第18話 告白②

 流石にもう寝ようと布団に入ろうとするとスマホが振動。どうやらまたも通話の様だが、今回はLINEでなく普通の電話だ。一体何だろうかと画面を確認すると、そこには『非通知』の文字。

 「……」

 翠と付き合ってからは裏掲示板に流出したこともあって亮太の携帯番号への無言電話や呪詛を吐くという悪戯電話が続いたこともあって、普段なら迷わずシカトだが今日あんなことがあったのもあり直感的に亮太は電話を取る。

 「はい」

 『夜分に失礼致します。久遠です』

 「久遠……さん……?」

 亮太の脳裏をよぎったのは自分にクナイをいきなり投げつけた翠LOVEのショートカットの女だ。

 『ええ、翠様の下僕――もとい犬の久遠桜子です』

 このアブナイ欲望を恥ずかしげもなく語るのはやはり二ノ宮家の家政婦だ。

 「……え、ちょい待ってくださいよ。夜分とかはとりあえずこの際どうでもいいです。だけど何でアンタが俺の番号知ってるんすか!?」

 自身の個人情報のあんまりな扱い亮太の声はもう夜中と言ってもおかしくない時間帯にも関わらず大きくなる。案の定、隣の姉の部屋からドン! と壁を叩く音が。

 『ああ、そのことですか。翠様の身の回りを調べて貴方様の名前が出てきた時に貴方のクラスメイト方に聞き込みをしたら快く教えてくれましたよ』

 「……」――アイツら、いつかシバく!

 久遠もその変態性と手の早さによって全てを台無しにしているが、見た目だけは仕事のできる大人の女だ。3度の飯より女好きのクラスメイト達の口は綿より軽かったに違いない。そういえば花梨も自分の連絡先を知っていた。それも連中の仕業に違いない。亮太は級友達の始末を固く決意した。

 しかし今は切り替えなければならない。今日あんなことがあった後のこの電話、何かしらの意味があるに違いない。

 「色々納得はできていませんが、とりあえずまあ分かりました。それでわざわざ電話してきたのはどういう理由なんですか?」

 『……まずは昼間のお詫びを。いきなり激情のまま襲い掛かり誠に申し訳ございませんでした』

 「そこは驚きはしましたけど大丈夫ですよ。日頃から不意打ちは当然のこと、薬物攻撃、スピリチュアルアタック、不幸のメール等々様々な攻撃を受けてるので寧ろ真っ向から来られるのは気持ちが良いくらいです」

 『……わたしが言うのもなんですが、貴方様は普段からどんな学校生活を送ってるのですか?』

 ――本当なんででしょうね。

 少なくとも翠と偽交際をする前は毎日がサバイバルみたいな生活ではなく、生命の危機を感じることはなかった。

 亮太が答えずにいると、久遠はそのまま話を続ける。

 『あれから社長とわたしも少し勇み足が過ぎたと反省しまして、こうして謝罪の電話をすることとしました。社長はちょっと体調が優れず今は寝込んでますことをお許しください』

 「……」

 どうやら時間差でクナイのダメージがあったようだ。

 亮太は久の饅頭のような体型を思い浮かべながら心の中で十字を切る。

 『そして、それと同時に改めてお願いがありましてわたしから連絡させていただいた次第です』

 「お願い?」

 夜中にわざわざ電話してきてまで? ――まさか!

 「そ、その! お気持ちは嬉しいんですが、仮にも俺は二ノ宮さんと付き合ってるわけですし、まずはその友達からお願いしたいというか……」

 『は? 何を言ってるんですか?』

 本気で意味が分からないと声色が主張している。どうやら亮太の都合の良い仮説は違ったようだ。実に当たり前である。

 「……いえ、こっちの話です。じゃあお願いって一体なんです?」

 『…………改めて円谷様の方から翠お嬢様を説得してくれませんか?』

 「……説得というと転校の話ですか?」

 『……はい』

 その返答の声色はより一層真剣味を感じさせる。さっきからずっと考えていたことだ。他の人から言われるとさらに重みを感じる。

 「ちなみに二ノ宮さんのお父さんは何処らへんに転校させようとお考えなんですか?」

 『お義父さん……?』

 「いや、ちょっと待ってください! 俺の言ったお父さんは“義”って漢字が付いてない方ですよ!? 一応言っておきますが!」

 電話越しからも伝わる殺気。数十分前のデジャブだ。二ノ宮家の関係者は皆同じことができるのだろうか。恐ろしい一家だ。

 亮太の必死の弁明が何とか届いたのか、久遠は大きく深呼吸をして冷静さを取り戻したようだ。すぅー、はぁーッと何度もしてやっと落ち着く辺りは迂闊な発言は今後気をつけた方が良さそうだ。

 『やあ、これは失礼致しました。まだ具体的な学校は決まっていないのですが、沖縄か北海道、もしくは海外も検討してるとか……』

 そんなに遠いのか。翠との距離が途端に広まった様な気がする。

 「え、でもそんな遠方で仕事とかは大丈夫なんですか?」

 『今はリモートが主流ですからね。その辺は全く問題はございません』

 つまり仮に転校するにあたって、後は翠の意思次第というわけか。

 「……」

 翠の過去のこと、久遠や久の気持ち、この数週間に起きた出来事。それらがごちゃごちゃと亮太の頭の中で広がっては消えて広がっては消えてを繰り返し、何も言葉に出来なくなる。

 「……少し考えさせてください」

 『分かりました。良い返事を期待しています』

 そう告げて、久遠は電話を切った。

 ツー、ツーと無機質に鳴るスマホをそのままに亮太は益々訳が分からなくなってしまった。

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