第14話 好きの形

 「二ノ宮さん、一緒にお弁当食べない?」

 「二ノ宮さん、一緒に帰ろうよ」

 「駅ナカに新しいショップできたみたいだよ。週末一緒に行かない?」

 翌日以降、宣戦布告通り花梨は翠に対して怒涛のアピール。亮太が翠と一緒にいると必ずといっていいほどその場に現れて翠を掻っ攫っていく。

 お陰で亮太自身は静かな時間を過ごせている。あれから1週間経ったが本日もお弁当は花梨と食べると翠から連絡を貰い、琉とダラダラと話しながら弁当に舌鼓を打つ。

 「うむ、それにしても女子同士仲が良いのは眼福ナリな」

 琉は自身の密かな趣味を堪能している様子。

 「……まあ、俺も静かに過ごせるから良いんだけどな」

 この1週間は平和そのもの。女子から催眠術師扱いされるのは相変わらずだが、男子連中からの視線はだいぶ柔らかくなった。しかも何故かは知らないが、ちょっとしたお菓子をくれたりするという不気味なまでの変化だ。よく分からないが、もしかしたら一時的に酷い目に遭わせてしまったという負い目がそうさせているのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、またクラスメイトの吉井が亮太達の島へ。

 「……お、どうした? 何か用か?」

 吉井はどこか気まずそうに目を合わせない。

 「……これ」

 そう言って彼が差し出したのはカントリーマアムのバニラ味。

 「お、何くれんの? サンキュー!」

 「……おう。そのアレだ……頑張れよ」

 「? ああ、頑張るよ」

 亮太がそう返事をすると吉井はどこか辛そうに笑みを浮かべて立ち去る。――なんだ? 裁判にかけたことをまだ気にしてんのか? あれくらい日常茶飯事だろうに。

 亮太は中学時代を思いながら首を傾げる。

 「また何か貰ってるナリな」

 「ああ。よく分かんないな。それに頑張れって言われても直近で頑張らなきゃいけないことなんてあったっけか?」

 迫る中間テストのことなど既に忘却の彼方の亮太は再度首を傾げる。

 「……」

 すると何故か琉は気まずそうな表情。――あれ? 俺なんかやっちゃいました?

 「亮太、人の噂とは実に無責任なものナリ」

 「……お、おう?」

 何か突然語り出した友人に亮太は大量の疑問符を浮かべる。

 「大変言いづらいナリが、この1週間である噂が広まってるナリ」

 「噂?」

 「そうナリ。亮太、一応聞いておくナリが、この1週間でさっきみたいに物を貰ったり声を掛けられる機会が増えていやしないナリか?」

 「ああ、こんな感じのな」

 亮太は今さっき貰ったばかりのカントリーマアムを琉に見せつける。

 「それは奴らなりの励ましなのかもしれないナリ」

 「……励まし? 何で?」

 いよいよもって意味が分からない。亮太的にはむしろこの1週間とても心穏やかに過ごせている。

 「亮太は佐倉氏に二ノ宮氏を盗られたことになってるナリ」

 「……え」

 思いもよらない言葉に亮太は目をパチクリ。

 「男子連中が急に優しくなったのはきっと同情ナリな。あとこのヨモギ高校の裏掲示板の書き込みを見るに、お礼も兼ねているかもしれないナリ」

 「お、お礼……?」

 理解が追い付かない亮太は琉の言葉を馬鹿みたいに復唱することしかできない。――それと裏掲示板って何!?

