、いくら気温も高くなってきてるし、短時間であれば大丈夫さ。と亮太は申し訳程度に自分達の制服の上着やらを被せておく。

 「さて、行くか。……っとこれも忘れちゃいけないな」

 亮太は元黒服、現在パンツ一丁の男達から容赦なく更にサングラスを拝借。1人1つ装着して、あたかも見回りから戻ってきた風で門をくぐる。すると、やはり話しかけられる。

 「おい、大丈夫だったか?」

 サングラスに覆われた目からは、こちらの正体を疑っているかどうかは読めない。

 「ああ、この屋敷が物珍しかったんだろうな。ただの通行人だったよ」

 「そうか。何か『ぐえッ』だの『ぎゃんッ』などと聞こえてきたような気がしたんだが」

 「猫がいたので追っ払っておいた」

 「……そうか、動物には優しくな。……ところで気のせいか分からないが、皆何か縮んでないか?」

 「「!?」」

 2人が明らかに動揺したのが後ろを振り返らずとも分かった。

 花梨は当たり前だが、小柄で細身の琉も先程駆け付けてきた黒服に比べればかなり華奢だ。怪訝に思うのも当然である。

 「……それ、セクハラだよ」

 「なにッ……!?」

 年々厳しくなるコンプライアンスについての指摘を受けてリーダー格とも思われる男の表情が焦りに染まるのがサングラス越しでもわかった。

 〇〇ハラスメント。職場内や家庭の中で無神経な言葉や行動で相手を傷付ける行為のことを総称してこのように呼ぶ。人格等に関することであればモラルハラスメント。消費者側がお店や会社に無茶な要求を突き付けることをカスタマーハラスメント。性的な話題や強引なアプローチ、体型に関することをセクシャルハラスメントといった具合でかなり多岐にわたる。

 名称が長くなりがちなので頭2文字とハラスメントのハラを取って〇〇ハラと呼ばれることが多い。

 これらの言葉が浸透したことによって、労働環境が改善されたという声もある。その一方で今まで気軽にしていたことがよもやハラスメントになってしまうのではないか、と危惧する上司もいるとか。(特にセクシャルハラスメント――略してセクハラは恐ろしいことに「髪切った?」という何気ないひと言ですら相手が不快に感じれば該当し、処罰される可能性があるとのこと)

 どうやらさっきから話し掛けてくるこの男もその様だ。恐らく元来は気の良い人物なのだろう。だが、そういう人物こそ狙い目である。

 「……いや、その……すまない。そういうつもりはなかったんだ」

 セクハラを盾に好き勝手するという卑劣極まりない戦術により亮太は恐らく自分の倍以上は年齢を重ねている男に頭を下げさせることに成功した。

 「まあ、良いってことよ」

 完全にただの鬼畜である。ちなみにこの状況、どう考えても黒服3人を襲撃して衣服を強奪した亮太サイドが悪なのは忘れてはならない。その事実をしっかり認識している琉と花梨はペコペコと頭を下げて恐縮。

 だがクソ真面目なこの黒服のリーダーはそれを謙遜とでも受け取ったのか「本当に申し訳ない」と深く深く頭を下げる。

 「まあまあ切り替えていきましょうや」

 最も蛮行に手を染めた亮太は全く悪びれずにそう言うのであった。



 「翠ちゃんの部屋はこっちの方だね」

 無事二ノ宮家のガードマンに成りすますことに成功した亮太達だったが、次なる問題は翠の部屋を見つけなければならないことだった。家の中を自由に行き来できるようにはなったがまさか翠の部屋の場所を尋ねるわけにもいかないし、こんな馬鹿デカい屋敷の部屋ひとつひとつを片っ端からあたっていくというやり方も合理的ではない。

 だが、ここで役に立ったのは花梨。彼女は好きな人――つまり翠の場所を嗅ぎ当てるという変態じみた能力によって探し当てることができた。そういえばこの前も屋上でそんなこと言ってた様な気がする。

