第22話 三人寄れば文殊の知恵②

 あれからすぐに亮太は保険医に帰宅する旨を告げた。死の淵から蘇った亮太を見て保険医はまるでモンスターを見るかの様な目を向けてきたが、気にしている暇はない。

 亮太、琉、花梨の3人組は作戦会議をするべく、ファミレスに集合。各自ドリンクバーにて手にしたドリンク片手に会議が始まる。

 「それではこれから作戦会議を始める」

 「「おー!」」

 亮太が碇ゲンドウポーズでそう告げると、案外2人はノリノリ。先程本音をぶつけたからか亮太にとってもこの2人とのこの空間が心地良い。早くあの偽彼女ともそう戻りたいところだ。改めて気合を入れ直す。

 「まず会議を始めるにあたって目標と今の現状を共有しておきたい」

 「おお、なんかデキる人っぽい……」

 テキトーな亮太の言動に花梨は感心した様子。正直悪い気はしない。

 「ぽいじゃない。俺は実際にデキる男なのだよ。佐倉君」

 「うわ、うっざ……」

 感心したかと思えば即座に罵声を浴びせるこの切り替えの早さ。自分も見習わなきゃならない。

 「まず目標は俺と二ノ宮さんが話し合う場を設けることだ」

 「何だかそれだけ聞くとエラく簡単に聞こえるナリな」

 琉の相槌に花梨も同意なのかウンウン頷く。亮太もその点は同意だ。しかし、

 「そして現状。LINE、電話、メール全てシカト、もしくはブロックされてる。そして先程正面突破を図ろうとした結果、俺はヤムチャすることになった」

 「「…………」」

 楽観ムードが一転、まるで定期テスト前の様な重苦しい空気となった。

 「翠ちゃん思ったよりお冠なんだね」

 「それだけショックだったナリな……」

 「おいおい、俺を責めるなよ? ……いや、マジで頼む、そんな目で俺を見ないでくれ!」

 亮太は2人からのジトっとした視線を浴びたことでかつてドッジボールで誤って同級生の女の子の顔面にボールをぶつけてしまった時のトラウマを思い出した。

 「こほん……。目標はかなりシンプルなんだが、正面突破はかなり厳しい」

 亮太の説明にあの凄惨な場面を目の当たりにしていない花梨はいまひとつ納得がいっていない様子。

 「本当にそうなの? 翠ちゃんの力がいくら強いといっても例えばわたし達3人がかりでいけば――」

 「悪いことは言わない。やめておけ」

 亮太は食い気味に花梨の提案を拒絶。

 「宇宙の帝王フリーザに対して、ウーロン、プーアル、ブルマで立ち向かうようなものだ」

 「さっきからそのドラゴンボールの例え微妙に分かりづらいんだけど……って師匠!?」

 やはりピンときていない花梨は敵に気圧されているクリリンの如く顔を青ざめてブルブルと震える琉の様子を見たことでその作戦の無謀さが分かったらしい。「とりあえず分かった」と自分の意見を仕舞い込む。

 「それじゃあ円谷は何か考えはあるの?」

 「よくぞ聞いてくれた。正面突破が難しいなら搦め手しかない。幸い俺は二ノ宮家とコネクションができた。そこでだ。二ノ宮さんの父親かもしくは家政婦の久遠さんを上手く騙して誘拐。なーに奴らは昨日俺を襲撃した負い目があるし、『二ノ宮さんを説得する材料ができた』とでも言えばノコノコついてくるだろ。奴らを人質にして二ノ宮さんとの交渉材料にするってのは――ってちょい待ち? 何でスマホ取り出したの? 俺の目が節穴じゃなければ、ポリスマンに連絡しようとしてない?」

 卑怯極まりない亮太の提案に2人の友人はドン引き。催眠術疑惑が出てくるのも無理はない。亮太は渋々自分的にはナイスなアイデアを取り下げる。

 「亮太の手段は明らかにやり過ぎナリが、二ノ宮氏を話を聞かざるを得ない状況にするって考え方は良いと思うナリ」

 「ふむ……」

 流石親友。亮太の提案の数少なすぎる優れた点を拾い上げてくれた。そしてその言葉が亮太の脳に閃きが!

 「……分かった! いくら力が強くても火には勝てない! 二ノ宮さんの家に火を点けて家から出てこざるを得ない状況を作れば――え、これもダメ?」

 かのシャーロック・ホームズに倣った頭脳的な作戦なのに何故か2人は犯罪者を見るかのような目を向けてくる。――俺またなんかやっちゃいましたか?

