第20話 ヤムチャしやがって……
「……ごめんね、円谷君。私の勝手に付き合わせて。もうこんなことはしないし、私は海外に引っ越す。だからもうキミとは2度と関わらないから」
翠は一方的にそう告げるとそのまま亮太に背中を向けて歩き出す。翠は一度も振り返ることなく、どんどん遠ざかっていってしまう。
このまま行かせてはならない。その思いひとつで亮太は右腕を前に出し、大きく声を張る。
「ま、待ってくれッ!」
――ブツンッ。
自分の喉から声が出た感覚がしたと同時に何かが切り替わる感触があった。そしてそれに伴って自分の上半身が起き上がる感覚も一緒についてきた。
「……? なんだ夢か……」
少しの間を置いて亮太は自分が眠っていたこと、そして周囲の様子からここが保健室であることに気が付く。まさかリアルでこんな漫画の様な台詞を言うとはそれこそ夢にも思わなかった。
ああ、そうだ。翠と屋上で放していたらお互いにヒートアップしちゃって、結果的に壁に叩きつけられて意識を失ったのだった。それで保健室に運ばれたのだろう。
しかし、それでも理解できないことがある。何で自分の顔のものの数センチという超至近距離に金髪美少女――佐倉花梨――の茹で蛸の様に赤くなった顔があるのか。
「……」
「きゃあああああああああッ!」
「ひでぶッ!」
悲鳴をあげた花梨にぶたれた。流石にこれは理不尽ではあるまいか。そんなことを考えながら亮太はまた気を失った。
♢
「お、亮太意識取り戻したナリな。……ってその頬の手の跡は何ナリ!? そんな怪我さっきはなかったと思うナリが……」
琉は保健室に入ってくるなり亮太の真っ赤に腫れた頬を見てビックリした表情。
「いや、気にするな。窓を開けてた時に野球部の弾丸ライナーが飛んできただけだ」
「そうナリか……」
亮太の無理のありすぎる説明にとりあえず琉は頷いてみせる。戯言は良いとばかりに琉は身を乗り出して最も気になっているであろうことを切り出してきた。
「それより何で亮太は屋上でヤムチャってたナリか?」
「は? ヤムチャ?」
――あのベジータに恋人を奪われた!?
亮太が問い掛けると琉は無言で自分のスマホを差し出してくる。その画面に写っていたのは屋上の壁にうつ伏せでめり込んでいる亮太の姿――まるで地球外生物の自爆を受けたかの様な無惨な姿だった。なるほど、これはヤムチャしてる。
「昼休みが終わっても亮太が帰ってこないとなって、クラスメイト全員で捜索が始まったナリ」
「え、皆で俺のこと探してくれたの?」
どうやらクラスメイト達は心配してくれていたようだ。普段は奴らにヤムチャされそうになってるというのに……。場違いかもしれないが、亮太は驚きの事実に密かに感動を覚える。
「うん。皆、『何か面白そうだから探してみようぜ』ってノリノリだったナリ。そしてこの姿が発見された時はもう爆笑の渦。『記念に撮っておこうぜ』ってことで写真を撮ってクラスと学年のグループLINEで拡散した後についでに保健室に運ばれた……それが一連の流れナリな」
「……」
とりあえず俺の数秒前の感動を返せ。怪我人の処置がついでってどんな倫理観してんだ。
「……その、円谷は大丈夫なの……?」
亮太が若干不貞腐れていると、花梨が心配そうな表情で亮太の顔を覗き込む。そういえば殴られた衝撃が強くて忘れていたが、さっきもこの友人は心配そうに見ていてくれた。そうでなければ起き上がった瞬間にあんなに近くに顔が来ることなんかない。
「うん、ありがとう。案外大丈夫そうだ。前にも似た様なことあったし、耐性ついたのかもな」
「耐性とかでどうにかなる様なものじゃないと思うんだけど……」
まるでサイヤ人を見るかの様な視線の花梨。確かに言われてみれば、コンクリートの壁に叩きつけられて擦り傷程度で済んでる自分は案外タフなのかもしれない。前に翠とのキックボクシングで瀕死状態を経験したことから強くなったのかしらん?
そんな役に立たないことを考えていると花梨は亮太の顔を覗き込む様な姿勢そのままで目を見据えてくる。
「円谷さ、翠ちゃんと何かあった?」
「ぎくッ! ……いや、何もないぜ!」
不意打ちの質問に亮太はあからさまに身を強張らせながらもサムズアップで咄嗟に繕う。
「そっかー……何もなかったかー……って騙されるわけないでしょ!」
ダメンズに騙されていた経験もある花梨にそんな見え見えのウソなど通じなかった。見事なノリツッコミである。
「今だって、最初わたし翠ちゃんも誘ったんだよ。そうしたら用事あるからって走って帰っちゃったんだから!」
感情的になっている花梨に代わって琉が続きを引き取る。
「偽物とはいえ彼氏彼女の関係である二ノ宮氏の態度にしては不自然ナリ。それに亮太は二ノ宮氏に呼び出されてその後にあんなヤムチャな姿で発見されたナリ。そうなれば二ノ宮氏との間で何かあったことは明らかナリよ」
「……ぐぬぬ」
ミステリーの終盤で犯人はこのような感覚なのだろうか。状況証拠が揃い過ぎている。こうなったら仕方ない。
「実はな……」
亮太は友人2人に昨日から今日にかけての出来事を話すことにした。
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