第19話 ケンカップル
停学明けの初日。本来なら晴れやかな気分で学校生活を送るところなのかもしれないが、翠の告白や久遠からの嘆願で頭がいっぱいになってしまった亮太はなかなか調子が出なかった。
いつも通り過ごしている筈だが、周りからはそう見えなかったらしい。
――授業中のことである。普段なら訳の分からない公式やら英文を聞いているうちに夢の中へと誘われているところだが、昨日のことを考えていると眠気が一向に襲ってこなかった。
『……円谷、体調でも悪いのか?』
普通に起きていたのにこのザマである。いったい教員側からの自分の評価がどれほど低いのか心配になった。
――そして休み時間のことである。普段なら琉とダラダラと話したり、惰眠を貪っているところだが、頭の中で例のことが堂々巡りの真っ最中。あーでもない、こーでもないと考えていたら怪訝な顔をしたクラスメイトの吉井が声を掛けてきた。
『円谷、お前がそんな難しい顔なんて似合わないぜ?』
……もう少し言い方どうにかならなかったものだろうか。
彼は亮太が翠に振られて、花梨に奪われたという噂がたった時にお菓子をくれた奴だ。短慮で粗忽だが(類は友を呼ぶ)悪い奴ではない。そんな彼の一言である。
何はともあれこんなふうに声を掛けられることがこの日だけでも他にも何回かあった。周囲から見たら自分は余程普段と違ったらしい。
そして昼休み。
「円谷君、いる?」
「……!」
突然現れたのは二ノ宮翠。教室の扉付近にいるクラスメイトに声を掛けると亮太の方までやってくる。
そのうち来ると思ってはいたが、いざその時となると亮太の中でも緊張感が高まる。とうに関わってしまっている以上は自分も何かしら動かなければならない。亮太は無言で立ち上がり、いつも昼食を共にしている琉に目礼して翠と一緒に教室から抜け出した。
♢
例の如く亮太と翠は屋上にて向かい合う。
2人とも弁当を持ってきているが、一向に食べ始めようとしない。
どこか重い空気に耐えかねて亮太から切り出すことにした。
「急にどうしたんだ? いつもなら事前にLINE来るのに」
昨日の電話の時のようにどこか辛そうな翠が話を切り出しやすい様に柔らかなトーンを意識する。
「……いや、その円谷君の様子がおかしいって聞いて……」
「……え、それで心配して様子見に来てくれたの?」
「……」
コクリ、と翠は小さく頷く。ちょっぴりその顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「……」
え、なにそれ。ちょっとときめきそうになるからやめろよ。いつもみたいに俺のこと罵れよ! 調子狂うじゃんかよ!
無意識にそんな変態じみたことを考えてしまうくらいには翠に毒された亮太である。
「そ、そうなんだ。なんか今日そうやって声掛けられること多いんだよな……。まさか噂になっていたとは……」
「昨日のことだよね?」
そう踏み込んできた翠に亮太は思わず後ずさってしまう。図星なうえ、そのことについては亮太自身まだ考えがまとまっていないのだ。
しかし図星を突かれた以上は誤魔化しも意味がない。亮太は頭をガシガシと掻き、昨日翠との電話を終えた後に起きたこと、つまり久遠から電話が掛かってきたという出来事をありのまま話した。
「……やっぱりそうだったんだ」
俯いてそう呟く翠がどんな表情をしているかは亮太には分からない。そして、
「それで円谷君はどう思った?」
亮太が1番聞かれたくないことを聞いてきた。
「俺は……」
亮太は何か口にしなければと思いながらもまとまっていない考えを口にすることができず、黙り込んでしまう。
「……私の味方をしてくれないんだね」
それを見た翠は悲しさと失望が入り混じった表情を浮かべながらポツリとそう呟く。
「いや、待て。別にそういう訳じゃなくってな……」
翠の初めて見る表情に自分がしくじったことを理解した亮太はすぐさま浮気がバレた彼氏の様にアタフタと弁明。しかし、もう遅い。亮太のその曖昧な態度が翠の逆鱗に触れた。
「ふんッ! どうせ円谷君なんか桜子見てデレデレしてたもんね!」
「はあッ!? デレデレしてねーよ!」
突然一方的に言われたことで亮太もつい語気が強くなる。
「証拠は!?」
「そっちこそ証拠あんのかよ! 俺がいつ久遠さんにデレデレしたって!? いつ!? 何時何分!? 地球が何回回った時!?」
「円谷君なんか万年発情期みたいなもんでしょ!?」
「んだと!? この〇〇!」
「言ったな、この××!」
まさしく売り言葉に買い言葉。2人の言い合いは段々高校生にしては些か――いや、かなり幼稚なレベルに成り下がっていった。
同時にそれはお互い自制心が弱くなっていることを意味していた。亮太は頭が苛立ちや怒りで侵される中、なんで自分がこんなことを言われなければならないのかという思いが強くなり、そして
「大体元から迷惑だったんだよ! なにが偽彼氏だ! 偽彼女だ! いいじゃねーか、引っ越せばよ! 引っ越せば俺もこんな茶番から解放されて清々するぜ!」
頭の中に浮かび上がったことを考えもせずにそう言い放ってしまった。
「……」
亮太がヤバいと思った瞬間には翠は傷付いた表情を浮かべた後に俯いてしまう。
「いや、その今のは……」
「……!」
弁解の言葉を連ねようとした亮太に対して翠は踵を返す。
「! ……ま、待ってくれ!」
本能的にこのまま行かせてはいけないと判断した亮太はすぐに翠の腕を掴む。
「! 放してよッ! 早く解放されたいんでしょ!」
翠は自身の腕を掴んだ亮太の腕を掴む。
「……え?」
翠からしたらただ亮太を振り解こうとしたのだろう。亮太はこの瞬間、翠の並外れた腕力のことを失念していた。
「ぬわーーっっ!!」
まるで業火に焼かれたかの様な断末魔をあげた亮太の身体は宙を浮き、そのまま壁に叩きつけられた。
翠はそんな亮太を振り返ることなく、そのまま走り去ってしまう。
「ま、待て……」
いかにもこのまま気を失いそうな台詞を辛うじて絞り出した亮太は案の定意識を失った。
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