 「そう、お礼ナリ。書き込みを引用すると『T谷が寝取られたおかげで俺百合に目覚めたわww』、『俺はNTRwww』、後は……」

 「も、もういい……」

 「そうナリか。ちなみに亮太の連絡先もこの裏掲示板で出回ってるナリ」

 琉は平坦な声で納得するとスマホをしまう。

 やっぱりこのヨモギ高校馬鹿ばっかりである。そんな優しさいらないし、最近知らない奴からのメッセージが増えたことも花梨に連絡先が漏れていたのもそれが原因だったのか。

 「円谷」

 亮太がデザートに貰った菓子類をやけくそ気味に貪っていると、自分を呼ぶ声が聞こえてきたので顔を上げるとそこにはある男のが。

 「江呂山……君?」

 ハッキリと話したことがあるわけではないがあのいやらしそうな目つき、確信を持たざるを得ない。

 「……ほう、やはり俺を知っているのか」

 江呂山自身がどんな都合の良い勘違いをしたのか窺い知る由もないが、満更でなさそうな表情。それに加えて髪をかきあげる仕草。うざったい。

 「お前に聞きたいことがある。二ノ宮翠と付き合っていることは本当か?」

 こっちの都合も聞かないうえにいきなりお前呼びである。元々良くなかった印象が更に悪くなる。

 「本当だよ。……もう良いかな? 俺食事中なんだ」

 亮太がそう言うと耳ざといクラスメイト達は案の定聞き耳を立てており、亮太の返答に哀れそうな視線を向けてくる。江呂山は首を横に振るという違ったリアクションを見せる。

 「食事は後にしてもらおうか」

 その身勝手極まる台詞に亮太の正面に座っている琉も珍しく不愉快そうな表情を浮かべる。

 「江呂山氏、亮太本人がこう言っているのだから出直すのが筋だと思うナリ」

 「あ? 俺は円谷に話してんだよ。しかも何だお前その口調?」

 「おい」

 江呂山の嘲る口調に亮太は思わず立ち上がり、琉と江呂山の間を割って入る様な形に。

 「亮太、オレは大丈夫ナリ」

 「……だとよ。ほら、座れよ。周りの視線集めてるぜ?」

 確かにその通りだった。亮太と江呂山の一触即発の空気を感じ取ったクラスメイト達が心配そうな表情――いや、よく見たら男子連中は賭け金を募っている。あれは自分が賭けた方が勝つかどうかの心配に違いない。亮太は色々と自分を落ち着かせる為に小さく息を吐く。

 「……それで? 何の話だよ?」

 「そう慌てんなよ。それよりこれからの話はお前としたい。コイツは外してもらえるか」

 江呂山は琉の方へクイっと顎を動かす。

 「さっきから言ってるだろ。元々俺は琉と話してたんだ。だから、」

 「……あー、分かった分かった。……たくッ、デキてんのかよお前ら?」

 「……いいから話せよ」

 頭に血が昇らないようにと意識するものの、つい声に険が入る。そんな亮太を見て江呂山は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 「ふん、まあ良いか。話というのは他でもない。二ノ宮翠のことだ」

 「……一応確認しておくけど、その話はこんな教室のど真ん中で話して良いことなのか?」

 人間関係はデリケートなことだ。人に聞かせるべきでないことだって沢山ある。だが、江呂山はそんなこと関係ないとばかりに亮太の言葉を無視して話し続ける。

 「お前、今二ノ宮と付き合ってると言ってたけど最近放置されてるだろ。アイツ最近花梨とつるんでるよな?」

 「……ああ、最近仲良くしてるって二ノ宮さんから聞いてるよ」

 「……ふん、まあそう言うだろうな」

 そう言うと江呂山の口角が明らかに上がった。

 「二ノ宮はそう思ってても花梨はどうだろうな? アイツと俺は付き合ってたんだぜ? アイツが恋する時にどんな表情をするかは俺が1番よく知ってる」

 「やめろ!」

 「アイツは、佐倉花梨は同性の二ノ宮翠に対して恋愛感情持っ――?」

 「やめろって……もがッ」

 江呂山の言葉を遮ってたまらず怒鳴りかけた亮太の口を琉が両手で塞ぎ、そっと耳打ち。

 「……亮太落ち着くナリ。ここで感情的になったらアイツの言うことを肯定することと同じナリ」

 「!」

 確かにそうだ。しかし、奴が言ってしまったことはもうこの教室にいる物は聞いてしまっている。だったら!