 「亮太、完全にマヒしてるナリ……」

 「わたし達がいて良かった……」

 翠との偽装交際を始めて以来、何度も生命の危機にさらされ続けた経験によって亮太はかなりの武闘派になっていたようだ。

 「そもそも翠ちゃんが引きこもっているわけでもないでしょ」

 「暴力は駄目ナリよ」

 割と翠からも花梨からも理不尽な暴力を受けている気がするあたり腑に落ちないが、仕方あるまい。亮太は「ボウリョクダメ、ゼッタイ」という合言葉を頭の片隅に入れておく。

 亮太が今更なインプットをしていたら、今度は花梨がピンと指を弾く。

 「あるよ! 女子ならではのやり方! 翠ちゃんも多くの女子の例に漏れず、スイーツが好き! だから限定スイーツとかで釣ればイケるよ!」

 「「……」」

 動物園じゃないんだからよ……。

 ある意味コイツが一番翠を馬鹿にしてるんじゃないだろうか。

 アホだけど空気は読む女である花梨は2人の微妙な表情をすぐに感知。

 「ダメ……だよね?」

 本人的には会心の案だったらしい。明らかに落ち込んでいた。

 「でも二ノ宮氏にとってメリットを指し示すのも大事ナリな」

 相変わらずフォローが上手な琉は良かったところをピックアップ。確かに脅迫の様な形で出てきても関係が悪化しては意味がない。

 「うーん、二ノ宮さんにとってメリットや意味があって且つ、出てこざるを得ない状況にする、か……」

 口にしてみるとその難易度が高いことに改めて気付かされる。

 亮太のその考えが伝播したのか、琉も花梨も難しい表情で沈黙。しばらく沈黙が続いた後、

 「とりあえず黙っててもアレだし、色々話そうナリ。二ノ宮氏の好きなものという着眼点は良いと思うナリ。ブレストするナリ」

 「「……え、ブレスト?」」

 琉の提案に対して見事にハモり目をパチクリさせる2人。

 ブレストとはブレーンストーミングの略で、会議や議論の進め方の1つ。相手の言ったことを否定しないのがルールである。これによって自由闊達な意見が飛び交う様になるらしい。

 ということを琉が説明すると、2人は内心では深く感心しながらも「隣にいるこの馬鹿には負けたくない」という無駄な意地から「ああ、そういえば聞いたことあるな」という表情。

 琉はその辺も全て察した様子ながらも2人よりは精神年齢が遥かに大人なので穏やかな表情そのままに「それじゃあ始めるナリ」と場を仕切る。亮太は進行役を見事にかっさられたことにまだ気が付いていない。



 『二ノ宮翠の好きなもの』というテーマで行われたブレスト。琉は自らルーズリーフを用意して、書紀と進行役を回す。

 自由闊達に意見を出すだけの1番楽なポジションに収まった亮太と花梨の2人が主にどんどん意見を出していった。

 ルーズリーフに書き込まれた内容は以下の通りである。

 ・暴力(R)

 ・脅迫(R)

 ・人の不幸(R)

 ・人の弱み(R)

 ・スイーツ(S)

 ・食べ物(S)

 ・自分(二ノ宮翠自身のこと)(R)

 ・美容(S)

 ・スポーツ(S)

 ・男を手玉に取ること(R)

 ・人を籠絡すること(男女問わず)(R)

 

 本当に色々な意味で好き放題である。

 ちなみに(R)となっているものは亮太から出た意見で、(S)が花梨からの意見である。途中からルーズリーフに書き写す琉の表情が罪悪感に塗れていた様な気もするが、ブレストを良いことに亮太は好き放題。だが、ここから得た成果といえば亮太の鬱憤を晴らしたことくらいで他には何も得ることができていない。花梨も「コイツサイテー」って顔で見てくるが気にしないことにする。

 亮太を見ていた花梨が「あ、そうだ!」と言うや否や、

 「円谷」

 と亮太の名を呼ぶ。

 「あ? なんだ?」

 「いや、そうじゃなくって翠ちゃんの好きなもの」

 「……え」

 そういえばさっきもそんなこと言ってたっけ。

 「いやいや待てよ。それは友達としてだろ」

 ふん、さっきと同じパターンで揶揄うなんていくら何でも甘く見過ぎだぜ?

 しかし、亮太からの反論を受けても花梨は何も言わずに亮太の目を見据える。

 一体どういうことだってばよと琉の方へ助けを求めると、琉は何故か深く納得した様子。

 「え、ちょっと……どういうこと?」

 亮太が問い掛けると琉は一度軽く咳払いをすると、眼鏡をキランと光らせて亮太を見据える。

 「二ノ宮氏の好きなものの大半は彼女自身に関わるものだったり、他人が介在しなくても手に入るものが多いナリ。何故なら彼女の家はお金持ちだからナリ。でもその中で自力で手に入れることが困難なのが亮太ナリ」

 「……でもそれだったら琉や佐倉さんだって同じことが言えるだろ」

 亮太の反論に一種逡巡したものの琉はゆるりと首を横に振る。

 「結局彼女と揉めたのは亮太ナリ。オレ達は確かに亮太を通して出来た繋がりといえども別に今関係が悪くなってたりしない、ここが大事ナリ」

 「……まあ、そうかもしれないけど、だからって俺で釣るにしてもどんなことをすれば良いんだ?」

 「……亮太、あれこれ小細工を考えるのはナシにしないナリ?」

 「……え」

 この話し合いに根底を覆しかねない発言に亮太は目をパチクリ。

 「二ノ宮さんはああ見えてかなり賢いナリ。下手に小細工しても見抜かれるし、そうなれば状況が悪化しかねない。だったら亮太が誠心誠意謝った方が心に届くナリよ」

 「……ちょっと待って? 俺ついさっきそれでヤムチャしなかったっけ?」

 「そこは気合ナリ」

 「……」

 まさかの根性論。友人からの非情な宣告に唖然とする亮太に花梨は励ます様に胸の前で両手をグッと握る。

 「大丈夫だよ、円谷なら。多少怪我くらいはするかもしれないけど何とかなると思うよ。恐らくきっと多分。……それに翠ちゃんとはこれからも仲良くしたいんでしょ? それなのに喧嘩する度にこうやって小細工考えるつもり?」

 「わたしらもこんな風に一緒になって考えちゃったけどさ」と花梨は付け足す。

 亮太の身の安全の保証について全く自信なさげなのが気掛かりだが、確かにその通りなのかもしれない。

 「結局話はぐるっと一周しちゃったけど、亮太が誠心誠意謝る。それで行こうナリ。オレ達もサポートするナリから、亮太気張っていこう」

 「おー!」

 「おー……」

 元気良く返事したのが花梨、覇気に欠ける返事が亮太。やる気はあるものの、怖いものは怖いのだ。

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