 「キタ! ここの2階だね。翠ちゃんの匂いが1番強い」

 花梨はツンと高い鼻をひくひく動かすと確信を持ってそう言う。

 先程のセクハラ疑惑もあり、亮太達3人は自由に行動することが許された。なので今この近辺には亮太達以外は誰もいない。

 「すごいナリな」

 「ああ、まるで警察犬みたいだな」

 「誰が犬よ!」

 花梨の平手打ちを亮太はひらりと躱す。変態と言わないだけ有り難く思って欲しいものだ。

 「……ところで二ノ宮さんの匂いってどんな匂いなの?」

 興味本位で聞いてみたが、花梨はゴミを見る様な目で亮太を射抜く。

 「……変態」

 「……」

 お前にだけは言われたくない! と猛抗議をしたいところだが、間違えたことを言われているわけでもないので亮太はその罵倒を甘んじて受け入れる。

 「それよりも2階となると、ここから入るわけにはいかないナリ。ちょっと面倒だけどこの位置を覚えて中に入り直すナリか?」

 「それも考えたけど、やっぱり中から行くのは危険だと思う。久遠さんが居る可能性が高いし、あの人の勘は相当利く」

 「そんなにナリか……」

 まあこれも俺の勘だけどな、と亮太は付け足しながらも何となくの確信はあった。

 「うん。そこで俺に考えがある」

 「考え?」

 「コイツを窓にぶつける。そうすれば中に二ノ宮さんがいれば気が付いてもらえるだろ」

 亮太はそう言って手近にある小石を1つ手に取る。

 「ええ……大丈夫それ? 窓ガラス割ったりしない?」

 花梨は不安いっぱいといった表情。

 「大丈夫。大体今どきの金持ちの家の窓は銃弾でも貫通できない強化ガラスで出来ているらしいし、そんなに強く投げるつもりもないぞ。あくまで二ノ宮さんに気が付いてもらうことが目的なんだから軽くぶつける程度だ」

 「金持ちの家の窓事情なんて初めて聞いたけど」

 「大丈夫(バトル漫画で見たから)間違いない。俺を信じてくれ」

 「う、うん……」

 亮太が花梨の目を見据えて真剣にそう言うと花梨はやや頬を赤らめて納得。佐倉花梨、チョロさは相変わらずである。

 「じゃあ亮太任せるナリが、くれぐれも別のところにぶつけないようにナリな。良いナリか、絶対に別のところにぶつけちゃダメナリよ! 絶対ナリよ!」

 「おい、止めろよ! すげープレッシャーになるだろ!」

 琉のフリの様な煽りに亮太は激しく動揺。

 円谷亮太、図太いものの、プレッシャーには案外弱かったりする。

 「よ、よーし! 投げるからな! 投げちゃうからなッ」

 一体誰に向けてなのか。亮太は高らかに宣言すると共に小石を右手で握り込み、大きく振りかぶる野球でいうオーバースローの様なフォームを披露。正直、窓ガラスに小石を当てる程度で有れば振りかぶる必要もない筈。亮太はこの辺りから既に冷静ではなかった。

 「いっくぞー! ボールを相手のゴールにシュウウウット!」

 「超エキサイティング!」

 亮太の気合いの掛け声に琉はノリ良く合いの手を入れる。

 そして、いよいよ軸足となる左足を斜め前に踏み出したその瞬間。その左足はしっかりと地面を掴まなかったことによって、亮太は思いっきり足を滑らせた。

 「ほえ?」

 カードキャプターの様なリアクションと共に亮太は崩れたバランスそのまま勢い良く石を放る形に。そして、

 ――ガシャーンッ!!

 ものの見事に翠の部屋(と思われる)の窓を破壊。

 「「「…………」」」

 地面にすっ転んだまま自ら作り出した悲惨な光景を目の当たりにした亮太はとりあえず立ち上がり、借り物である黒服に付着した汚れをパンパン払う。

 「……ふう」

 「「いや、『……ふう』じゃない(ナリ)!」」

 「だってよしょうがねえじゃん! 現実逃避の1つもしたくなるよ!」

 「……何やってんの」

 「「「!」」」

 頭上から聞こえてきた声に3人は反応してそのまま見上げる。そこに居たのはこの屋敷の――ここから2階に位置する部屋の主である二ノ宮翠。たかだか数時間ぶりだというのに凄く久しぶりな気がする。

 翠は珍しく驚きを全く隠せていない。その形の良い大きな瞳を真ん丸に見開いている。驚くのも無理はないが、今はせっかく会えたのだから目的を果たさねば。

 「聞いてくれ二ノ宮さ――」

 「賊はここかあッ」

 亮太の声を掻き消したのは次々と現れる黒服達の足音と怒号。

 亮太達は感動の再会を味わう間もなく取り囲まれてしまった。

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