 「ちょっと来い」

 「! いてえ! ……おい! 離せよ!」

 亮太は問答無用に江呂山の肩を掴み、そのまま教室の外へと引きずり出す。



 「ここなら大丈夫か」

 人気の少ない踊り場に江呂山を無理矢理連れ出すと亮太は江呂山を解放する。

 「……痛えな。馬鹿力が」

 江呂山は大きく舌打ち。途中ここまで来る中で多くの人間に見られてしまったが、このまま江呂山が多くの人間が聞いている前で花梨の気持ちを面白おかしく話すよりかはマシだ。

 亮太の制服のポケットに突っ込んであるスマホから通知の振動。琉からだ。

 【教室のことは任せるナリ】

 これで野次馬が付いてくる心配も減った。亮太は改めて人気がないことを確認すると江呂山を睨み付ける。

 「お前一体何がしたいんだよ。わざわざ教室で話す内容かよ」

 「……ふん、お前にとっても悪い話じゃないはずだぜ?」

 「……? 話が全く見えてこないぞ」

 「言ってみれば、俺とお前は同志なんだよ」

 「……は? 同志?」

 思わぬ言葉に亮太が目を丸くしていると江呂山は大きく頷く。

 「そうだ。俺は花梨と付き合っていたが、何でも言うことを聞くアイツに飽きちまった」

 「……」

 何かいきなり語り出した上に冒頭からサイアクなんですけど。

 「そんな俺にとって周りから高嶺の花として見られている二ノ宮翠は非常に魅力的に見えた。こういう女と付き合うことこそが男としての価値を上げるんだなって」

 「……」

 「おっとそんな睨み付けんなよ。手を出すなよ。いくらここがユルいヨモギ高校といえど喧嘩沙汰はただじゃ済まないぜ?」

 「……分かってる」

 亮太が出かけた手を何とか抑え込むのを見ると江呂山はまた語り出す。

 「ほんとは俺はお前だって許せなかったんだぜ? 何せお前如きが俺ですらオトせなかった二ノ宮翠と付き合ってるって聞いたからな。……まあ、催眠術を使ってると聞いて納得いったがな。俺も同じ手を考えたさ」

 「……待て。俺は催眠術は使ってないからな? そこ重要だぞ?」

 「性癖なんて人それぞれさ。恥ずかしがんな」

 馴れ馴れしく亮太の肩に手を置きサムズアップする江呂山。何故今日イチ良い顔をしているのか。

 「だが、今週に入ってその二ノ宮翠は花梨と仲良くしていると聞いた。さっきも言ったが俺は花梨が恋をする時にどんな表情をするのかはよく知っている。あの表情をしている花梨は恋愛感情を持って二ノ宮と接している。間違いない」

 「……」

 言っていることは不遜だが、その確信に満ち溢れた瞳に亮太は誤魔化しが効かないことを悟る。

 「仮にそうだとして、何で江呂山は俺に話をしにきたんだ?」

 「言っただろ? 俺とお前は同志なんだよ。あの思い込みの激しい暴走女に二ノ宮翠を奪われてるって意味でな」

 「……いや、そもそもお前二ノ宮さんと付き合っていないだろ」

 「それにな、」

 亮太としては的確なツッコミを入れたつもりだったがある意味鬼メンタルの江呂山はそれを完全に無視。

 「これは花梨、そして二ノ宮を救う為でもあるんだよ」

 「……救う?」

 いきなり話が壮大なスケールになり、亮太はついていけない。そもそも最初っからついていく気がないが。

 「考えてみろよ。あの2人は女同士だろ。おかしいんだよ。だから俺はそれを正してやろうと思ったんだよ。アイツが周りの声を気にするのはよく知ってるからな」

 「! ……それでわざわざみんなの前で!」

「そうさ、佐倉花梨は同性愛者の異常者だって周囲から言われてるのを知ったら、アイツは――ぶへッ!」

 「…………あ、やべ……」

 目の前で豚の様な声をあげて倒れた江呂山とその顔面を殴った感触で亮太は自分のやらかしたことに気が付いた。

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